PART1 研究から生産までの道のり
高原=文
新型コロナの感染拡大が今も続く中、全国民のワクチン接種は、各国が感染拡大を抑え、正常な社会生活を取り戻す重要な手段となっている。新型コロナが中国で発生して間もなく、中国の科学者・研究者たちは一刻を争う(1)ようにワクチンの開発を始めた。現在、国内では3種類の不活化ワクチン(2)と1種類のアデノウイルス・ベクターワクチン、1種類の組み換えタンパク質ワクチン、計5種類のワクチンの販売が承認されている。ワクチンの開発から治験、製造、輸送、普及まで、中国は感染症との闘いにおけるチャイナスピードとパワーを世界に示した。
昨年4月に完成したシノファームの新型コロナウイルス不活化ワクチンの製造作業場。同ワクチンは世界基準を満たしている(新華社)
正月返上で開発 ついに成功
時間を昨年の12月31日に戻す。その日、中国の国有製薬大手の「中国医薬集団」(シノファーム)傘下の「北京バイオ製品研究所」が開発した新型コロナ不活化ワクチンが、中国で最初に発売された新型コロナワクチンになった。それまでワクチン業界には、「二つの10の法則」というものがあった。つまり、一つのワクチン開発が成功するには、10億㌦の投資と10年の時間を費やさねばならないということだった。
事前評価と開発計画の立ち上げだけでも、少なくとも1年かかる。ワクチンとは創造的な製品で、必ず成功するとは誰も保証できない。しかし、北京バイオ製品研究所は10カ月前後で全ての手順を完了させた。科学の法則に背かないことを前提に、必要な実験や工程は一つも残さず行った上で、である。これはどうやって実現できたのか。
昨年1月、新型コロナが武漢で爆発的に感染拡大したことを知った当時の同研究所の王輝副所長は、家族に「この春節(旧正月)は忙しくなるかもしれない」と言った。案の定、同月19日、王さんのもとに、「始めよう」という電話がかかってきた。電話の主は、シノファーム傘下の中国バイオテクノロジー社(CNBG社)の楊暁明代表取締役だった。
世間は春節でにぎわう昨年の旧暦の元日(1月25日)、6人による開発チームが急きょ立ち上げられた。研究開発が始まると、チームは毎晩会議を開いて打ち合わせをした。
「会議室には二つの大きなホワイトボードがあり、各人が順番にその日のデータと仕事の進行状況を書き、それに基づいて分析と討論を行っていました。失敗したら、実験をやり直すかプランをデザインし直しました。うまくいったら、次にどうするか相談しました。日々の実験結果に基づいて、戦略的な調整を行いました。少しの間違いもあってはならず、毎日新たな進展を遂げなければなりませんでした。さらに一つ一つ作業が割り当てられ、毎日何百人もの人がそれぞれ持ち場で努力し、何千もの実験が同時に進行していく――そんな日々でした」。王副所長は当時をこう振り返った。
家に帰る時間さえなかったため、会社はチームのメンバー全員に折り畳み式ベッドを支給した。メンバーたちはいつも十数時間働いて、横になって休んでも、新しいサンプルが来ると、すぐに起き上がって次の仕事に入らなければならなかった。
メンバーは毎日、さまざまな未知や緊張、課題に直面した。治験の段階に入る前に、サルにワクチンを接種した後、さらに新型コロナウイルスを体内に入れ、感染するかどうか免疫効果を調べる完璧な前臨床研究を行う必要がある。王さんによると、時間が迫っていたため、開発チームは、もともと垂直展開するはずだった実験を同時並行的に行うようにした。つまり、当初は1番目から80番目まで順に実験するはずだったが、四つのグループに分け、それぞれ20個の実験を同時進行させたのだ。「サルにワクチンを接種後、私たちはびくびくしながら結果を待っていました。未知に直面して緊張していましたが、幸い最終実験の結果は良好で、低用量のワクチンを接種したサルでも満足できる免疫効果が得られました」
