People's China
現在位置: コラム2014Panda杯審査結果

縁~広がる出会いの中で~

 

小西 姫加

3年前、日中国交正常化40周年を迎えた日本と中国だが、日中間の「島」をめぐる問題により関係が冷え込んだ影響で、日中友好記念活動が次々と中止されたことはまだ記憶に新しい。3年経った現在も不安定な関係は続いており、今後の両国関係の在り方が注目されている。

私と中国の出会い。高校卒業後、地元の大学へ入学し、中国語を勉強し始めたことがきっかけだ。日本語にはない声調や発音が難しく、選択したことを後悔していた。そんな時、中国の山東省から来たという交換留学生と出会った。中国語を勉強し始めたことが縁で出会った初めてできた中国人の友人。最初の頃はあいさつを交わす程度の関係だったが、少しずつ仲を深めていった。ただ一緒に遊びに出かけたりするだけではなく、授業の合間には相互に言語、伝統行事や文化などを教え合った。

相互学習を続けていくうちに、今まで楽しくなかった勉強の楽しさを知り、中国語や中国文化の魅力に惹きつけられるようになった。そんな折、昨年友好協定30周年を迎えた故郷山口県の国際友好姉妹都市、中国山東省から留学の機会頂いた。

留学の機会を頂き非常に光栄だったものの、決意に至るまでは時間を要した。留学の件を両親や友人に相談すると、皆口を揃えて「大丈夫なの?」「なんで中国なの?危険じゃないの?違う国にしなよ」と言うのだ。中国や中国人への好感度、理解度の低さを実感した瞬間だった。

新聞やメディアで毎日のように日中問題が取り上げられ、実際中国人と交流する機会がないため、しかたないことなのかもしれない。しかし、日中関係の改善が急がれている今を考えるとこのままではいけない。留学での実体験を通して学び得たものを周囲に伝え、中国に対する印象を変えていきたい。中国語や文化を学ぶと同時に本当の中国を、五感を使って学ぶいい機会だと思い、周囲の反対を押し切り、思い切って飛び出すことにした。

昨年9月、留学生として初めて中国へ渡り、期待と不安でいっぱいの留学生活が始まった。人の多さが日本と比べものにならず、溢れる熱気に圧倒された。語学面で苦労することはあったものの、市民の熱烈な歓迎を受け、生活にはすぐ馴染んでいくことができた。私の留学先は、山東省の省庁所在地である済南市という所だった。済南市は、天然の泉が街の至る所で見かけられ風情の良い別名「泉の都」と呼ばれる都市である。また、市の北方には黄河が流れ、南方には、世界遺産に登録されている泰山がある。

中国に渡り1カ月たった頃、一度は登って見たいと思っていた泰山に、大学で知り合った中国人の友人たちに誘われ登った。

朝方山頂に辿りつき朝日を見るため、夜中に1500メートル以上もある山を登りはじめた。想像以上に大変な道のりだった。ひたすら続く階段、急な勾配、頂上が見えたと思ったらまだ中間付近。足が疲れ切り階段が上れなくなり、一人で途中休憩した。夜中冷え込んでいるうえに真っ暗で先も見えない、もうここでやめて降りてしまいたいと思った。しかし、一人でしゃがみこんでいると、友人たちだけではなく一緒に登っていた見ず知らずの登山者からも声をかけられ背中を押された。それから何度か休憩し、その都度お互いに励まし合いながら、5時間かけてやっとの思いで頂上にたどりついた。

山頂に着くと、子供から老人まで多数の人があちらこちらに座っていた。私たちもその場に腰を下ろしひと休みした。時間を忘れて夢中になって話しているとだんだんと空が明るくなってきた。じわじわと昇る眩しい太陽を見て感動した。同時に、もし登山中、支いあえる存在がいなかったら……途中で諦めて下山し、こんな景色を一緒にみることはなかっただろう。一緒に支え合いながら山を登ったからこそ見ることのできた景色だと感じた。一緒に山に登って朝日を見る。何でもない瞬間かもしれないが中国に来て日の浅い私にとっては、非常に心温まるひと時だった。

登山で始まった私の中国留学。1年間中国を肌で感じ、文化を勉強する中で気付いたことは、日本と中国は、我々がこの世に生まれる何千年も前から相互に影響しあい、成長してきたということ。また、広がる出会いの中で、人間関係と国際関係の付き合い方の違いを考えさせられた。日常生活でお互いが日中関係を意識しなければ、トラブルは生じないだろう。というのも、日本人中国人という前に1人の人として関係を築くからだ。実際私も、留学中特に大きなトラブルに巻き込まれることはなかった。留学生として生活する分には全く問題ないが、国や社会を動かし、日中関係の改善、国際関係の在り方を視野に入れると、どうだろうか。個人的な交流はもちろんだが、それ以上に必要なことがあると感じた。

中国語を勉強し始めたことが縁で友人になった多くの人々。私と彼らの縁は、日本と中国の縁でもある。その縁を存続させていくために、民間レベルでの交流を続け、相互に理解を深めあうことは非常に重要である。交流といっても表面上の関係を続けることが目的ではない。交流する中で、最も重要なことは、山登りと同様、嫌な面から目をそらさず一緒に苦しいことに向き合うことだ。過去に目を向け現実を認識し、将来の在り方を考える。苦の部分を共に乗り越えていくことで、本当の意味で互いを信頼し高め合える存在になれるのではないだろうか。留学から帰ってきた今、机上の勉強だけでなく何度も現地に通い理解を深めることに尽力したい。そして近い将来、山口県と山東省、日本と中国の交流促進を担う一員として人と人、国と国を繋ぐ架け橋になり、日本と中国の縁を今後も存続させたいと強く願っている。

あの時、山に登って山頂で見た朝日のように、日本と中国も相互の努力を通して明るい未来を開いていけると信じている。

人民中国インターネット版 2015年1月

同コラムの最新記事
「私の心に映った中国と日本の現在」
繋ぐ未来・中国・日本
わたしの目に映る中国
「千里はなれても」
~日中間で彷徨いながらも明るい将来を夢見たい~