詩が結ぶ心と心

2020-04-09 11:59:55

HSK日本事務局常任理事 林隆樹(談)

「山川異域 風月同天 寄諸仏子 共結来縁」(住むところは違えど風月の営みは同じ空の下でつながっている。この{けさ}袈裟を送ることで{えにし}縁を結びたい)―1300年以上前、日本の長屋王が唐に送った1000着の袈裟に刺しゅうされていた言葉だ。鑑真はこの言葉に心を動かされ、海を渡り日本に仏教を伝える決意をしたといわれ、中日両国の千年にわたる交流史の佳話として伝わっている。両国が共に新型コロナウイルスに立ち向かい、手を差し伸べ合っている今、「山川異域 風月同天」の8文字が千年の時を越えてウイルスと闘う私たちの目の前に姿を現し、人々の心を再び感動へと誘った。

 武漢への支援物資を詰めた箱にこの言葉を書こうと発案したのは、HSK(漢語水平考試)日本事務局の林隆樹常任理事だ。そのいきさつと、ウイルスと闘う中で進めるべき交流と協力とはなにか、知見を聞いた。

中日の縁を詩で結ぶ

私の大学の専攻は哲学だが、言葉への興味がもともと強く、中学3年生の頃に学校で初めて漢詩を学んだ時に、すぐさまその魅力に取りつかれた。

「山川異域 風月同天」という言葉を知ったきっかけは、大学時代に読んだ鑑真の来日がテーマの歴史小説『天平の{いらか}甍』だった。その時はさして気にも留めていなかったのだが、10年ほど前、「新潟市會津八一記念館」を訪問した折、會津八一が{きごう}揮毫した「山川異域 風月同天 寄諸仏子 共結来縁」の色紙を見つけて、記憶が鮮やかに蘇った。

実はこの言葉を初めて使ったのは、昨年のことだった。HSKは受験者のモチベーションアップの機会を設けるため、会場に就職ブースと留学ブースを設置して留学・就職希望者の相談に乗る「HSK中国留学・就職フェア」を開催している。そこで「山川異域 風月同天」を使おうと思ったのは、HSKフェアを含めた国際交流の理念を象徴する言葉だったからだ。昨年からフェアに参加される中国からの先生方およびスタッフの名札にこの言葉を載せたところ、湖北省を含む活動に関わる多くの大学の先生方から「感動した」「この詩を引用してくれてうれしい」という好評をいただいていた。そんないきさつから、支援物資を送る段ボールにもこの8文字を使うことで、「場所は違っても心は同じだよ」という意味を込めるとともに、共に仕事をした湖北省の大学の皆さんを激励したかった。

美しい交流史をもう一度

「山川異域 風月同天」がここまで日中両国で大きな反響を呼ぶとは予想だにしなかったが、私たちの気持ちが中国の人々に伝わり、心が通じ合えたことにとても感動した。困った時に助け合うというのは、私たちが目指す理想の状態だ。国と国の関係には良いことも悪いことも起こるが、「国際交流」は良い中国人や日本人と出会う個人の体験であり、その数を増やしていくことが大切だと思っている。

「山川異域 風月同天」という言葉は、また美しい交流史の象徴だ。1000年以上前、長屋王は仏教の心に誠実に向き合うことで鑑真の心を突き動かし、鑑真は命を惜しまず日本に渡り仏教を広めた。約300年前、江戸時代の俳人である松尾芭蕉は奈良の唐招提寺に参拝し、鑑真が5回に及ぶ日本への渡航の失敗で、両目を失明したにもかかわらず道を貫いたことに感動し、「若葉して 御目の雫 拭はばや」という句を詠んでいる。

今回の件で皆さんに、1300年前には日本と中国の間にこんな交流があったということを思い出してもらうことができ、そのきっかけをつくることができたのは、最もうれしいことだ。ネットでの反響を見て、私も新たに鑑真にまつわるこんな短歌をつくってみた。

桃の花 待つ{ふるさと}故国に千歳経て 今吹き戻る和上の大悲(注1)

詩を送り深める友好

ここ最近、日本でのウイルスまん延に対する中国の方々の関心が高まるにつれ、政府から民間に至るまでさまざまな支援の手が差し伸べられているが、私たちも先日、上海からマスクの贈り物を受け取った。差出人に見覚えはなかったが、「雪里送梅花 病中赠口罩」(雪中においては梅を送り 病にはマスクを贈る)と書かれたカードが同封されていた。

このように日中交流で古い詩を引用したり、自作の詩で気持ちを表したりする人が増えていることは、とても素晴らしい、喜ぶべきことだと思う。私はこの現象には二つの理由があると思う。

一つは両国が同じ漢字文化圏であるということだ。言葉は通じなくても、漢字を使えば思いは共有できる。

もう一つは詩が持つ「力」だ。1300年前、長屋王は「山川異域 風月同天」と書いたが、今回、日中両国にある風や月は「場所」や「時」だけでなく、感情という垣根をも超え、人と人とを結び付けた。

新型コロナウイルスと共に闘うことで、両国には思いがけない文化交流が生まれた。これをきっかけに、より多くの両国民が同じ漢字文化圏だからこそ分かり合える「詩の力」をもって、両国関係がさらに良い方向に発展していくことを願っている。

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大悲:全ての人の苦しみを救おうとする仏の広大な慈悲の心

 

人民中国インターネット版 2020年4月9日

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