「私たちは詳細な戦略と厳格なワクチン開発スケジュールを策定しました。実験の設計から品質の管理、プロセスフロー、製造現場の整備まで、全ての段階で最大限の努力を払って細部まで考慮し、また関連した中国および国際的な要求基準にも対応しました。これも数十年間積み重ねてきたノウハウと、国際的にリードする技術プラットフォームに基づくものです」と王さんは語った。
かつて不活化ポリオワクチン(IPV)を開発した頃、王さんはチームを率いてワクチン研究開発の独自の知的財産権プラットフォームを構築した。「私たちは、このプラットフォームの技術をそのまま新型コロナワクチンの研究開発に生かしました。これこそ、自信を持ってワクチン開発のペースを加速し続けることができたポイントです」。時間を節約するため、慣例を破る(3)手段が必要だった。王さんは、「私たちは革新的な方法を多く確立し、開発したワクチンの品質が素晴らしいことを証明しました」と話した。
昨年2月初めのワクチン開発プロジェクトの立ち上げから、同年4月28日の第1、2期の臨床試験の開始まで、北京バイオ製品研究所の開発チームは極限への挑戦(4)に耐え、研究・開発分野での高い効率を示した。2カ月後の6月28日、第1、2期の臨床試験の結果が発表された。ワクチン接種の被験者は、全て高濃度の抗体ができていることが確認され、しかも明らかな副反応を示した人は一人もいなかった。そして約1カ月後の7月22日、この研究所が開発した不活化ワクチンは緊急使用が許可された。その後、昨年末までに300万回分の緊急接種を終えているが、深刻な副反応は現れていない。
「今考えても、とても振り返る気になれません」。新型コロナウイルスと時間を競ったここ数カ月、王さんは気力と能力を限界まで発揮した。肉体的にも精神的にも深刻なオーバーワークで倒れる瀬戸際の状態だったが、「大変でしたけど、とてもやりがいがありました。やるべきことがしっかりできて、うれしいです」と王さんは笑顔で話した。
ワクチンの純度を測定するシノファームの研究者(新華社)
75日で量産体制を確立
王さんはチームを率いてワクチンの開発に当たると同時に、自らが主導して新型コロナワクチンの作業場建設チームを立ち上げた。そして北京バイオ製品研究所は昨年2月15日から4月15日のわずか60日間で、中国初のバイオセーフティーレベル3(BSL3)認証と医薬品生産品質管理規範(GMP)許可を受けた新型コロナ不活化ワクチン量産の作業場を建設した。
昨年の旧暦元旦の翌日(1月26日)午前、北京バイオ製品研究所の董建春マネージャーは王さんから緊急電話を受けた。「すぐ使える作業場を確保してください。新型コロナ不活化ワクチンを開発するためのBSL3実験室に改造します」。しかし、同日の午後、王さんからまた電話が来た。「実験室でなく作業場を建てます。すぐにワクチンの生産ラインにアップグレードの改造ができるような作業場です。他から借りてでもお願いします」
董さんは2003年に起きた「重症急性呼吸器症候群」(SARS)のワクチンの開発・製造を経験したことがあり、王さんの電話を受けた時も意外とは思わなかった。董さんは、製造作業場の建設は実験室での開発と歩調をそろえなければならないと知っていたからだ。しかし、他のワクチンの製造作業場と異なり、新型コロナウイルス不活化ワクチンの製造には、より高いバイオセーフティーのレベルが求められていた。
高規格のバイオ製造作業場を建てるために、まず必要な場所の基準は、独立した作業場であることだ。他の生産現場と影響し合ってはならず、さらにさまざまな工事条件を考えねばならない。そこで、独立した2階建ての209培養基材製造作業場が候補に入った。蒸気や電力、給排水、圧縮空気などの工事条件は整っているが、ワクチンの製造に使うなら、すでにある培養基材設備を全て撤去しなければならない。
当時の状況では、まだ開発されていないワクチンの製造準備のために、すでに10億元を投資して建てられた高レベルのバイオセーフティー作業場を取り壊す価値があるのか。もし新型コロナウイルスの感染症が、かつてのSARSのようにひっそりと消えたら、それでもワクチンをつくるのか。もしワクチンの開発が成功せず、これほど大規模な投資プロジェクトが水泡に帰したらどうするのか。董さんと王さんは会社の幹部に指示を仰ぐしかなかった。そして24時間後、返事が来た――「撤去しろ!」
