大使館侵入事件からみた日本の反中世論の実態

2026-04-09 20:23:00

中国国際問題研究院アジア太平洋研究所特任研究員 項昊宇 

324日、ある凶悪事件が国際社会に衝撃を与えた。日本の陸上自衛隊の現役士官である村田晃大が長さ約31センチの鋭利な刃物を手に、中国駐日本大使館に壁を乗り越えて不法侵入し、中国の外交官を殺害すると脅した。このような国際法の根本原則を踏みにじる過激な行いは、「平和国家」という日本の表向きの顔の裏に長く潜んできた反中世論の暗流を暴いた。 

近年行われた多くの世論調査のデータによると、日本の民衆の対中好感度は長きにわたり10%前後の低い数値にとどまってている。中日間にはさまざまな対立や問題があるが、隣国同士である両国は経済が深く融合し、人的往来の規模も非常に大きく、このような民意のデータは極めて正常でない。だが、日本の対中世論の実態を見ると、その現象の背景にある問題の根源は、日本社会に長く存在する「嫌中」の世論、そしてインターネット上でまん延する「反中」と中国敵視の感情にあることが分かる。この病的とも言える社会心理は決して自然に成り立ったものではなく、日本のメディアが長きにわたり情報を恣意的に選別および定型化して伝えてきた結果である。 

「選択的失明」から「定型化した中傷」へ 

コミュニケーション学における「議題設定」の理論から言えば、マスコミは人々が「どのように思うか」を決めることはできないが、「何を思うか」を決ることは可能だ。日本のマスコミが中国に関するネガティブな報道が圧倒的に多いのは、主に次の三つの中核的な側面に表れている。第一に、議題設定における極端なバランスの欠如である。中国に関するニュースのフィルタリングメカニズムの中で、日本のメディアは驚くべき「選択的失明」を示す。五大全国紙とテレビキー局からなる従来の商業メディアの枠組みにおいて、中国に関する報道は長きにわたり、中国の軍事力の発展、領土問題、社会や経済の矛盾、人権に関するテーマに焦点が当てられ、ほぼ全てがネガティブな内容である。その一方で、中国の社会の発展や科学技術の進歩、貧困削減の成果、都市・農村建設などの客観的な報道が全く欠けている。 

すでに「定型化」されたナラティブの枠組みの中で、日本のメディアは中国でどのようなニュースが起きようとも、往々にしてそれらをあらかじめ用意した「中国脅威論」や「中国崩壊論」、あるいは「中国異質論」のテンプレートにすぐさま当てはめる。例えば、中国が抗日戦争の歴史を記念すると「反日教育」とされ、海外でインフラ投資を行うと必ず「債務のわな」を生むと論じられる。また、科学技術イノベーションには「技術の盗用」、経済成長には「統計のねつ造」があると決めつけられる。日本の民衆が毎日テレビをつけ、あるいは新聞を開いたとき、目に入ってくるのはいずれも「危険で、立ち遅れ、攻撃性に満ちた」隣国に関するニュースであり、知らず知らずのうちに相手国への敵意が根づいていくのである。 

オールドメディアが論調の方向性を定める役目を果たしているとしたら、インターネット時代のニューメディアやSNSが担っているのは、それらを人々の間に浸透させ、煽り立てることである。最近の日本国内のある調査によれば、日本のクラウドソーシングサイトであるクラウドワークスで、「中国を批判し、日本を称賛する」内容のショートムービーの制作に関する募集案件が大量に出回っていることが分かった。このような組織的かつ産業化された憎悪扇動が、アルゴリズムによって的確に日本のネットユーザーに届けられている。「再生回数至上主義」のアルゴリズム時代において、「嫌中・反中」は一種の稼げる「グレーゾーン産業」となっており、日本の対中世論の「情報の繭」をいっそう固定化している。 

