People's China
現在位置: 連載チャイナ・パワーを読み解く

世界経済の「風邪ワクチン」上海協力機構に大きな期待

 

第2回中国・ユーラシア博覧会に合わせてウルムチで開かれた国連工業開発機関(UNIDO)のシルクロードプロジェクト・シンポジウム(cnsphoto)
「中国患感冒、世界打噴嚔」(中国が風邪をひけば、世界がくしゃみをする)。これは、9月17日付『国際金融報』の第一面を飾った「見出し」です。この見出しを見て、かつて、「米国がくしゃみをすると日本が風邪をひく」といわれた頃が思い出されます。

米国発の金融危機(2008年)の後遺症が癒されず、さらに、最近の欧州債務危機の深刻化が懸念される中で、中国経済がさらに鈍化すれば、日本、韓国、オーストラリア、中南米、米国、欧州連合(EU)のいずれにも深刻な影響が出ると、同紙は具体的事例を示して報じています。

今の中国経済をみると、たとえば、中国経済の成長を支えてきた対外貿易では、今年の成長目標を10%としていますが、この数値は、2002年から10年間の年平均成長率が21.7%であったのに比べ、かなり低く設定されていることが分ります。対外貿易だけから中国経済の行方を論じることは出来ませんが、これまで世界経済の成長を牽引してきた中国経済にもやや疲労感が高じてきていることは確かです。

特効薬開発を求め 経済モデルの転換

目下、中国では、都市化の推進などによる内需主導の発展モデルの構築、戦略的新興産業(省エネ・環境保護、新世代情報技術、バイオ技術、ハイエンド設備製造、新エネルギー、新素材、新エネ自動車産業)の育成・発展などによる産業構造調整などを通じ、「中国経済患感冒(中国経済が風邪をひく)」とならないための経済成長モデルの転換が進められています。こうした新モデルが奏功し、中国経済が引き続き世界経済の牽引力となればよいのですが、同時に、中国には、こうした自国の風邪を治す特効薬の開発に加え、世界がくしゃみをしても容易に風邪を引かないような「ワクチン」の開発にも注力してほしいと期待したいところです。その「ワクチン」の開発拠点ですが、目下世界の成長センターとされるアジア太平洋地域経済に期待するところ大なるものがありますが、そこばかりではありません。

APEC活性化目指し 胡錦濤国家主席が一石

胡錦濤国家主席は、今年9月ロシアのウラジオストクで開催された第20回アジア太平洋経済協力会議(APEC=注1)の際に開かれた首脳会議の財界指導者サミットで、「APECは~中略~メコン川流域経済協力計画(注2)、大図們提議(注3)、ASEAN(10カ国)、ASEANプラス3(中国、日本、韓国、年内交渉開始で合意)、上海協力機構(SCO=注4)などとの有機的連携強化が必要」と提起しました。APECは、アジア太平洋地域の21の国と地域が参加する経済協力の枠組みで、世界貿易機関(WTO)のもと、域内の貿易・投資の自由化などに関する活動を行ってきています。近年、WTOの新ラウンドの停滞や自由貿易協定(FTA)の動きの活発化などによって、その存在意義が問われていますが、胡錦濤国家主席の提起は、こうした流れに新たな一石を投じたものとみられます。

ASEAN+1とTPP 孵化器的な枠組みに注目

現在、アジア太平洋地区には同地区の経済一体化を実現するための、いわば孵化器的な枠組み(計画・構想中のものも含む)がありますが、その中で特に注目すべきは、ASEANを核とする東アジア経済連携(ASEANプラス1、ASEANプラス3など)と環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)の行方です。前者では、ASEANとのFTAで中国が一歩先んじており、後者は、米国がアジア回帰を狙って積極推進する構えにあります。APECの精神によれば、例えば、アジア太平洋FTA(FTAAP)などの広域的経済統合の誕生が理想なのですが、域内各国・地域の利害調整や中米両国の思惑などから前途多難な状況です。

ASEANは戦国の秦 今日的合従説と連衡説

こうしたアジア太平洋での経済連携の動きをみていると、中国の春秋・戦国時代末期の七雄(秦、楚、燕、斉、趙、魏、韓)の外交政策に絡んだ史実が思い起こされます。当時最強の秦に、六国がどう対抗するかについて、二つの外交策が遊説家によって提起されました。合従説と連衡説です。前者は六国が連合して秦に当ろうという説で、後者は六国がそれぞれ単独で秦と平和条約を結ぼうという説です。