これほどバイオセーフティーレベルの高い製造作業場を短期間で建てるのは、全国でもかつてなかったことだ。209培養基材製造作業場で待機していた董さんのチームは、ゴーサインの電話を受けると、すぐに水道・電気・ガスを止め、既存の生産設備を解体し始めた。寸秒を争って、元の作業場の取り壊しと新たな作業場の設計の二つの作業を同時進行で行った。董さんは当時を回想して言った。「その時、私たちは余計なことは考えず、ただ最短時間でこの高規格の製造作業場を建てたいと思っていました。ワクチンの役割を最大限に発揮させるには、量産を実現しなければなりません。私たち建設チームは、ワクチンの実用化への条件を創り出さねばなりませんでした」
董さんと彼のチームは大きなプレッシャーに耐えながら、「60日間で最重要区域を完成、75日間で完工を保証する」と誓いを立てた。その頃、彼は一日中、工事現場にいて、昼夜を問わず突発的な問題の解決に当たっていた。「現場にいないと落ち着かないです」
この時の作業場建設のもう一つ特別なところは、ほとんどの設備が国内メーカーからの調達だった。「これは私たち個人ではなく、国家の実力に課された試練でもありました」と王さんは言う。中国の工事建設や設備製造、各方面の協力・調整は全てこの試練に耐えた。
現在、世界最大の新型コロナ不活化ワクチンの製造作業場を、北京バイオ製品研究所はわずか2カ月で建設を完了した。年間1億2000万回分の製造能力を持つ同製造作業場は昨年7月、中国国家衛生健康委員会や科学技術部(省)、国家薬品監督管理局など複数の部門・委員会による共同認証を受け、新型コロナ不活化ワクチンを大量に製造・供給できるようになった。
わずか1カ月後の8月、董さんはまた新たな建設の任務を受けた。同じ製造工程と基準で面積を7倍にし、年間製造能力を8億回分に達する第2製造作業場を建設するのだ。彼のチームは再び新たな建設プロジェクトに投入された。
外国人記者も中国製を接種
「北京に駐在する外国人ジャーナリストのみなさんへ」。今年3月17日、北京に駐在する多くの外国人記者は、中国外交部(省)からワクチン接種の案内メールを受け取った。メールにはシノファーム製新型コロナワクチンの接種の注意事項が詳しく書かれていた。外国人記者とその家族は希望すれば接種を受けることができた。今回、中国に駐在する外国人記者が接種を受けるのはシノファーム製のワクチンで、昨年末に発表された臨床試験データでは、有効性は79・34%に達していた。 福岡県に本社を置く西日本新聞社の中国駐在記者・坂本信博氏は3月23日、1回目のワクチンを接種。『中国でコロナワクチン受けてみた』と題した記事で、ワクチン接種の体験を詳しく紹介した。記事では、複数の言語に対応できる問診スタッフや整然とした作業手順、そして接種後の「ご案内」まで、いずれも非常に印象的だったとした。
清華大学では外国人の教師・学生300人以上が4月、自由意思で新型コロナワクチンを接種した(新華社)
『東京新聞』の北京駐在記者・坪井千隼氏は中国製ワクチンを接種した後、『中国ワクチン副反応出ず』という記事の中で、「(中国)政府は『重い副反応は100万人に数人程度』と安全性をアピールするものの、多少の不安はぬぐえなかった。接種から数時間たった時点では、腫れや発熱などの副反応は出ていない」と書いた。 坂本氏は記事の中で、世界で新型コロナのワクチン争奪戦が激化する中、中国は国産ワクチンを69の途上国に無償提供し、43カ国に輸出している点にも言及した。 また坂本氏は、中国製の不活化ワクチンは、超低温環境での保管が求められるワクチンより保管温度への要求がそれほど高くないことから、発展途上国での使用に適しているとされる、と指摘した。
