PART4 学校で翻訳・通訳力向上

2022-02-17 20:34:37

中国の対外開放のレベルが絶えず深まり、対外的な交流活動が頻繁に行われるにつれ、通訳・翻訳の人材が果たす役割もますます重要になっている。外国語書籍の有名な翻訳者から毎年の「両会」(全国人民代表大会と中国人民政治協商会議)の記者会見の通訳者まで、さらに通訳者をテーマとした映画やテレビドラマの制作など、翻訳・通訳という仕事は次第に大衆の視野に入って来ている。特に流ちょうなバイリンガルとエレガントな話しぶりの通訳者という仕事は、無数の外国語学習者や愛好者を引き付けている。

呉泳霞さん(30)も通訳者に憧れた一人だ。彼女は、しっかりとした中国語・日本語の実力に加え、素晴らしいコミュニケーション能力と常に冷静でいられる精神的な資質により、大学院を修了後そのままフリーの通訳者になった。中日友好交流活動やビジネス交渉の場は彼女自身の価値を示し、自分の夢を実現する舞台となった。

呉さんは、「MTI段階の学習はとても役に立ちました。2年の課程で私は言語のしっかりとした基礎を固め、先生も私たちに十分な実践の機会を与えてくれました」と話す。

 

急速に発展するMTI

呉さんの言うMTIとは、英語の「翻訳・通訳修士学位」(Master of Translation and Interpreting)の略称だ。中国の翻訳分野では、長い間、伝統的な文学修士の教育モデルは翻訳の学術性を偏重し、応用性に対する重視が欠けていた。こうした背景の下、2007年、高度で応用型の翻訳・通訳専門の人材養成を目的とした翻訳・通訳修士学位が誕生した。

「一帯一路」の共同建設が引き続き推し進められるのに伴い、MTIを開設する大学院も雨後のたけのこのように続々と現れている。全国で翻訳・通訳修士学位の開設大学院は、07年の15校から昨年11月末までで、316校に増えている。また、中国の大学院生募集情報ネットによると、今年開設される日本語の通訳のMTIは25校、翻訳のMTIも68校に達する見込みだ。

教える側の経験不足が課題

MTIの急速な発展は、翻訳・通訳者への夢を抱く多くの学生に、自己実現と夢を追求する場を提供している。ところが、中日の翻訳・通訳市場を見ても、呉さんのように修了後すぐ翻訳・通訳の世界で一本立ちできる例は極めてまれだ。

「私たちは13年から中日通訳修士を養成する課程を開設していますが、修了者はこれまで約100人で、そのうち修了後に通訳に専従しているのは5人ぐらいです」と、北京外国語大学日本語学院の徐滔・常務副院長は打ち明ける。徐副院長はベテランの翻訳・通訳者でありながら、長年MTI教育の第一線に携わってきた。

徐副院長によれば、MTI教育とプロの翻訳・通訳を直接結び付けるのは「かなり難しい」。「一番大きいのは能力の問題です。トップレベルの翻訳・通訳者になるには、多くの場合、数十年の実践経験の積み重ねが必要です。しかし、大学院生たちはまだ第1期の課程が終わっただけなのに、往々にして厳しいカリキュラムに挫折し、プロの翻訳・通訳者になる夢を諦めてしまいます」

たとえ一生懸命に勉強して望みどおりプロの翻訳・通訳者になっても、そこでのリスクは軽視できない。呉さんもおととしは実務で大きな困難に遭遇したという。

新型コロナウイルスのパンデミックは中日翻訳・通訳市場にも大きな衝撃を与え、通訳の仕事は長いことほとんど入って来なかった。「その頃は確かに少し焦っていました。フリー通訳を辞めて新たな仕事を探そうかとも考えましたよ」と呉さんは振り返る。

北京外国語大学日本語学院の院長で、中国日本語教学研究会の会長を務める周異夫氏によれば、MTI人気の背後には、教員のレベル面で実は隠れた大きな問題があるという。「極めて実践的な学科なので、もし教員自身に豊かな翻訳・通訳経験がなくて、院生に十分な実践の機会を与えることができなければ、この学科の開設は不合格です。しかも、多くの大学院にこうした現象が存在します」と周氏は指摘した。

 このような状況に注目し、現在多くのMTI専攻では、第一線で活躍する優秀な翻訳・通訳者を兼任の講師として受け入れ、院生の実践指導を始めている。『人民中国』や中国共産党中央編訳局のベテラン翻訳者は、これに深く関わっている。『人民中国』は、課外授業の拠点として、多くの国内の一流大学と実践教育を行う契約を結んでいる。また、中国外文局では北京語言大学と共同で、異文化翻訳分野の博士の養成を試みている。

 

北京外国語大学日本語学院の同時通訳室で、同時通訳の練習をするMTIコースの院生たち(写真・袁舒/人民中国)

 

揺るがぬ人間翻訳の優位性

確かに翻訳・通訳の人材育成と教師の能力の面で問題に直面しているが、幅広い日本語学習者の支持を背景に、多くの現実的な理由とMTI独自の優位性も次第に明らかになってきている。

大学の日本語学科を卒業後、王婷婷さん(29)は、ある有名な日系企業に就職、翻訳・通訳を担当した。仕事と専門との親和性は高かったが、学歴の問題が少なからず彼女を悩ませた。「私は同僚より能力が劣るとは思いませんが、私は学卒で彼らは院卒だったため、昇給の幅も彼らより小さかったのです」と王さんはため息交じりに話した。

学歴のステップアップを目標の一つにした王さんは、退職を決意した。そして大連外国語大学日本語通訳MTIに入り、さらなる研さんを積んだ。「確かに何年も翻訳・通訳をしましたが、ここで学んだことはやはりとても役に立ち、知識も増え、翻訳・通訳のちょっとしたテクニックもとても実用的でした」。勉強の期間中に彼女は、MTI修了者は翻訳・通訳の道だけを歩むのではなく、例えば日本語の教師をしながらパートタイムで翻訳・通訳をすることも良い選択だと、いっそう考えるようになった。

中国の高等教育が大衆化と普及化へと向かうにつれ、ますます多くの人が最高学府に進み、高学歴の人材が絶えず増えている。これに伴い、社会と雇用側の学歴に対する要求も、直接あるいは間接的に募集条件と給与水準に反映されてきている。学問の道を志してはいない日本語学習者にとって、MTIが自身の語学能力と学歴の両方を向上させる場を提供していることは間違いない。

また雇用の面で、MTIにはいくつかの分野でも優位性がある。「多くの実践の積み重ねがあるので、MTIの院生は言語表現能力と精神的な資質が高く、『実戦能力』が際立っています」と徐副院長は話す。

ここ数年、人工知能(AI)の急速な発展に伴い、機械翻訳が人間翻訳に取って代わるといううわさが絶えない。これも新時代のMTI教育への試練となっている。「現在、コーパス(データベース化された大量の言語資料)が絶えず拡充され、AIのファジー連想能力も常に向上しています。今後、標準的な言語テキストにおける機械翻訳の精度はますます高まるでしょう」と王衆一総編集長は語り、また機械翻訳の発展は翻訳学習者により高い要求を突き付けているとも考える。

王総編集長は最後にこう締めくくった。「詩歌やエッセイ、小説、映画などの分野で翻訳は正確さが必要なのはもちろんですが、さらに『ぬくもり』も大切です。想像力による再創作となるのは避けられませんが、この面で人間翻訳の優位性は明らかです。翻訳を学ぶ者は、言葉のさまざまな使い方に楽しみを感じ、実践の中で絶えず推敲していくことが必要です」

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