衰退時代の焦りと右翼の政治的キャンペーン 

日本の偏向した反中世論は、日本社会の深層的な焦りと右翼政治のニーズが相互に作用して生まれたものである。1990年代のバブル崩壊以降、日本は30年の長きにわたり経済の低迷に見舞われてきた。その間、中国の国力の急速な高まりは、日本の「アジアの先導者」としての心理的優越感を打ち砕き、それに伴って日本社会には深い失望感が生じた。そのような中、メディアは隣国のネガティブなイメージを喧伝することにより、「われわれは停滞しているが、相手も多くの問題を抱えている」というはかない心理的慰めを民衆にもたらした。このような他者をおとしめることで自らの焦りを和らげる心理的防衛のメカニズムは、反中報道の受け手が拡大していく土壌となっている。 

政治面では、日本の政界が日増しに右傾化する中、いわゆる「普通の国」になるという目標を実現するために、保守派の政権当局は世論の風向きをコントロールし、中国を「外部の脅威」に仕立て上ることで、「平和憲法」の改正や軍備拡張のために政治的キャンペーンを進め、民意の支持を広げている。国家戦略の大きな転換の中で、メディアは「太鼓持ち」の役割を果たし、複雑な国際関係を白黒思考の対立の構図に単純化している。自衛隊の士官による中国大使館侵入事件は、このような長きにわたり中国を「外部の脅威」に仕立て上げてきた世論誘導が、個人の行動として表れたものに他ならない。 

制度的宿痾と「忖度」文化 

外部では、先進資本主義国のメディアは必ず独立しており、客観的であるはずだという認識上の誤解が往々にしてあるが、「報道の自由」を掲げる日本のメディアの内部には、極めて硬直化した参入メカニズムと自己検閲の文化が存在する。中でも、「記者クラブ」制度は日本のメディア界で最も非難される制度である。その中核をなす特徴は政府とメディアの権力の共存関係にあり、日本の各政府部門や主要政党はいずれも自らの「記者クラブ」を有し、既存の大手メディアの記者だけが重要な記者会見に参加し、あるいは内部のブリーフィング情報を得ることができ、フリーランスの記者や新興のネットメディア、海外メディアの記者は排除されている。このような共存関係は深刻な自己検閲を招き、あるメディアの報道が政府にとって不都合な内容の場合、そのメディアは記者クラブへの参加資格を剥奪される可能性がある。中国に関する報道で、記者クラブは日本政府による対中政策の「スピーカー」に成り下がっている。 

硬直的な制度上の制約に加え、あいまいな文化的足枷も存在する。安倍晋三政権当時、「官邸主導」の政治が大々的に進められ、「忖度」という言葉が流行した。日本の政治の文脈では、「忖度」とは上の者の意図や考えを推し量ることを指す。ニュースの編集室では、上層部が報道に関して明確に何かを禁じる必要はなく、編集者や記者が政府の姿勢やスポンサーの利益を踏まえ、自発的に報道のトーンを調整する。「反中」が政治的に正しいとされ、人気の秘訣となると、メディア従事者は「忖度」によって中国に関するポジティブな情報をふるい落とし、自らの職の安泰と視聴率を確保しようとする。このような命令を必要としない自動検閲は、行政による直接的な干渉に比べてより見えにくく、いっそう悪影響を及ぼす。 

このように、日本の反中世論は政治的意図による操作、社会の焦りの投影、商業的利益に基づく扇動、メディアの制度的欠陥が相まって生じたものである。一国の民衆が著しく汚染・歪曲された報道という「プリズム」を通じ、最も重要な隣国を認識するしかない状況に置かれれば、必ずや極めて危険な政治的結果を招くことになる。自衛隊の現役士官による中国大使館への不法侵入という凶悪事件は日本社会に警鐘を鳴らしている。政界とメディアが長きにわたりつくり上げてきた嫌中の世論とムードは、すでに一部の日本人の極端な憎悪の感情となって表れ、むしろ日本社会の理性と安全を脅かしている。だが、日本の世論の心理および制度上の高い壁を打ち破ることは、少なくとも現在の日本国内の政治的雰囲気からみて、依然として極めて困難である

人民中国インターネット版

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