菊花茶と菊花酒
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重陽節に香山に登る北京市民(写真・丘桓興)
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その昔、重陽節には高みに登り、菊を愛でた。また、酒を入れた銚子を持って山の上で食事をしたり、菊花酒を飲んだりした。
中国には、2000年以上の菊の栽培史があり、その品種は3、4000種にもなる。秋風が吹きわたり、花々が枯れたころに、白や黄金、赤紫の色の菊が咲きほこり、輝くように美しい。晋代の詩人・陶淵明は、菊の愛好家であった。「菊を採る東籬の下、悠然として南山を見る」という田園暮らしに親しんでおり、菊園をひらいていた。重陽節には菊の花が満開になり、友人を呼んで菊を愛でた。うたげが終わり、客人が帰るときには、菊を採って贈ったという。
人々が菊を好むのは、その美しい花を愛でるばかりでなく、寒い晩秋に咲くという高貴な徳を称えるからだ。そして、寒さや霜に負けない菊を「不老草」であると見なして、長寿を意味する「延寿客」と別称している。こうして民間においては、菊を愛でると長生きできると考えられた。そのため、重陽節には高みに登ったり、菊園で菊を観賞したりするのである。
また、菊の花は漢方薬の一種であり、熱を下げて毒を消し、視力をよくし、「風」(古代、漢方医学で病因と考えられていた六淫の一つ)の病を取り除き、肝臓や肺にもよく、腎臓を強めるなどの効能があるとされている。菊の花は食べることも、飲むこともできる。2000年以上前の詩人・屈原は「夕べに秋菊の落英(しぼんで落ちた花)を餐す」と詠み、陶淵明は菊花の茶をいれて、客をもてなしていた。今では、かぐわしく、体にもよい菊花茶は、レストランや家庭での一般的な飲み物となっている。菊の花で作った「菊花餅」「菊花火鍋」などは、たいへんに人気がある。
重陽節に菊花酒を飲むという慣わしは、遅くとも晋代には広まっていた。その醸造のプロセスとは、満開の菊の花を、葉や茎のついたままモチキビとともに醸造し、じっくり寝かせる――というもの。翌年の重陽節になれば、飲むことができるという。菊の花や葉、茎には、いずれも病を取り除き、健康な体にする効能がある。そのため、この菊花酒も寿命をのばす「長命酒」であると見なされている。
民間には今でも、重陽節に菊花酒を造るという習慣がある。中国のことわざにも「9月9日これ重陽、菊花にて酒を造りて、満缸(甕)香る」とある。ところが、浙江省温州市の菊花酒は、いささか異なる。菊の花を煎じてしぼり、その汁を酒に入れるか、酒の中に花びらをまく。いずれにしても菊の香りが漂う、かぐわしい酒である。
重陽ガオを食べる
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陝西省の農民が作った花ガオ |
重陽節には重陽ガオを食べる。漢の時代にはすでにモチキビで餅を作り、祖先や神様を祭っていた。当時は「餌」と呼ばれていたようだ。晋代になると、人々は重陽節に餌を食べて厄を除けただけでなく、餌を「ガオ」という名に呼びかえた。それは第一に、「ガオ」と「高」の発音が同じで、「歩歩高昇」(しだいに昇進する)という意味を喩えているからだ。第二に、町なかや平原に暮らして、山や寺院、楼閣のような登るところのない人たちは、重陽ガオを食べて「高みに登る」ことに代えたのである。
町の商店で売られている重陽ガオは、餅の表面を豚肉、羊肉の細切れで飾り、さらには色とりどりの小旗を挿して、色も味も調和している。一般の人々が蒸して作る重陽ガオの多くは、その表面に棗、栗、干しぶどうなどを敷きつめて、5色の小旗を挿している。嫁をもらい子どものない家があれば、自分で作ったものであれ、親戚や友人からもらったものであれ、重陽ガオの表面は必ず棗や栗(栗子)で飾られている。棗と栗子の発音を借りて、「早立子」(早く子どもが生まれること)を祈るのである。
今でも、各地の民間においては、重陽節に重陽ガオを作って食べる習慣が残っている。山東省の農民が作るものは、棗や栗、5色の小旗で飾る重陽ガオのほかに、小麦粉をこねて2匹の羊を作っている。「重陽」と「重羊」(2匹の羊)の発音が同じなので、それを「重陽(羊)花ガオと呼んでいるのだ。陝西省の場合は、嫁いでいく娘に実家から、6個あるいは12個の重陽花ガオを贈る。花ガオは、少なくとも3層、多いものでは9層になっていて、表面には小麦粉細工の花々が飾られている。「百花盛開」「歩歩高昇」という吉祥を願うものだ。興味深いのは、安徽省の一部の地方での習慣である。そこでは重陽ガオを食べる際に、5色の小旗を集めている。自宅の田畑や野菜園に小旗を挿して、スズメなどを追い払うのだという。
敬老新風
中華民族にはもとより「敬老」という古くからの伝統がある。重陽節は各地方で、この敬老、つまりお年寄りを敬う日となっている。
安徽省合肥市郊外の町村においてはこの日、人望を集めるお年寄りを9人選んで「九老会」を組織する。9人がそろえば、村人はまず彼らに高みに登ってもらう。難を除けて、体を鍛えてもらうためだ。つづいて、彼らに花ガオや菊花酒を差し上げて、健康や長寿を祝う。それ以降、もしも町村間でトラブルが発生すれば、九老たちに仲裁してもらう。彼らの裁断を仰いで、それに従うのである。
広西チワン族自治区のチワン族は、9月9日を「祝寿節」と呼んでいる。村人たちは満60歳のお年寄りの誕生祝いをするのだが、そのときにお年寄りに「寿糧甕」を差し上げる。毎年9月9日になると、年下の者たちが寿糧甕に「寿米」を加えるのだが、寿米はふだん食べてはならず、お年寄りが病気にかかったときだけに、それを煮て食べさせている。寿米を食べると病を払い、寿命を延ばすと考えられているからだ。
ここ数年、中国は高齢化社会の仲間入りをした。経済が発展し、社会が進歩するにつれて、各地方では重陽節を「老人節」、または「敬老節」として重視しはじめている。この祝日には、政府機関や団体、コミュニティー、企業などがお年寄りを慰問したり、お年寄りの山登りや宴会、観光旅行などを組織したり、文化娯楽スポーツの活動や菊の展覧会を開いたりしている。それによって、お年寄りに社会からの関心や思いやりを感じてもらい、心身ともに楽しく、健康で長生きをしてもらうよう願うのである。
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