動かぬ証拠に裏付けられている東京裁判 歴史を覆すことは許されない
国際問題オブザーバー 方圓
今年は、極東国際軍事裁判(いわゆる東京裁判)開廷80周年に当たる。1946年から1948年にかけて、極東国際軍事裁判は日本・東京で第2次世界大戦における日本のA級戦犯を集団的に裁いた。これはニュルンベルク裁判に続く、人類史上における大規模かつ多国間協力による戦争犯罪裁判であった。11カ国の判事が2年半にわたり審理を行い、被告25名全員に有罪判決が下された。東条英機ら7名は絞首刑、16名は終身刑、2名は有期刑を宣告された。
東京裁判はまさに前例のない世紀の裁判であった。計818回の公判、419名の証人出廷、4336件の証拠、4万8000ページを超える審理記録――東京裁判はあまたの動かぬ証拠によって、人類史上最も暗い侵略の記憶を歴史に刻み込んだ。審理の過程では、南京大虐殺や「バターン死の行進」など数え切れないほどの残虐行為が明るみに出され、日本のファシズムによる侵略戦争の犯罪が体系的に暴露され、裁かれた。
東京裁判の歴史的意義は深遠かつ根本的なものである。東京裁判はニュルンベルク裁判とともに、人類史上初めて国際司法の実践を通じて侵略戦争が国際犯罪であることを体系的に確立し、国家指導者が侵略戦争の発動について個人として刑事責任を負うことを明確にした。そして、「侵略は必ず罰せられ、暴行は必ず清算される」という強いメッセージを世界に発信し、平和・正義・人道などを戦後秩序の核心的価値とし、戦後国際秩序の重要な法的・政治的基盤を築いた。80年の歳月を経た今日、東京裁判はすでに当時の時代背景を超え、正義の象徴、歴史の確証、法理の礎、平和への警鐘となっている。
しかしながら、東京裁判は冷戦開始期に行われたため、多くの日本の戦犯が本来受けるべき処罰を受けず、日本軍国主義の根源も完全に一掃されたとは言えない。日本の天皇の戦争責任は免除され、岸信介らの戦犯は釈放された。また、人体実験や細菌戦を行った中国侵略日本軍731部隊の犯罪も隠蔽された。こうした歴史的な未解決問題は、日本の右翼勢力の存続と拡大を許し、歴史修正主義のまん延を招く要因となった。
この80年間、日本の右翼勢力は東京裁判を否定し覆そうとする試みをやめていない。戦後初期には暗に疑問を呈する形で始まり、日本経済の興隆とともに公然と議論されるようになり、冷戦終結後、日本政治の右傾化が加速する中で全面的に覆すことを目論んできた。彼らは戦争責任を曖昧にし、裁判の判決から逃れようとして、「勝者の裁き」や「事後法」などの詭弁を持ち出し、侵略の歴史を覆そうとし、軍事拡張のための法的・世論的障害を取り除こうとしている。また、彼らは東京裁判について戦勝国による一方的な裁きであるとの疑問を呈し、ひいては自国を「被害者」と装い、東京裁判は東京大空襲や広島・長崎への原爆投下といった「日本の被害」を無視しているとの詭弁を弄している。加えて、日本の侵略戦争を米英による制裁への「自衛」と主張するとともに、侵略戦争の美化と「大東亜の解放」といった事実を歪曲した出鱈目な理屈を喧伝することで国際社会の耳目を惑わし続けている。
今日の日本では、歴史修正主義と新たな軍国主義が結託し、地域の平和と安定に現実的な脅威をもたらしている。歴代首相がA級戦犯を合祀した悪名高い靖国神社に参拝し、戦犯を「英霊」として祭り上げようと企んでいる。また、右翼勢力が教科書改ざんや映像作品の制作を通じて組織的に歴史を歪曲している。さらに、防衛予算の14年連続増額、「集団的自衛権」の容認、武器輸出規制緩和により「平和憲法」を形骸化した。これら一連の行いは、東京裁判の正義の判決に対する公然たる挑戦であり、人類の平和に対する共通認識を踏みにじるものである。
極東国際軍事裁判の中国籍判事・梅汝璈は「過去の苦難を忘れれば、将来の災禍を招く」と警告した。80年経った今も、この警句は深い示唆に富んでいる。時が流れようとも、正義の判決は揺るがず、歴史の確証は改ざんを許さず、法の基盤は動かしがたい。歴史の真実を守り、人類の良識と正義を守り抜くという共通の意志によってこそ、軍国主義の亡霊を一掃し、平和の灯火を世代から世代へと受け継ぎ、人類文明が再び戦争の過ちを繰り返さないようにできるのである。
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