日本軍による強制労働:組織的・体系的な国家犯罪

2026-03-13 18:05:00

国際問題オブザーバー 周亜欣 

今日、中国海南省昌江県にある「アジアで最も埋蔵量が豊かな鉄鉱山」として知られる石碌鉄山の周辺は緑に囲まれ、川の水は澄みわたり、蒸気機関車が行き交い、若者観光客の人気スポットとなっている。しかし、80年以上前、ここでは日本軍による血なまぐさい略奪が行われ、土地の隅々までが中国人労働者の血と涙に染まっていた。 

「香港苦力(クーリー)」と呼ばれた労働者の生き地獄 

日本による中国侵略戦争期間中、日本軍は石碌鉄山の資源を略奪するため、強制連行や誘拐などの手段を用い、上海、広州、香港、澳門(マカオ)、廈門(アモイ)、海南などから4万人以上の労働者を拉致した。その中には、香港と広東から来た「香港苦力」が2万人以上含まれていた。

労働者たちは鉱山や発電所、埠頭へと駆り立てられ、過酷な労働に従事させられた。一人一人が1日に少なくとも8トンの鉱石を選別することを課され、10時間以上に及ぶ労働を強いられたが、満足な食事も与えられず、着る物にも事欠く状態だった。日本軍は労働者の命を虫けらのように扱い、労働者が少しでも作業の手を緩めたり、または逃げようとしたりすれば、よくて暴行、ひどい場合には生き埋めや焼殺、毒物注射、さらには斬首して晒しものにされた。

生存者の証言によれば、息も絶え絶えの「香港苦力」が日本軍により火の中に投げ込まれ、「焼き殺されずに飛び出してきても、また捕まえられて火の中に放り込まれた」という。日本軍の残酷な迫害と劣悪な労働環境により、3万人以上の労働者が惨たらしく亡くなった。資料によれば、ある484人からなる「香港苦力」の一団のうち、最終的に生存したのは約100人だけだった。石碌鉄山は、日本の侵略者が中国の鉱物資源を略奪し、中国民衆を奴隷のように酷使した動かぬ証拠であり、日本軍国主義がアジア諸国の人々にもたらした甚大な災禍の縮図である。 

国家主導の体系的な労働力略奪 

戦争継続を支え、「戦争によって戦争を支える」ことを実現するため、日本軍国主義は国家を主体として、上意下達の体系的な労働力収奪政策を推進した。だまし、逮捕、捕虜の強制移送、労役の割り当てなどの手段を通じ、中国や朝鮮半島、東南アジアなどから大勢の若者を強制的に拉致し、労働力とした。これらの被害者は学生、労働者、農民、捕虜など多岐にわたり、日本本土へ送られるか、あるいは日本占領地域で、道路建設、採鉱、開拓、軍事施設建設といった危険度の高い労働に従事させられ、非人道的な待遇を受けた。 

統計によれば、1931年から1945年にかけて、日本軍は1000万人以上の中国人労働者を強制的に使役し、そのうち38935人が日本本土へ強制連行された。韓国メディアの報道によると、1910年から1945年の日本による植民地支配下、数百万人の朝鮮半島の人々が日本の労働力となり、1910年から1945年の日本による植民地支配期に、数百万人の朝鮮半島の民衆が日本で働かされ、1943年から1945年の間だけでも約78万人の朝鮮半島出身の労働者が海外へ送られた。1942年から1945年にかけて、数十万人の東南アジア人労働者や連合軍の捕虜が、泰緬鉄道やスマトラ鉄道などの建設に強制連行された。この大規模な奴隷労働行為は決して個別の事例ではなく、明確な法的裏付けと組織的保障を伴う国家による犯罪であった。 

