People's China
現在位置: 連載最新映画を北京で見る

トラもハエも逃さない!『破局』

 

文・写真=井上俊彦

中国映画はこのところ毎年20~30%前後興行成績を伸ばすほどの好調が続いています。洋画に席巻されていた時期を経て、現在は国産映画も人気を集めています。郊外や地方都市にも次々にシネコンがオープンしており、消費文化と密接に関係しながら、庶民の定番娯楽という地位を確立していると言えるでしょう。そこで、実際に映画館に足を運んで、地元北京の人々とともに話題の作品や興味深い作品を鑑賞し、作品のおもしろさだけでなく、映画館で見聞きしたものや関連の話題などもお伝えしていきたいと思います。お付き合いいただければ幸いです。

不動産開発の不正事件に市の高官も関与?!

夏休みシーズンとなって『トランスフォーマー/ロストエイジ』が17億元を突破、前回ご紹介した『分手大師』も約5億7000万元と記録的ヒットとなっており、人気男性デュオが主演する『老男孩猛龍過江』も公開4日で1億元超え、さらに続々公開される子ども向けアニメ作品も好調です。そんな中、中国大陸部の犯罪ものとしてはこれまでにない展開の作品が公開されました。それが『破局』です。

湖北省の江荊市(架空の都市)で、村人がチンピラを殺害する事件が起きます。その頃、開発にからむ汚職問題を追っていた市検察院反汚職局の顧長風局長(ボウイ・ラム)は、不動産業者の馬義成を見張っていました。ところが、馬は顧局長と同僚の女性検事張芸(チョー・シャオ)の目の前で交通事故死してしまいます。捜査は行き詰まりますが、顧局長は事件と事故に関係があるとにらみ、開発の中心にある企業・金玉華庭の総帥・金玉庭(リー・チアン)に揺さぶりをかけます。ところが、金は逃げるどころか人脈を使って顧局長に接近して来たのでした……。

都市化が進む現在の中国にあって、不動産開発にからむ不正事件というのは関心を集める題材ですが、事件の背景に市の不動産管理部門官僚やさらに大物が……という展開には少々驚かされます。地方とはいえ行政組織内部の人間や市の重要人物が犯罪にかかわってくるという展開は、中国映画としてはかなり異色です。日本に比べて倫理観がかなり強く求められる中国映画では、高官が犯罪にかかわるというような展開は、ほとんど見た記憶がありません。

こうした作品が登場してきた背景には、現在中国が取り組んでいる腐敗取り締まりがあると思われます。実際、物語中のセリフに、習近平国家主席が反腐敗に向けて語った時に使った「トラもハエも」という言葉も出てきます。非常にタイムリーですが、市政府組織内の汚職というデリケートな問題が登場するだけに、制作側にはいろいろな苦労もあったかと思います。

また、これまで映画の中の検察官といえば、優秀で献身的で品行方正な正義漢が当たり前で、そのぶん人間味も感じられないことが多かった印象です。ところが、この作品では湖北省検察官協会も制作にかかわり、検察官の日常業務をリアルに人間的に描いている点も非常に新鮮でした。

 

夏休みシーズンを迎え観光客が目立つようになった北京を代表する繁華街・王府井

雨の多かった今年の北京だが、このところはからっとした夏空が戻ってきた。街角ではエンジュやサルスベリの花が見られる

悪の親玉の語る“理屈”がすごい!

監督のリー・ズオナンは台湾地区の経験豊富な監督です。昨年は南京を舞台にした冒険アクション『帝国秘符』を監督しており、今回も地方都市を舞台にしたサスペンスを、見応えあるカー・アクションなどを交えながらうまくまとめています。一方主人公には、香港ドラマの警察官や医師役で大陸部でもおなじみのボウイ・ラムが起用されています。香港の汚職捜査機関ICAC(廉政公署)に似た組織で汚職取り締まり任務に就いているという設定は、彼のイメージと相まって、物語にリアルな感覚をもたらしています。相手役のチョー・シャオは日本でも公開された『狙った恋の落とし方。』で、夫婦生活に淡白な見合い相手を演じました。実は、多数のドラマに出演している人気俳優です。

そして、物語の中の犯罪者がかなり凶悪なのにも驚かされました。さまざまな暴力行為をはたらくだけでなく、逮捕されてからでも市の上層部と関係があることをチラつかせ、取り調べの検察官を逆に脅しにかかるという、とんでもない悪者が登場します。また、悪の親玉は捜査の手が自分に伸びていること知ると、逃げるどころか検察官の抱き込みを図るのです。そして、その時に自分の行為を正当化して滔々と語る“屁理屈”にはあ然とさせられます。「みんな、手術の前には医者に謝礼を包むだろう?」などと、明らかにロジックがおかしいのですが、次々と例を上げつつ自信たっぷりに語られると説得力があり、私などは思わず「なるほど、そういう見方もあるか」と感心してしまうほどでした。

この作品にしろ以前ご紹介した『全民目撃』にしろ、最近は中国社会の変化を反映して犯罪映画の表現も変わってきているようです。なお、中国の腐敗撲滅の取り組みについては、人民中国2014年2月号で特集しています。詳しくは以下をご覧ください。

権力を「制度のオリ」へ

さて、実はこのコラム、今回が100回目となります。ご愛読本当にありがとうございます。初回からは3年半が経過していますから、1カ月に2~3本の作品をご紹介してきたことになります。今後もなるべくこのペースを守って続けていきたいと思いますのでよろしくお願いいたします。

【データ】

破局(Caught in trap)

監督: リー・ズオナン(李作楠)

出演:ボウイ・ラム(林保怡)、チョー・シャオ(車暁)、リー・チアン(李強)

時間・ジャンル: 98分/犯罪・サスペンス・アクション

公開日:2014年7月11日

連日35度の北京に涼をもたらしてくれる藍色港湾国際商区のミュージック・ファウンテン

ロビーには人気アニメシリーズ第3作『洛克王国 聖龍的守護』のディスプレーも見られた。同作は公開4日で興行収入3000万元を突破

伝奇時代影城の表は工事中だったが、通常通り営業している

 

伝奇時代影城

所在地:北京市朝陽区朝陽公園6号藍色港湾国際商区SA-42

電話:010-59056868

アクセス:地下鉄6号線金台路下車、B口を出てすぐのバス停から682路のバスで6つ目の停留所・棗営路北口で下車

 

プロフィール

1956年生まれ。法政大学社会学部卒業。テレビ情報誌勤務を経てフリーライターに。

1990年代前半から中国語圏の映画やサブカルチャーへの関心を強め、2009年より中国在住。

現在は人民中国雑誌社の日本人専門家。

 

人民中国インターネット版 2014年7月15日

同コラムの最新記事
トラもハエも逃さない!『破局』
人気俳優が監督・主演『分手大師』
開発と農民の悲喜劇『水煮金蟾』
今度はケータイをハック『窃聴風雲3』
チャン・イーモウとコン・リーの『帰来』