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開発と農民の悲喜劇『水煮金蟾』

 

文・写真=井上俊彦

中国映画はこのところ毎年20~30%前後興行成績を伸ばすほどの好調が続いています。洋画に席巻されていた時期を経て、現在は国産映画も人気を集めています。郊外や地方都市にも次々にシネコンがオープンしており、消費文化と密接に関係しながら、庶民の定番娯楽という地位を確立していると言えるでしょう。そこで、実際に映画館に足を運んで、地元北京の人々とともに話題の作品や興味深い作品を鑑賞し、作品のおもしろさだけでなく、映画館で見聞きしたものや関連の話題などもお伝えしていきたいと思います。お付き合いいただければ幸いです。

 

上海国際映画祭が華やかに開催中

最初にお断りしておきますが、今回ご紹介するのは北京で見た映画ではありません。タイトルに偽りあり、ですね。実は先週末から上海国際映画祭が開催されており(22日まで)、私は週末に上海に行き上海の観客とともに作品を鑑賞してきたのです。今回はそのうちでも特に印象に残った作品『水煮金蟾』を紹介させていただきます。なお、同映画祭関連の正式イベントとして2014上海・日本映画週間も開催されています。これにつきましては、別にレポートしましたので、関心がおありの方はこちらを御覧ください。 http://www.peoplechina.com.cn/zhongrijiaoliu/2014-06/16/content_624546.htm

さて、物語です。河北省の小さな村に住む農民・田勝(ファン・レイ)は、村を通過する高速道路建設による立退きの代替地抽選で最も条件の悪い北向きの斜面を押し付けられますが、人が良く臆病なため受け入れてしまいます。ところが、誰も望まなかったこの土地から温泉が湧いたから村は大騒ぎ。村長(ワン・シャオシー)は炭鉱主の王利明(ヤン・ホア)と結託し、あらゆる手を使って田勝から再度土地を取り上げようと画策します。一方、妻の夏英(ヤン・ジンアル)のところには突然同級生が訪ねて来て、プレゼント攻勢で温泉の共同開発を持ちかけます。各方面からの誘惑や脅しで、円満だった家庭にもきしみが生まれ、ついには夏英が実家に帰ってしまいます。窮地に陥った田勝は一大決心をして王利明のところに乗り込みますが……。

 

 上海では空港から街角まで各所に上海国際映画祭の告知があり、華やかな雰囲気

映画の合間に、上海影城から南へ2キロほどの場所に昨年オープンした上海電影博物館にも足を運んでみたが、中国映画ファンをわくわくさせるような展示に感動

河北農村の物語をマレーシア華人が描く

今の中国に本当にありそうな農村のリゾート開発に関わる物語です。貧しくとも堅実な生活を営む農民に突然大金持ちになるチャンスが訪れたらというテーマが、善良でおっとりした主人公の身に投げかけられます。さらに、事は彼だけで済みません。村の発展より自らの利益を優先する村長、農民の工賃を踏み倒して平気な炭鉱主、それに取り入っておこぼれに預かる地元のチンピラ、農村主婦にエステなどぜいたくの味を教えこんで取り入ろうとする開発業者など、金に目が眩んだ連中があの手この手で近づいて来るのです。彼らの行動はユーモアたっぷりに描かれるのですが、ずっと見ていると滑稽なだけでなくペーソスも感じます。彼らに翻弄される農民より、欲に踊らされる彼ら自身の方が哀しく見えてくるのです。

河北省承徳市に属する隆化県で撮影されたようですが、承徳はかつて熱河と呼ばれていたように、温泉のイメージがあります。突然温泉が出るという展開も、こうした認識をベースにうまく成り立たせているのです。しかし、実はこの河北省の農民をユーモアたっぷりに描いた監督はウィ・ディン・ホーというマレーシア生まれの華人で、米国留学を経て台湾地区で映画を撮影してきた人物です。『ピノイ・サンデー(台北星期天)』(2010)では第47回金馬賞新人監督賞を受賞しています。彼のような経歴の監督がなぜ中国の農村をかなりリアルに描いたコメディーが撮影できるのか、ちょっとした驚きです。これも中国映画を取り巻く大きな変化の中の、一つの注目すべき現象かもしれません。上映後にエレベータに乗り合わせた外国人(配給会社とか映画祭の関係者でしょうか)が、連れの中国人スタッフに「俳優は全員プロですか、まるで農民に見えましたが」と質問していました。いや、主人公をはじめ本当にそう見える登場人物ばかりで、細かな演技や演出にもかなり神経が行き渡っていた印象です。

なお、タイトルの「蟾」はヒキガエルのことですが、痩せた主人公はまったくヒキガエルには見えません。ヒキガエルに見えるのは、でっぷりとした村長と炭鉱主の王利明です。欲の皮を突っ張らせ、温泉に煮られたのはこの二人だったのかもしれません。

これもなかなか興味深かった貴州省凱里を舞台にした青春映画『最美的時候遇見你』の上映後に行われた監督によるティーチ・インの様子。映画祭の楽しみの一つだが、こちらでは観客が自分の感想を述べることが多い印象

 

【データ】

水煮金蟾(The biggest toad in the puddle)

監督: ウィ・ディン・ホー(何蔚庭)

出演:ファン・レイ(范雷)、ヤン・ジンアル(楊静児)、ワン・シャオシー(王暁曦)、ヤン・ホア(楊華)

時間・ジャンル: 95分/ドラマ・コメディー

公開日:2014年6月14日(映画祭上映)

上海影城のロビーには映画祭の上映スケジュールを記した大きなボードが。すでにチケット完売となっている作品も多数見られた 上海影城のロビーは、終日映画ファンでにぎわっていた。上海では、学生からサラリーマン、家族連れからお年寄りまで、幅広い層が映画祭を楽しんでいる

上海影城は上海電影グループが持つ国有映画館。1991年に開業した上海映画界を代表する存在で、8つのホールを持つ。上海国際映画祭のメーン会場でもある

上海影城

所在地:上海市長寧区新華路160号番禺路口

電話:021-62806088

アクセス:上海地下鉄10号線・11号線交通大学駅下車徒歩5分、5番口を出て淮海西路を西へ進み新華路を右に入る 

 

プロフィール

1956年生まれ。法政大学社会学部卒業。テレビ情報誌勤務を経てフリーライターに。

1990年代前半から中国語圏の映画やサブカルチャーへの関心を強め、2009年より中国在住。

現在は人民中国雑誌社の日本人専門家。

 

人民中国インターネット版 2014年6月18日

 

 

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