PART4 上海日系企業が見る今後
陳言=文
今年4月から5月にかけて上海で発生した新型コロナウイルス感染症の流行は、上海の人々の生活や企業の生産に深刻な影響を与えただけでなく、中国経済にも大きな打撃をもたらした。各級政府と社会各界の共同の努力で、6月に感染症が効果的に抑制され、上海市の企業の操業・生産も再開したのが不幸中の幸いだ。これにより、中国経済は7月に加速の道に入り、急速な発展のすう勢を示した。
中国に進出している日系企業への取材を続けていく中で、中国の製造業が新型コロナの流行中も十分な強靭さを保ち、サプライチェーンが再構築しながら新しい安定的な運営状態に入っていることが分かった。企業は感染症の影響を受けた経済環境の下、発展のための新たな能力を生み出そうとしている。
サプライチェーンの確保
「2カ月に及ぶ上海の封鎖管理によって、現地にある2社の製造会社に10億元以上の影響が出ました」と、日東電工(中国)投資有限公司の責任者は本誌の取材に語った。
日東電工(中国)投資有限公司董事長総経理の城勝義氏(写真提供・日東電工)
上海市松江区にある同社の工場では、主に携帯電話などに使われる高機能材料を生産している。松江区では3月31日以降、全面的な封鎖管理が実施され、従業員が出勤できず、企業も生産や出荷ができなくなった。松江区にある国内外の多くの企業は、感染症がもたらす厳しい試練に直面した。
同社の董事長総経理の城勝義氏は、4、5月中、生産を再開して顧客に製品を提供できるようあらゆる手段を講じた。
「お客様に製品をできるだけ安定的に供給するために、感染症対策の基準を満たしながら、一部のスタッフ・関係者を工場内で勤務させ、工場内の宿泊施設や食事を手配しました。その後、政府に操業再開の申請書を提出し、徐々に生産規模と作業範囲を拡大させています」と城氏は語る。
日東電工の上海工場は今回、自らの努力とグループ内の他国工場の支援により、封鎖管理の情況で顧客のニーズの約半分を満たす供給体制を確保することができた。外出制限が解除された6月になると、工場はすぐに生産を再開し、今後数カ月以内に未完成の部分を生産する計画だ。
4月と5月の2カ月間、上海だけでなく、中国の他の地域も感染症で経済的な影響を受けた。人の移動の制限、物流の寸断、サプライチェーンの乱れにより、経済活動は計画通りに進まなかった。
1907年に設立されたAGCグループは、ガラス、電子、化学品、セラミックスの分野で世界的に有名な企業だ。同グループは深圳に液晶ディスプレー用のガラス基板を生産する工場を持っている。感染症発生後、原材料、部品、設備などあらゆる面で困難に直面したが、地元政府との共同の努力で、操業能力の7割を維持することができた。AGCグループ中国総代表の上田敏裕氏は、本誌の取材に対し、「お客様への製品供給を確保し、ディスプレー業界のサプライチェーンの安定化に貢献してきました」と述べた。
今年6月2日、上海の多くの日系企業が加入する上海日本商工クラブが、「上海市封鎖管理による事業への影響等に関する実態把握(第3回)」のアンケート結果を発表した。これによると、封鎖管理期間中に、「全く稼働していない」と回答した企業が全体の14%、「3割以下の生産」が38%、「半分程度の生産」が21%を占めていることが分かった。全体的に、73%の上海の日系企業が深刻な影響を受けたといえる。
北京の日系企業は工場での生産を主体とする上海の日系企業と異なり、中国における事業統括会社が主だが、受けた影響も大きい。中国日本商会が5月31日に発表した「新型コロナ対策がビジネスに与える影響調査」結果報告によると、調査に回答した76社のうち、物流が全く手配できない企業が4社、手配してもニーズの30%しか対応できない企業が12社、ニーズの半分しか対応できない企業が8社だったという。
操業再開に伴うモデルチェンジ
「中国のライフサイエンス市場は急成長していて、今後10年間で毎年約20%の成長率で規模が拡大していくと予想されています。今年4月、蘇州のハイテク産業開発区に富士フイルム欧文生物技術(蘇州)有限公司のイノベーション協力センターを立ち上げました。将来は中国市場の顧客に向けて細胞培養に必要な培地のカスタマイズサービスを提供し、ますます増大する市場のニーズに応えていきます」と富士フイルム(中国)投資有限公司の田中健一総裁は取材に応じてこう語った。
新型コロナが中国社会に大きな変化を引き起こした以上、ポストコロナ時代に従来の生産方式と生産内容をそのまま踏襲して操業を再開することはない。中国社会の発展に伴い、大量の新たなニーズが生まれつつある中、企業にはモデルチェンジの加速によって市場の新たなニーズに応えることが求められている。
筆者はこれまで、エコ交通や医療・ヘルスケア、デジタル化サービス、二酸化炭素(CO2)排出量ピークアウトとカーボンニュートラル(ダブルカーボン)に向けた取り組みは中日の企業にとって今後さらなる協力が期待できる重要な分野だと一貫した姿勢で取り上げている。今回の取材で、田中総裁は富士フイルムホールディングスが昨年3月、日立製作所の医療用画像診断機器事業を買収し、富士フイルムヘルスケアシステムズ株式会社を設立したことに触れ、「われわれ2社は設備の強みを相互補完するとともに、当社のヘルスケアITソリューションと結び付けることで、中国の医療分野により多くの診療統合ソリューションを提供できます」と紹介した。
