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山奥で中原文化見つけた | |||
家訓「コイは殺さず食べず」 寧徳市から北に向かって車で小一時間行くと、周寧県浦源村に着く。ここに鯉魚渓がある。日本でコイは元気と勇気の象徴で、今では5月5日の「こどもの日」に、家族が男女を問わず子どもの成長を願ってこいのぼりを揚げるが、「端午の節句」と呼ばれていた当時は、男の子が元気に育つことを願ったそうだが、中国人もコイを好む。というのは、コイが竜門をくぐると竜になるという伝説があり、努力すれば出世できるという寓意が込められている。
鯉魚渓をたどると標高1448メートルの紫雲山に至り、数十本の湧き水が集まり奔流となって流れ落ちているが、浦源村に入ると水勢が衰え、ゆったりと村を貫いて流れている。渓流にはニシキゴイが悠然と泳ぎ回り、音がすると集まり、競って餌を食べ、銀鱗鮮やかに跳ねる。ここには1万匹を超えるコイが生息しており、「鯉魚渓」という名前がついたと言われているそうだ。
鯉魚渓とこの古村には800年余の歴史がある。南宋(1127~1279年)年間、鄭という一族が河南からここに移り住んだ。この渓流の水は村民の飲料水であり、生活全ての源だった。族長は毒が投じられないように、コイを放流することにした。そして族長は「命を守る護衛兵」を守るために、コイを保護するおきてを定めた。今でも、ここの住民はコイを神のように敬っている。毎年、雨期になると渓流があふれて、街に流れ込み、コイも家に入ってくることがあるが、住民は大事に面倒を見て、水が引いたらまた渓流に戻している。死んだコイを見つけると、村のお年寄りが弔い、コイの墓に納め、安息を願う。鄭氏一族の子孫は行商人が多く、各地に散らばっているが、彼らは異郷にいても、「コイは不殺、不食」という家訓を守っている。毎年、台湾、河南など各地から鄭一族の子孫が鯉魚渓に集い、鄭一族の祖先を合祀した廟で先祖を供養する。彼らは普段は互いに遠く離れており、面識もないが、コイを敬うという共通の文化が彼らの血脈を感じさせているようだ。
人民中国インターネット版 2014年7月 |
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