辺境の寒村歩んだ富裕の道 薬材・野菜・観光で立つ文山
王藴聡 秦斌=文 秦斌=写真
「山高く岩多く、門を出ればすぐ坂道」。これは雲南省東南部にある文山チワン(壮)族・ミャオ(苗)族自治州のありのままの描写だ。文山州は現在、産業発展やエコ建設などを頼りに厳しい山河を生かして豊かになる道を歩んでいる。
ここには風光明媚な湿地公園や、国内外に知られる薬用植物のサンシチニンジン、おいしい食用バラ、無公害のグリーン野菜といった美しい風景と恵まれた物産がある。これに各民族・村民の勤勉さが加わり、文山州は素晴らしい発展を遂げている。
雲南省文山チワン族・ミャオ族自治州丘北県の普者黒国家湿地公園。カルスト地形と田園、ハス池の風景と少数民族の情緒あふれる建築が溶け合う。鏡のような湖面を渡る小舟は、まるで美しい絵の中で遊覧しているようだ
カルスト、民族風情で人気
文山州の観光資源は大変恵まれており、最も代表的なのは普者黒国家湿地公園だ。普者黒は文山州東南部の丘北県中部にあり、イ(彝)族の言葉で「水産物があふれる湖沼」を意味する。カルスト地形の山河・田園の景色と独特の民族的な風情が一つに溶け合い、中国国内の多くの人気バラエティー番組やドラマ、映画の撮影地にもなっている。
カルスト地形と湖沼に囲まれた美しい自然の中、少数民族の集落の赤い屋根が映える(普者黒国家湿地公園)
景勝地の中心にある仙人洞村は、丘北県の管轄する少数民族の集落で、イ族の民族系統の一つであるサニ(撒尼)族1000人近くが暮らす。代々漁業をなりわいとしてきたサニ族は、かつてよく袋を背負って食糧を探しに出掛けていた。このため、仙人洞村は「袋の村」と呼ばれていた。
「私たちは1992年から観光業に力を入れ始めました。しかし2013年の時点でも、村民1人当たりの平均年収はまだ1万元前後でした」。仙人洞村民委員会の範成元・主任は、早くから村民の先頭に立ち村を豊かにした指導者だ。当時は経験や知識が乏しく、途方に暮れたこともあった。
発展への苦境から抜け出すため、範主任は村民を率いて北京や同じ省内の大理、麗江などを視察し、人気観光地の発展モデルと経験を参考にした。視察から戻ると、彼は率先して自宅を宿泊施設に改築し、専門の設計チームを招き、村全体に働き掛けて各家屋の外観を作り変えた。村内の小さな旅館は相次いで外観を変え、観光客に人気のあるサニ族風の民宿になった。
普者黒は爆発的な人気を呼び、豊かになる本当のチャンスを村民は手にした。毎年6〜9月は観光のピークで、経営状況が良い民宿の月収は20万元にも達した。18年末までに、仙人洞村196戸の1人当たりの年間実収入は4万元余りにまで増加。村全体の実収入は4000万元余りになり、名実共に裕福な村となった。範主任は、収入を確保するとともに、民族の伝統文化を保護することの大切さも理解していた。「発展と同時に、行き過ぎた商業化を防ぐ必要もあります。民族の風格を保ち、より多くの人々にサニ族の文化と生活を理解してもらいたいのです」
仙人洞村民委員会の範成元・主任が経営するイ族の特色を備えた「喳喳呀旅館」
観光地の知名度アップと観光客の増加に伴い、宿泊や飲食、土産物などの業種で5000人を上回る雇用が生まれた。おかげで、普者黒を含む20余りの民族村の4万人を超える村民が、その恩恵にあずかった。
北京から来たある観光客は、「友人に勧められて来ました。普者黒に来て本物のスローライフとは何かが分かりました。ここは景色がきれいなだけではなく、民族的な味わいがたっぷりありますね」と感慨深そうに語った。
高原で育つ食用バラ産業
文山州は山地が総面積の約97%を占める。同州は、こうした実情に合わせて、「高原の特色ある産業」をつくり出した。
初秋の農園には、赤やピンク、黄、白などのバラが競い合うように咲いていた。ここは丘北県八道哨イ族郷阿諾村の普者黒バラ農園。丘北県では13年、食用バラの栽培・加工技術を導入し、観光と食材用生花の試食などを一体化した観光農園を建設した。文山州の食用バラは、味が濃く色合い鮮やかで、糖分も高いといった特長がある。観光客は、花見のほかに花を摘んだり、生花を材料に餅(小麦粉で作ったお焼きのような食べ物)やバラ酢などを作ったりと、体験活動も楽しめる。
八道哨郷大布紅村の花畑でマンジュギクを摘む村民ら
焼きたての生花入り餅(普者黒バラ農園)
丘北県は「中国のトウガラシの里」とも称えられている。県東北部に位置する双龍営鎮には、100ムー(1ムーは約0・067㌶)のトウガラシ試験農場がある。ここでは、雲南農業大学の鄧博士が学生数人と共に、トウガラシの連作障害と選抜育成について研究している。鄧博士は、「04年から雲南農業大学は丘北県農業農村局トウガラシ所と協力し、ここの土地を使ってトウガラシの選抜と優良種の育成、病害虫の予防、新製品の開発などを研究しています」と説明した。品質の良い丘北トウガラシは、広東や四川、山東などから買い手がやって来る。収穫を終える頃には、1日の取引量は40~50㌧にもなる。
