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中山講演会

ジャスロン代表 笈川幸司

孫中山。

日本では、孫文のほうが馴染み深いだろうか。孫文の生まれた街・中山市、広州市街から車で約90分、90Kmほど離れた科学技術大学中山学院にやってきた。北京から広東省までの距離感は、列車の中でしっかりとかみ締めたつもりだ。広州駅に着くなり、「遠くへ来たものだ…」とひとり言を吐いてしまった。

ところがうれしいことに、ここの学生たちがわたしの存在を知っていてくれて、わたしのポスターまで作って待っていてくれたのだ。

それは、不思議な体験だった。

とはいっても、300人近く集まった会場で、わたしを知っていてくれた学生はおよそ20名。ほとんどの学生にとって、わたしがこれまでどんなことをして、これからどんなことをしてくつもりか、いや、そもそもわたしがいったいどんな人間なのかさえ知るよしはないのだから他の会場と違いはない!と指摘されたら、「まぁ、そうですね」と答えるほかない。

講演の冒頭で紹介されたとき、会場から起こる拍手は相変わらずまばらで、拍手喝采にはほど遠かった。ただ、今回は笑顔でこっちを見てくれている20人がいた。

これまで何度かあった、水分も栄養もない土を掘り起こし、野菜を育てるようなひどい状況ではなかった。100講演ほどこなしてきたが、汗を流して土を掘り起こす作業は十分やってきた。それに、何を言っても笑ってくれる20人の味方をがっかりさせるわけにはいかない。彼女たちには、講演が終わった後、友だちに向かって、「ほら、言った通り、すごい先生だったでしょう!」と言って、胸を張ってもらいたい。

講演中、同じ話をすることがある。

そう聞いて、「同じ話をする講演は楽だ!」と短絡的思考に走る人がいるかもしれないが、それは間違っている。なにせ、相手が違う…。違う相手を同じように楽しませることは容易ではない。

日本語のレベルが違い、住んでいる場所も違う。もし誰かが、ハルピンと広東省、この2つの都市で、同じように学生たちに楽しんでもらえる講演をしたというのなら、その人をどうかご紹介いただきたい。とにかく、毎回講演を終えるとゲッソリするほど気をつかう。中でも、もっとも気をつかうのはタイミングだ。日本語には「ま」という言い方があるが、「ま」はほんの一瞬、しかも一箇所しかない。そのタイミングをはずしたらすべてが台無しになってしまう。だから、「楽だ」なんて、簡単には思えないのだ。

さて、実際の講演はというと、もちろん満点と言える講演は今まで一度もなかったし、これからもきっとないだろう。が、自分自身、満足できる瞬間を何度か味わった。

それは、これまで練習したことのなかった話をなぜかうまく話せたり、汗が吹き出るようなピンチを脱して聞き手を驚かせるような展開になったり、空気を一気に変えるテンションで、ひとこと発したりできたときに感じられるものだ。

これらを実現するには瞬発力が必要だ。どんなに計算してもできるものではないし、準備して解決できるものでもない。しかし、偶然得たものが後になって役に立つ。

最近、河北省では停電のハプニングがあった。そういえば、これまでマイクの音を最大限にして大声で叫んでも会場の後ろのほうに届かないこともあったし、PPT(パワーポイント)が使えないとか、どうしても音声が流れてこないとか、普通ならがっかりしてしまうような出来事を数えたらきりがない。

その時々で最大限の努力をするが、それでも対処できない場合、その夜はほとんど眠れない。ああすればよかった、こうすればよかった、と後悔ばかりしている。ただ、そのとき後悔したこと、悩みに悩んだ末に出した答えが、間違いなく、あとあと起きるハプニングに役に立つ。

講演が終ると、全員がスタンディングオベーションで感謝の気持ちをあらわしてくれた。周麗玫主任からは、「来年もぜひ、いえ、これから毎年来てください」と言われ、来学期はここで鬼川特訓班を実施する約束もしてくださった。

笈川幸司

1970年埼玉県所沢市生まれ。元衆議院議員公設秘書。元漫才師。

2001年に北京に来て、10年間清華大学、北京大学で教鞭を取る。10年間、中国人学生のため、朝6時に学生とのジョギングから始まり、夜中までスピーチ指導を無償で行い、自ら日本語コンテストを開催、中国全土の日本語学習者に学ぶ機会を提供している。また、社会貢献をすることで、日本大使館、日本国際交流基金、マスコミ各社、企業、日本語界から高い評価を得ている。2011年8月から2012年7月までの一年間、中国540大学で11万人の日本語学習者を相手に「日本語の発音、スピーチの秘訣」についての講演を実施する予定。「ジャスロン日语学习沙龙」のホームページ:http://neo-acg.org/supesite/

 

人民中国インターネット版 2011年12月14日

 

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