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新たな課題~無錫講演会

ジャスロン代表 笈川幸司

海南島講演を終えて6日ぶりに北京に戻り、久しぶりに家族3人水入らずの時間を過ごした。たった1日の中休み。誕生100日を迎えた息子との再会にはしゃぎすぎたせいで夜更かししてしまった。朝、泣き叫ぶ息子の声に起こされ、時計を見ると6時9分。

南京行きの列車は北京南駅を7時に出発する。急いで着替え、タクシーに乗り込んだ。あと1つ赤信号につかまっていたら遅刻するところだった…。

それからは、11時に南京南駅に到着するまで4時間を執筆活動にあてた。出張が多く、どこへ行っても「超多忙ね」と言われるが、授業を受け持っていた頃のほうが仕事量が多かった。当時は、一日4時間の睡眠時間以外に自分の時間はなかった。いまは当時の半分か3分の1の仕事量。だから、自分からできそうな仕事を探しているし、仕事の依頼があれば喜んで引き受ける。そういうわけで、移動時間は執筆活動に使うと決めているのだ。

さて、12時に無錫行きの高速鉄道に乗るまでの1時間、南京南駅構内のスタバでひと息。1時半に無錫に着くと、駅から無錫科技職業学院へ向かった。ここ中国では、ほとんどの都市に職業学院があって、そこに日本語学科が設置されている。

無錫の場合は特に日系企業が多く、この学校で日本語を学ぶ学生たちの就職率は格別高いのだという。そうなると、ここで日本語を学ぶ学生も当然多く、会場には300人近い聴衆が集まった。IBMからも、日本語を学びはじめて1ヶ月という社員たち大勢駆けつけてくれた。

海南講演を終えたばかり。割合緊張せずに始めることができたが、今回、思いがけないことに、「中国語だけで講演して欲しい」という要望を受けた。

わたし程度の中国語力で講演会を行うなど、はなはだおこがましいとは思うのだが、これはわたしからお願いしたのではなく、依頼されたのだから仕方がない。遠慮することなく、はちきれんばかりに思い切りやってみた。自信がなくても「自信があります」と答えるのが中国流だからだ。

今回、無錫科技職業学院と無錫立信中専学校の2つに連絡してくれたのは、中国の日本語教育を20数年間貢献され続けてきた大森和夫・弘子先生ご夫妻が設立したACB朝日さんだった。わたしは現在、ここで教学プロデューサーをしている。

初日の講演は大成功だった。なぜ、そう断言できるのかといえば、翌日、校長先生からお電話をいただき、長々とお礼を言ってくださったからだ。

実は、中国語で話したため、ちょくちょく噛んで流暢にいえなかったり、言いたいことを表現できないことが多かったので大成功からはほど遠いできだった。しかし、心のリミッターを振り切り、大声で話し続けたのがかえって良かったのかもしれない。

無錫立信中専学校では600人を越える若い聴衆に集まってもらった。これまで、大勢の前で大声を張り上げて中国語を話したことがない。若い彼らの気持ちを盛り上げ、会場を盛り上げてもらうのにもひと苦労だが、その空気をコントロールするのはもっと難しい。異様な盛り上がりにならないよう、抑えていく必要があるからだ。

昨年100講演を果たし、舞台慣れだけはさせていただいた。が、相変わらずひとつひとつが挑戦であることに変わりはない。こうやって油断しないよう、新しい課題に出会えるというのはほんとうにありがたいこと。

今回の2講演で、中国語を本格的に学びたいという気持ちに火がついた。

笈川幸司

1970年埼玉県所沢市生まれ。元衆議院議員公設秘書。元漫才師。

2001年に北京に来て、10年間清華大学、北京大学で教鞭を取る。10年間、中国人学生のため、朝6時に学生とのジョギングから始まり、夜中までスピーチ指導を無償で行い、自ら日本語コンテストを開催、中国全土の日本語学習者に学ぶ機会を提供している。また、社会貢献をすることで、日本大使館、日本国際交流基金、マスコミ各社、企業、日本語界から高い評価を得ている。2011年8月から2012年7月までの一年間、中国540大学で11万人の日本語学習者を相手に「日本語の発音、スピーチの秘訣」についての講演を実施する予定。「ジャスロン日语学习沙龙」のホームページ:http://neo-acg.org/supesite/

 

人民中国インターネット版 2012年5月

 

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