上海にある富士フイルム(中国)投資有限公司のロビーには、さまざまな映像や医療関係のデジタル製品が展示されている。「デジタルトランスフォーメーションとダブルカーボン政策は中国の今後の発展における重要な戦略です。そこで、われわれはそれらに関連する高機能材料の研究・開発を中国での事業展開の重点とし、これからはさらに新製品の実用化に力を入れ、中国の製造業の発展に貢献していきたいです」と田中総裁は意気込みを語った。
富士フイルムの中国での発展方針と比べ、コロナ後に中国の日系企業には全体的にどのような変化が起こるだろうか。上海日本商工クラブのアンケート調査を見ると、いくつかのことが分かる。
129社からの回答において、中国への投資姿勢への影響について、「変更なし」が45%と約半数を占め、「投資を減らす」はわずか9%にとどまっている。「投資を増やす」や「投資を遅らせる」と回答した企業はさておき、ここでは「まだ分からない」と回答した39%の企業に焦点を当て、最終的にどんな変化が起こるかについて分析したい。
本誌は中国の産業政策と日系企業のそれに対する考えを非常に重視している。三菱UFJ銀行が6月に発表した報告を見ると、同銀行が見込んでいる中国の投資分野に5G基地局の建設などが挙げられている。2025年までに、5G分野の直接投資は2兆5000億元の規模になり、関連投資規模は5兆元にもなると予想されている。中国はモノのインターネット(IoT)、超高圧(UHV)送電網、新エネルギー車・充電スタンド、高速鉄道、AI、ビッグデータなどの産業の発展を積極的に推し進めており、おおまかな統計でも、直接投資額は10兆元以上に達し、関連投資はその2倍かそれ以上になる。周知の通り、08年、米国の大手証券会社・投資銀行リーマン・ブラザーズの破綻が引き金となって世界的な金融危機が起こった際、中国は4兆元の景気対策を打ち出した。それが中国の景気減速を食い止めただけでなく、世界経済の安定にも重要な役割を果たした。こうしたことからも予想できるように、現在の10兆元以上の直接投資は、「まだ分からない」と回答した39%の日系企業の投資の方向性を徐々に明瞭化させるだろう。
日系企業を含む外資系企業が中国経済のモデルチェンジに従って自らの業務内容を調整し、新しい投資や生産分野を充実させることは疑いもなく、すでに現在の中国市場に適応するための最も重要な方法になっている。
加速度的な発展に対応
筆者が取材した日系企業のほとんどは、中国経済がポストコロナ時代に加速度的に発展すると見ている。当面、中国は4月と5月の操業停止による減産分を取り戻すだけでなく、通年の経済成長目標をできる限り実現していく。
どちらかというと、人の移動と物流の回復は比較的に容易であり、困難なのはサプライチェーンの充実だ。中国は国内のサプライチェーンを補強するとともに、米国の中国とのデカップリング政策や日本の経済安全保障政策による海外サプライチェーンの寸断について、新しい方法で再構築する必要がある。
これに対し、田中総裁は、富士フイルムは産業チェーンにおいて中国企業と提携したいという意思を強調した。「近年、中日はイノベーションによる経済発展において大きな相互補完性があり、これは企業の持続可能な発展に資するため、われわれとしては中国との産業チェーンでの協力を非常に重視しています。今後、中国市場について、引き続き適切な現地パートナーを探し、協力を図り、現地での開発・生産・販売モデルを確立、強化し、関係産業の構築と発展に参加していきます」
一方、日東電工(中国)投資有限公司董事長総経理の城勝義氏は次のように語る。「われわれは中国市場の多様なビジネスチャンスを非常に重視しています。今年上半期から来年にかけて、中国経済は加速度的に成長する時期に入ると見ています。高機能材料の中間財メーカーとして、当社はこうした動向をしっかりと見つめ、引き続き関連事業を通して中国社会に貢献していきます」。城氏の言葉から、同社が中国経済の加速度的な発展に注目し、自社の最も得意とする分野において引き続き市場シェアを拡大していこうとする中国での経営方針がうかがえた。
AGCグループ中国総代表の上田敏裕氏も操業再開に伴い、中国市場の重要性を強調した。「中国での各工場の詳細な生産・販売計画を全て公開することはできませんが、生産拡大を計画していることは申し上げられます。今年、われわれは中国の協力パートナーと共に、悠久の歴史を持つ世界的に有名な中国のある都市で合弁会社を設立する予定です。新材料とデジタル技術の融合によって、産業のアップグレードや地方経済の活性化を後押しし、中国社会に貢献していきます」
日系企業はサプライチェーンにおいて役割を発揮し、特に材料分野などで依然として優位性を持ち、中国企業と相互補完できる。まさにこうした互いにとっての不可欠性があってこそ、中日間のサプライチェーンは長期にわたって維持できる。
総じて言えば、ポストコロナ時代において、中国の発展スピード、市場の可能性、国際社会とのつながりの度合いなどは相変わらず世界の先頭を走るだろう。これは感染拡大の最も困難な時期から抜け出した在中国日系企業に、引き続き中国で事業を展開していく決意と自信をいっそう持たせることになる。