丘北県は16年以降、関連企業を誘致し、現地の農家と提携してマンジュギクを栽培している。企業側は需要に応じ、育苗に必要な種子や育苗袋、専用の化学肥料、農薬を農家に提供し、技術指導を行い、同時に農家の販売ルート開拓をサポートする。八道哨郷全体で昨年、マンジュギクを6000ムー余り栽培し、各戸の平均年収は1万4600元に達する見込みだ。
内外に広がる硯山県の野菜
「山地が多く、作付けが難しい」。これは文山州西部の印象だ。硯山県は12年に第2期国家現代農業モデル地区に認定された後、新品種や新技術などの普及にいっそう力を入れた。また、全国から東南アジアに広がる市場戦略を策定し、貧困家庭の暮らしを改善した。それだけでなく、北京や上海、広東、東南アジアの国々の食生活も豊かにした。
硯山県の県庁所在地から約50㌔離れた稼依鎮。ここでは、収穫したばかりの新鮮な野菜を作業員らが分類、荷造りし、車に積み込んでいた。松南農業開発社の羅松南氏は、「硯山県の土地と気候の条件なら、一年を通じて野菜を収穫できます。09年に硯山県に来て以来、農産物は広州や深圳、香港、澳門のほか、シンガポールやタイなどで販売され、国内外の消費者に支持されています」と胸を張った。
硯山県は、広東や上海の野菜卸売市場に向けた産地直売を実現しただけでなく、関連企業と野菜の注文契約も結んだ。脱水と塩漬けを済ませた加工野菜を、低温物流システムによって日本や米国、メキシコ、英国、モルジブなどの国々や香港、マカオの両特別行政区に出荷している。年間の輸出量は3万3000㌧、輸出総額は2億1000万元に上る。硯山県は今では雲南省で野菜の作付面積が最も広く、栽培品種が最も多い県になっている。
「僑園ナシ」を収穫する硯山県稼依華僑農場の農家。農場内の1200ムー余りで僑園ナシが栽培され、年間の生産量は3500㌧に達する
サンシチニンジンで国際協力
文山州の中心地、文山市南部にある文山サンシチニンジン国際交易センターには、土曜日の早朝から多くの人々が集まっていた。「世界でサンシチニンジンと言えば中国産で、中国のサンシチニンジンなら雲南、雲南のサンシチニンジンなら文山だ」。これは文山州の人々が誇りとする言葉だ。
明代の高名な医者で薬学者の李時珍は、『本草綱目』の中で「サンシチニンジンは全ての血症(血液の病気)を治せる」と書き、それを「金不換(黄金とも交換できないほど貴重な物)」と呼んだ。血行促進や止血、補血の効果があり、現在では1000種余りの漢方薬の主要成分になっている。サンシチニンジンを使った医薬品は中国国内に知れ渡っているだけでなく、日本やシンガポール、韓国、マレーシア、ベトナムなどにも販売され、年間の需要量はすでに2万㌧を突破している。また中国産サンシチニンジンの95%以上が文山州で産出され、生産量だけでなく輸出量も全国トップであることから、ここは「サンシチニンジンの里」と呼ばれている。
文山サンシチニンジン国際交易センターで売られているサンシチニンジンの根
サンシチニンジンの構造
硯山県の文山ミャオ郷サンシチニンジン科学技術モデルパークには、優良品種育種センターや育苗作業場、販売センター、1次加工生産ライン、倉庫・物流設備など、栽培から販売までの各段階を網羅する施設が全て備わっている。
栽培室に入ると、さまざまな大きさに区分けされた土地に、北京大学や清華大学、中国科学院昆明植物研究所などの研究機関名を記したプレートが掲げられている。サンシチニンジンの人工栽培で最大の難題は連作障害だ。土壌に対する要求も非常に厳しい。サンシチニンジンを1回栽培すると、同じ土地では十数年から、極端な場合には二十数年にわたって再び栽培ができない。
文山の科学技術モデルパークは、こうした世界的な難題を克服するために研究の場を提供し、国内外30カ所余りの研究機関と協力している。こうした流れを受けて00年、文山サンシチニンジン産業工業団地が誕生した。この団地の完成後、多くの大企業が入居し、研究開発と加工、取り引きなどが一体となったサンシチニンジン産業集積区が次第に形成されていった。現在、文山州は1000億元レベルの産業を四つ創り出し、州全体の経済・社会における質の高い飛躍的な発展に本腰を入れて取り組んでいる。
丹精込めた種苗の育成状況を調べる技術スタッフ(ミャオ族サンシチニンジン栽培基地農場の土壌改良配合試験モデル地区)