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石家庄講演会

ジャスロン代表 笈川幸司

朝、北九州の実家に戻る妻を、北京空港まで送った。

妊娠九ヶ月目に入った妻にとっては、帰国する最後のチャンスだった。

午後は、マスコミの方との対話で盛り上がり、三時間話し続けて喉が枯れてしまった。そして夜、石家庄へ向かう高速鉄道に乗りこんだ。 北京、天津、河北省と、日帰りでの講演活動がほぼひと月続いた。

泊まりがけでの講演は大連以来ひと月ぶりだ。体力的には、泊りのほうが楽だ。久しぶりに楽ができるとたかをくくっていた。

ところが、予約した石家庄のホテルに到着するなり、「外国人は泊まれません」と拒絶された。ホテルが立ち並ぶ石家庄、たいしたことはないだろうと油断したのがいけなかった。結局ひと晩中歩き回り、外国人でも泊まれるリーズナブルなホテルを最後まで見つけることができなかった。

河北師範大学の楊月枝主任の親戚が漢方治療院を経営しているということで、ひと晩だけベッドを貸していただく事になった。

翌日、7時前には迎えが来る。いや、時計はすでに2時を指していたから翌日とはいえない。こういうときに、いちばんの仕事は早く寝ることだ。

「シャワーはありません。狭いベッドですが、どうぞゆっくり休んでください」

ありがたい言葉だった。雪の降り積もる北国の夜を歩き回り、心身ともに疲れきっていた。凍える体を暖かい空気が包み込む。日本昔話に出てきたどこかの民家を思い出した。

ベッドに横たわり、目を閉じた瞬間に目覚まし時計が鳴った。

「一睡もしていない!」

第一声は、ネガティブな言葉だったが、気持ちを落ち着かせ、「いや、寝付けなかった覚えがないのだから、良く眠れたはずだ」と自分に言い聞かせた。

7時には、劉雲先生が迎えに来てくれた。すぐにタクシーに乗りこみ、雪の降る中、窓の外を眺めていた。今日のような雪は、日本語でいったい何と呼ぶのだろう。津軽には七つの雪が降るというが、わたしはこの雪を雪としか呼べない…。

「笈川先生、石家庄の冬はいつもこんな天気なんですよ。雪のせいでもないんです。大気汚染が原因でしょう。北京はいかがですか?」

「いや、北京の空気はそんなにひどくないはずです。このあいだ、夜中に空を覗き込んだら、やたらと星が輝いていました。月なんか、ばかデカかったですよ!」

講演会は8時にスタートした。

「今日は90分、寝ないでくださいね」

これは、この講演を始める前に言おうと準備しておいた台詞だ。

しかし、会場を埋め尽くした学生たちの中に、眠たげな表情は見当たらなかった。わたしがいちばん危険だと、すぐに悟った。まず挨拶をして、彼らから質問を受け付けている五分の間に急いでトイレに駆け込み、顔に水をたたきつけるようにして洗った。

楊主任の挨拶が終ると、学生たちが背筋を伸ばし、聞く姿勢が変わった。それに、8年前からお世話になっていて、この大学で教鞭をとっている大津先生のおかげで、会場の空気は常に暖かかった。

ありがたい事に、途中、頭の回転が止まり、自分でも何を言っているかわからないこともあったが、そんなことまでもが笑いに変わる、恵まれた環境だった。

講演が終ると急いで駅に向かった。

高速鉄道に飛び乗り、五時間後に秦皇島に到着した。

笈川幸司

1970年埼玉県所沢市生まれ。元衆議院議員公設秘書。元漫才師。

2001年に北京に来て、10年間清華大学、北京大学で教鞭を取る。10年間、中国人学生のため、朝6時に学生とのジョギングから始まり、夜中までスピーチ指導を無償で行い、自ら日本語コンテストを開催、中国全土の日本語学習者に学ぶ機会を提供している。また、社会貢献をすることで、日本大使館、日本国際交流基金、マスコミ各社、企業、日本語界から高い評価を得ている。2011年8月から2012年7月までの一年間、中国540大学で11万人の日本語学習者を相手に「日本語の発音、スピーチの秘訣」についての講演を実施する予定。「ジャスロン日语学习沙龙」のホームページ:http://neo-acg.org/supesite/

 

人民中国インターネット版 2011年12月5日

 

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