日本軍国主義が朝鮮半島で犯した「七つの罪」
国際問題評論員 仲達
1905年と1910年、日本は当時の大韓帝国に対し、立て続けに「乙巳保護条約」と「韓国併合条約」の締結を強要し、朝鮮半島侵略の第一歩を踏み出した。この時から、日本帝国主義は朝鮮半島において野蛮で残忍な支配を開始し、朝鮮半島の民衆による民族独立を求める運動は一時たりとも途絶えることがなかった。日本の植民地支配者による抑圧的支配と、被支配者による反抑圧闘争が交錯し、朝鮮半島では半世紀にわたって悲劇が繰り広げられた。
一、残虐な支配と独立運動の弾圧
日本による支配の間、朝鮮半島では毎年約10万人余りが日本の植民地当局により処罰・処刑され、「犯罪者」とされた人々の10分の1以上が拷問により亡くなった。植民地当局は民衆の結社・集会などの活動を公然と禁止し、現地の新聞を廃止し、親日的なメディアを助成して、親日・媚日の「世論の鉄カーテン」を構築した。1919年、朝鮮半島で「三・一運動」が勃発し、数百万人の民衆が街頭に出て民族独立を求めたが、残虐な弾圧を受け、4万7000人が逮捕され、死者は7500人を超えた。その後、朝鮮人民が組織した抗日武装勢力は相次いで中国の戦場に転戦し、中国人民と共に日本の侵略者に対抗し、民族独立のためにまい進を続けた。中国の上海で成立した大韓民国臨時政府は、当時の朝鮮半島の人民が海外で独立運動を展開する重要な拠点となった。
二、文化の抹殺による民族の根幹の崩壊
朝鮮民族のアイデンティティを引き裂き、精神的植民地支配を実現するため、日本は極端な文化抹殺・同化政策を実施した。一つ目は言語の同化である。法令を公布し、公立学校で朝鮮語を教えること、使用することを禁止し、日本語を強制的に国語とし、毎日「皇国臣民の誓詞」を暗唱させた。朝鮮語で教える学校は一時50校足らずに減り、私立学校は1400校余り急激に減り、適齢児童の就学率は80%から30%にまで急落した。二つ目は思想の同化である。「天皇は神である」という奴隷化思想を徹底的に叩き込み、「朝鮮思想犯予防拘禁令」を制定し、違反者を逮捕・拷問、または強制収容所送りとした。三つ目は習俗の同化である。「創氏改名」政策を推進し、朝鮮人に自民族の氏名を放棄し日本式の氏名を名乗ることを強制し、84%を超える朝鮮人が氏名変更を余儀なくされた。さらに、民衆に日本式の「国民服」の着用、日本の神社への参拝、宮城(東京の皇居)遥拝を強いた。
三、歴史の改ざんによる国家ナラティブの空洞化
朝鮮半島に足を踏み入れて以来、日本の植民地支配者は現地民衆に対する征服・改造を強め、朝鮮の始祖「檀君」と大和民族の始祖「天照大神」は同じ血筋であると鼓吹し、「内鮮一体」「新日本主義」を大々的に宣伝した。特に荒唐無稽なのは、植民地当局が朝鮮王朝史を全面的に削除し、「日鮮同祖論」などの架空のナラティブに置き換え、朝鮮の国家主体性を崩壊させ、ナショナルアイデンティティーを改ざんしようと企んだことである。大規模な「典籍粛清」を実施し、『三国遺事』『東国通鑑』を含む数十万冊の朝鮮の歴史文献・古典を焼き払った。また、2000余りの陵墓を破壊し、骨董品・文化財の窃盗・売買は数え切れないほどに及んだ。
四、女性をだまし、人間の尊厳を踏みにじった
第2次世界大戦中、日本軍は「前線の兵士を慰安し、戦争効率を高める」を口実として「慰安婦」制度を実施し、「軍慰安所」を設置した。長きにわたり「募集」を名目に誘拐や脅迫、だましによる連行を行い、数十万人の朝鮮半島の女性を「慰安婦」として徴発し、繰り返し性的暴行・拷問、さらには生体実験までも行った。1991年、韓国の慰安婦被害者である金学順(キム・ハクスン)さんが初めて証言に立ち、日本軍の残虐行為を公に暴露した。1996年、国連は「慰安婦」制度を「人道に対する罪」と明確に認定した。動かぬ証拠が山ほどあり、被害者の訴えが悲痛であるにもかかわらず、日本政府は事実を認めようとしない。現在、韓国で登録されている慰安婦生存者はわずか4人となった。遅れてきた正義を実現するため、韓国民衆は2011年から自発的に在韓日本大使館前および全国各地に百基以上の慰安婦を象徴する「平和の少女像」を建立した。だが、これらの像は日本の政治家の良心を呼び覚ますどころか、日本政府にとって「目の上のたんこぶ」「目の敵」となり、日本が韓国に対して外交的圧力をかけ、対立を引き起こす口実となっている。