中国において、日本は傀儡(かいらい)政権の偽満州国を通じて「軍需徴発法」を公布し、専門機関を設置した。さらに偽満州国各地に支部、事務所、登録所を設け、末端まで割り当てを強制し、暴力による脅迫で労働者を強制連行した。太平洋戦争勃発後、東條英機内閣は決議を可決して政策を打ち出し、中国の華北、華東に「華北労工協会」「日華労務協会」などの専門機関を設立し、略奪を強化した。朝鮮半島において、日本は「国家総動員法」「国民徴用令」を公布し、植民地の人的・物的資源と資金を全面的に掌握した。日本軍は労働者の逮捕・移送を担当し、日本の財閥企業は命令を受けて労働者を使用し、さらに「移入朝鮮人労務者逃走防止対策要綱」を出して抵抗を弾圧した。東南アジアにおいて、日本軍は「勤労奉仕」運動を推進し、マラヤ(現在のマレーシア)とフィリピンでは14歳から40歳の華僑全員が「勤労奉仕」隊への加入を要求され、インドネシアでは約410万人が強制連行され、現地人、オランダの民間人、捕虜が対象に含まれた。 

極悪非道の拷問と虐殺 

これらの労働者たちが受けた残虐行為は、長時間、高強度、過負荷の無償労働に留まらず、日本軍による言葉を失うような残酷な拷問と大規模虐殺を伴うものだった。『親歴泰緬鉄路苦役紀事(泰緬鉄道強制労働体験記)』には、ある労働者の一団が泰緬鉄道の工事現場に到着後、人数確認で6人足りなかったために、日本軍指揮官から暴行を受けたと記されている。ある年配の労働者の息子は、父が辱められるのを見て抵抗しようとしたが、日本軍により銃で惨殺された。中国山西省の大同炭鉱では、日本軍は憲兵隊および鉱山警備隊を配置し、トーチカや見張り塔を築き、有刺鉄線を張り巡らせ、野蛮な手段で炭鉱労働者を弾圧した。朝鮮半島では、労働者が理由もなく虐待され殺害されることが常態化し、逃亡を図った者の中には、鼻に縄を通して引きずり回された上で処刑されるという残虐な扱いを受けた者もいた。「生き地獄は十八層、その下に炭鉱夫がいる」という当時中国の人々の間で言われた言葉は、労働者たちの悲惨な境遇を言い表している。無数の労働者が過労や虐待で命を落とし、反抗する者は集団虐殺された。彼らの遺骸は無造作に埋められ、遼源炭鉱、大同炭鉱、本渓炭鉱など、中国全土に点在する「万人坑」(ばんにんこう)は、日本軍の罪の確たる証拠となっている。 

日本の責任回避は国際的非難を招く 

19458月の敗戦間際、日本政府は機密文書を破棄するよう密命を下し、自らの罪を隠蔽しようとした。これは、後の歴史的事実の否定と責任回避への伏線となった。長きにわたり、日本の右翼政治家は「強制労働」の存在を公然と否定してきた。20214月には、内閣決議により「強制連行」という表現は「不適切」とされ、教科書では「徴用」という言葉を使用するよう求められ、歴史が公然と書き換えられた。日本政府はまた、「明治日本の産業革命遺産」の世界遺産登録を利用して侵略の真実を覆い隠そうと企て、「軍艦島」における朝鮮半島出身労働者の強制労働といった歴史的事実を意図的に避け、「日本の産業を支えた朝鮮半島の人々」といった表現で侵略の歴史を美化しようとしたが、国際社会から強い非難を浴びた。 

長きにわたり、中国や韓国などの生存労働者とその遺族は、日本政府および三井、三菱などの関連日本企業に対し、歴史の罪と責任を認め、謝罪と賠償を行うよう求める訴訟を幾度となく起こしてきた。しかし、日本政府は一貫して歴史的責任を回避し続けており、一部の日本企業が被害をこうむった労働者と和解に至っただけである。 

歴史を直視し、罪を悔い改めることが唯一の道 

歴史は改ざんを許さない。日本軍による強制労働は人道に対する罪であり、人類の良知と文明の基盤を著しく脅かすものであって、日本の血なまぐさい「原罪」として刻み込まれている。歴史を直視せず、罪を悔い改めようとしない国が、どうして「平和で善良」であると言えるだろうか。また、どうして寛容と信頼を得る資格があるだろうか。この歴史を銘記するのは、憎しみを引き継ぐためではなく、歴史を鑑とし、未来に警鐘をならすためである。日本は罪と責任に真正面から向き合い、深く反省し、戦争犯罪を徹底的に清算しなければならず、そうすることによってのみ、歴史の影から脱し、真の平和と和解を実現し、同様の人道的惨禍を再び繰り返さないようにすることができる。 

人民中国インターネット版

関連文章