外交と経済との違いはありますが、今日のASEANプラス1は、秦プラス1であった連衡説になぞらえられるでしょう。ASEANが目下6カ国(中国、日本、韓国、インド、オーストラリア、ニュージーランド)とFTAを締結しているのも偶然の一致でしょうか。合従策は、東アジア経済連携(特に、ASEANプラス中国)を意識し米国が加盟国を増やしこれを囲い込もうとしているTPPと言えるでしょう。

合従説、連衡説のいずれが奏功したかは歴史の教えるところですが、やがて秦始皇帝が登場し天下を統一します。果たして、アジア太平洋地区での経済連携戦線は、今後、どう展開していくのでしょうか。

プレゼンス増すSCO 中国の役割向上が顕著

さて、胡錦濤国家主席が投じた新たな一石とは、APECに北東アジアや中央アジアの視点を、改めて提起したところにあります。即ち、財界指導者サミットで言及したメコン川流域経済協力計画はユーラシア大陸と東南アジアの、そして、大図們提議の進捗は日本を含めた北東アジアの産業交流と物流を促進することになり、APECにおける地域経済連携を補強する効果が期待できます。

SCOについては、今年6月、北京で開催されたSCO12回元首会議での胡錦濤国家主席の講話が注目されます。その中で、胡錦濤国家主席は「SCOを地域経済発展の原動力としなければならない」「各メンバー国は鉄道、道路、航空、電信、エネルギー分野のネットワークの構築に努力する必要がある」と強調しています。この講話から、設立当時、世界貿易全体の8%、同経済規模で4.8%であったSCO経済が、今日いずれも13%(それぞれ、900億ドル、9兆4千万ドル)に拡大し世界経済におけるプレゼンスを向上させてきていること、同時に、例えば、メンバー各国の交通、資源、通信等の整備に百20余億ドルの優遇借款を提供してきている中国のSCOにおける役割向上が認められます。

APECにおいて、SCOは東アジア経済連携やTPPのようにアジア太平洋地区における経済統合の流れとしてはあまり意識されてはいませんでした。今日、SCO加盟国である大国ロシアのWTO加盟(2012年)、さらに、中国新疆から中央アジアのキルギスなどを経てドイツに抜ける「新高速シルクロード鉄道」建設計画が着手されつつあることなどから、今後、この地域の変化は、ますます世界経済の発展に影響してくるのは明らかです。

かつて、世界最大の通商交易圏の要路として自由交易を支えてきたシルクロードは、SCOのメンバー国・オブザーバー国を通っていました。

中国には、今後、世界経済が大きなくしゃみをしないよう、SCOを奇貨として環太平洋とユーラシア大陸との経済連携を促進する上で、一役も二役も買って欲しいものです。

注1 Asia-Pacific Economic Cooperationの略。アジア太平洋経済協力に参加しているメンバーは、21カ国・地域で、人口では世界の40%強、GDPでは60%弱、貿易額では50%強を占めている。
注2 アジア開発銀行(ADB)などが支援するベトナム、ラオス、カンボジア、タイ、ミャンマーに中国(南部の雲南省と広西チワン族自治区)を加えたメコン川流域6カ国の経済発展協力プログラム。
注3 当初、国連が提唱したロシア、朝鮮民主主義人民共和国(朝鮮)、中国(吉林省)の国境が接する地域の開発プログラム。現在、中国東北3省+内蒙古、韓国東海岸港湾、朝鮮羅先(羅津・先峰)、モンゴルおよびロシア沿海州南部地方まで拡大。
注4 中国、ロシア、カザフスタン、キルギス、タジキスタン、ウズベキスタンの6カ国(このほか、オブザーバーなど 9カ国・2組織)による多国間協力組織。2001年上海で設立。

 

(財)国際貿易投資研究所(ITI) チーフエコノミスト 江原規由

1950年生まれ。1975年、東京外国語大学卒業、日本貿易振興会(ジェトロ)に入る。香港大学研修、日中経済協会、ジェトロ・バンコクセンター駐在などを経て、1993年、ジェトロ大連事務所を設立、初代所長に就任。1998年、大連市旅順名誉市民を授与される。ジェトロ北京センター所長、海外調査部主任調査研究員。2010年上海万博日本館館長をを務めた。

 

人民中国インターネット版 2012年12月11日

 

同コラムの最新記事
世界経済の「風邪ワクチン」上海協力機構に大きな期待
ロンドン五輪で目立った「メイド・イン・チャイナ」
経済から民生向上への10年
国交正常化四十周年に思う
機熟す中国企業の対日進出