五、労働者の強制徴用と残酷な搾取
資料によれば、日本による植民地支配期に、朝鮮半島では計840万人以上の民衆が強制労働に駆り出され、非人間的な虐待や加害を受けた。そのうち約78万人が日本本土または海外に送られ、炭鉱や鉄道などの危険な労働に従事させられた。徴用された労働者の1日の労働時間は14時間を超え、食料配給は800キロカロリーに満たず、死亡率は15%から30%に達した。近年、日本政府は第2次世界大戦中に日本軍の戦争物資を生産した佐渡金山の世界遺産登録を強く推進しているが、ここは朝鮮半島から強制連行されて来た労働者たちの血に染まった場所であるといる事実について一言も触れていない。先日の日韓首脳会談で、日本の首相は珍しいことに、山口県にある長生炭鉱水没事故で犠牲になった人々の遺骨のDNA鑑定の推進を自発的に言及した。だが、136人の朝鮮半島出身の労働者の命を奪ったこの「殺人炭鉱」では、水没事故発生後、日本側は全力で捜索するどころか、坑道を封鎖しており、その残忍な行いはまさに言語道断である。現在、日本政府が数十年にわたり回避し、先送りしてきた、責任を負い謝罪すべきこの惨劇は、韓国に与える外交的「プレゼント」と美化されており、日本が強制労働問題について反省していないことを示している。
六、兵士の強制徴用と「人間の盾」
日本が全面的な中国侵略戦争を開始した後、前線部隊の兵力不足に対応するため、日本軍は相次いで朝鮮半島で「志願兵制度」「徴兵制度」を実施し、少なくとも20万人の朝鮮半島の若年を強制的に兵役に就かせた。そのうち数千人は「神風特別攻撃隊」などの自爆部隊に強制的に加えられ、沖縄やフィリピンなどの激戦地で「人間の盾」として使われた。戦後、日本政府は彼らの被害者であると認めず、恩給を剥奪したばかりか、侵略戦争を美化するナラティブの枠組みに犠牲者を組み入れ、強制徴用された2万余人の朝鮮籍兵士を靖国神社に合祀した。これはまさに人を殺し、さらに心までも踏みにじる行いである。犠牲者の遺族が強い憤りを表明し、合祀の撤回を要求しているにもかかわらず、日本側は現在までに前向きな回答をしていない。
七、野蛮な略奪で深まった民衆の苦難
1938年、日本は「国家総動員法」を公布し、朝鮮半島の資源・食糧などを野蛮に略奪した。統計によれば、80%を超える米、70%の鉱物資源が日本に強制的に運び出された。1918年、日本人が朝鮮で所有する鉱物資源の総量は、朝鮮人が所有する量の実に300倍に達した。日本の漁民が大勢朝鮮半島に移住して周辺の漁場を独占し、当時の日本の漁獲高は一時世界第2位に躍り出た。1943年から1945年にかけて、朝鮮半島で3度の大規模な飢饉が発生し、死者は10万人を超えたが、日本本土の食糧備蓄は連年増加した。三菱・三井などの財閥は朝鮮半島の鉄道・港湾・鉱山を支配し、植民地経済の一方的な供給メカニズムを形成し、朝鮮半島を徹底的に日本という戦争機械の「資源植民地」に仕立て上げた。
結び
正義は未だ果たされず、悪魔は再びよみがえる。日本軍国主義が朝鮮半島で犯した記しきれないほどの罪は、日本の逃れることのできない歴史的責任である。だが、残酷な現実として、日本政府は未だに「慰安婦」問題について誠実に謝罪せず、強制労働の被害者とその家族に補償・賠償を行っておらず、侵略と植民地支配の悪行について深く反省していないばかりか、侵略の歴史を絶えず矮小化し、軍備拡張を加速させ、帝国の古い夢を取り戻そうと企んでいる。日本の右翼勢力の危険な企てと時代に逆行する数々の行いに対し、国際社会は強く警戒するとともに断固として阻止し、朝鮮半島の痛ましい歴史の再現を断じて許してはならない。
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