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送行

見送り

 

 我永远不能忘记最悲惨的一幕送行。一个严寒的冬夜,车站上并不热闹,但是在长得没有止境的月台上却有黑压压的一堆送行的人,有的围着斗篷,有的戴着风帽,有的脚尖在洋灰地上敲鼓似的乱动,我走近一看全是熟人,都是来送一位太太的。车快开了,不见她的踪影,原来在这一晚她还有几处饯行的宴会。在最后的一分钟,她来了。头发蓬松着,嘴里喷着热气像是冬天载重的骡子,她顾不得和送行的人周旋,三步两步地就跳上了车。这时候门已在蠕动。送行的人大部分都手里提着一点东西,无法交付,可巧我站在离车门最近的地方,大家把礼物都交给了我,“请您偏劳给送上去吧!”我好像是一个圣诞老人,抱着一大堆礼物,一个箭步窜上了车,来不及致辞,把东西往她身上一扔,回头就走,从车上跳下来的时候,打了几个转才立定脚跟。

私は最も悲惨なある見送りを永遠に忘れることはできないだろう。あるひどく寒い冬の夜、駅の中は騒がしくはないものの、果てしなく続くプラットホームの上には黒山のような見送りの人がおり、ある人はマントを羽織り、ある人は防寒用の帽子をかぶり、ある人はつま先をコンクリートの上で太鼓を叩くようにせわしく動かしており、私が近寄って見るとどれも知った顔で、みんなある奥さんを送るために来ていた。列車は間もなく出発だというのに彼女の姿はなく、この晩彼女はさらにいくつかの送別会に出ていたのだった。最後の1分になって彼女はやって来た。髪はぼさぼさで、冬に重荷を運ぶラバのように熱気を口から噴き出して、彼女は見送りの人なんて構っちゃおれず、急ぎ足で列車に飛び乗った。この時すでに扉はうごめきかけていた。見送りの人の大部分は手に何かをぶら下げていたが、渡すことができず、ちょうど私が扉に一番近いところにいたので、皆が私に贈り物を渡して、「お手数ですが彼女に渡してくれませんか」と言ったので、私はまるでサンタクロースのように山のような贈り物を抱えてすばやく列車に飛び乗り、あいさつもそこそこに彼女の上に物を放り出して駆け戻り、列車から飛び降りた時には、幾度もよろめいてようやく立ち直るほどのスピードになっていた。

 

 事后我接到她一封信,她说:那些送行的都是谁?那堆礼物我在车上整理了好半天,才聚拢起来打成一个大包袱。朋友们的盛情算是给我添了一件行李。我愿意知道哪一件东西是哪一位送的,你既是代表送上车的,你当然知道,盼速见告。

その後、彼女から手紙を受け取り、「あの贈り物をくれたのはいったい誰?贈り物の山を列車の中で整理するのにえらい手間がかかり、ようやく大きな風呂敷にまとめたけれど、友人たちの気持ちが私に余分な荷物を持たせることになってしまった。私はどれが誰からのものだかを知りたいし、あなたは代表して列車まで持って来たのだから、当然知っているはずだ。すぐに教えて」と言われた。

 

 这问题我无法答复,至今是个悬案。我不愿送人,亦不愿人送我,对于自己真正舍不得离开的人,离别的那一刹那像是开刀,凡是开刀的场合照例是应该先用麻醉剂,使病人在迷蒙中度过那场痛苦,所以离别的苦痛最好避免。一个朋友说,“你走,我不送你,你来,无论多大风多大雨,我要去接你。”我最赏识那种心情。

その疑問に私は答えることができなかったし、今に至るまでそれは未解決である。私は見送りが嫌いだし、人が私を見送ってくれるのも好まない。自分が本当に離れてほしくない人との別れの瞬間は、まるでメスで切られるかのようで、メスを振るう場合は先に麻酔剤を用いるのが普通だから、病人はぼんやりとした意識でその苦痛を迎える。だから別れの苦痛は避けるのが最もよいと思う。ある友人はこう言う。「あなたが去る時、私は見送らないけど、あなたがやって来る時には、たとえ風の日でも雨の日でも、迎えにゆくよ」。私はこのような気持ちを最も賞賛する。

 

节选自梁实秋《送行》

(梁実秋『送行』より一部抜粋)

 

 

 

◆翻訳にあたって◆

 

梁実秋(1903~1987)は著名なエッセイスト、文学評論家、翻訳家で、シェイクスピア研究者。最初の段落の最後の一文、“打了几个转才立定脚跟”(幾度もよろめいて、ようやくしっかり立つことができた)」は中国語では詳しい説明がないが、すでにスピードが出ている列車から飛び降りたため、よろめいた様を描写したものだろう。

福井ゆり子

  

 

 

人民中国インターネット版  2016年8月

 

 

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