「2022年2月の北京冬季五輪開幕まで1年を切った中国は、着々と準備を積み重ねている」と坂本氏は感慨深げに書いている。記事では、ワクチンを接種することで、より多くの人がウイルスへの抗体を持つようになり、社会全体が守られる「集団免疫」の効果もあると示した。さらに、「22年の初め、あるいは今年の終わりまでに国内のワクチン接種率70~80%(接種者9億~10億人)を達成させたい」という中国疾病予防管理センターの高福主任の見方も紹介している。
外交部によると、3月23日までに27カ国のメディア71社約150人の外国人記者と、その家族の適齢者が中国製ワクチンを接種した。こうして、外国人の友人たちが中国の新型コロナ対策の成果を共有できただけでなく、安心して中国で暮らし仕事をすることができるようになった。
ワクチンで免疫バリア構築
今年初めから、中国各地では「接種すべき者は全員接種」という原則に基づき、重点となる地域・集団・都市において段階的に新型コロナワクチンの接種を加速し、60歳以上の高齢者を含む一般大衆にも拡大している。3月下旬には、ワクチン接種はさらに加速し、1日500万~600万回から1000万回に増加。北京市では5月19日までに2832万8000回のワクチン接種が行われた。中でも、60歳以上は200万人が接種を受けた。現在、北京の1日の接種能力は40万回以上に達している。 北京市西城区広外コミュニティーの衛生サービスセンターでは、案内員が待機エリアで並んでいる人々をグループに分け、次々にワクチン接種エリアに案内していた。まず登録と体温測定を行い、接種者はチラシでワクチン接種に関する禁止項目と、接種日当日と接種後の注意事項などを確認する。現場の医療スタッフは、ワクチン接種者の意思とワクチン接種に適さない状況がないことを再確認した後、同意書(インフォームドコンセント)にサインしてもらった上で接種を行うことができる。 生鮮スーパーで働く楊小偉さんは、同僚たちと一緒にワクチンを接種した。楊さんは、「ワクチンの接種は自分に責任を負うことであり、他人に責任を負うことでもある」と話した。同衛生サービスセンターの鄭穎主任は、この接種会場は1日で約1200人の接種に対応できると示した。
中国とミャンマーの国境沿いにある雲南省瑞麗市でも、4月初めに国外からの流入症例が相次いで確認されると、市民全員に対するワクチンの大規模接種が始まった。第1陣として30万人の都市部人口が5日以内に接種を完了した。4月30日までに、市全体の82万6700人が1回目の接種を終えた。瑞麗地域は北京市大興区に続いて接種率が80%を超え、集団免疫を実現した全国で2番目の地域になった。
中国疾病予防管理センターの免疫計画首席専門家の王華慶氏は、「中国で免疫バリアを構築するには10億人以上の人がワクチンを接種する必要があるだろう。接種率が高ければ高いほど、免疫バリアは強固になる」と述べた。今年初めから5月中旬にかけて、中国のワクチン接種回数は4億2000万回を超え、世界第1位となった。接種のスピードは世界一だが、14億の人口を持つ中国にとって、集団免疫の目的を達成するにはもっと時間が必要だ。中国の著名な呼吸器学の専門家で、国家衛生健康委員会ハイレベル専門家グループ長の鍾南山氏は、「より多くの人々ができるだけ早くワクチンを接種し、できるだけ早く集団免疫をつくろう」と何度も呼び掛けた。 ワクチン接種の意義は重大で、時間は差し迫っており、その任務は重い。しかし国家衛生健康委員会はまた、接種作業は「接種すべき者は全員接種」の方針と自由意思の原則を貫くべきであり、十分に説明した上で積極的・自発的に接種を受けるよう大衆を導き、奨励すべきだとし、単純化ひいては画一的な処理を根絶し、各地では全員接種を強制してはならないと表明した。これもまた中国の新型コロナ対策が人間本位で科学的なものであることを反映している。
上海市では市民への新型コロナワクチンの接種が整然と進められている(新華社)
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