日系人材紹介会社ESR総経理・猿渡旭さんが語る質の高い成長の時代に求められる日本語人材

2023-12-06 10:22:00

植野友和=文 顧思騏=写真

 

 近年、中国で日本語学習者が増加の一途をたどっている。国際交流基金が2021年に発表した「海外日本語教育機関調査」によると、中国は世界最大の日本語学習者を擁し、その数は1057318人に上る。

 そのような日本語学習者にとって最大の関心は、頑張って学んだ日本語を活かせる仕事に就けるのかということだ。多くの場合、選択肢となるのは中国に進出している日系企業だが、そこで求められる人材像とは、果たしてどのようなものなのか。2006年に北京で日系人材紹介会社「ESR」を立ち上げ、中国の日本語学習者の就職サポートで豊富な経験を持つ同社の猿渡旭総経理に話を聞いた。

 


ESRの職場風景

 

 ESRは長年に渡って在中国の日系企業に人材を紹介してきた。そのオフィスは北京の国貿の建外SOHOにある。オフィスに入ると、ごみ一つ落ちていない整理整頓された仕事場、ホワイトボードに細かく書き込まれた仕事の進捗状況や礼儀正しいスタッフが目に入った。

 訪問して通されたのは、社長室ではなく会議室である。同社にはそもそも社長室はなく、総経理の猿渡さんはオフィスで他の社員と机を並べ、社内の誰よりも遅い時間まで日々働いている。偉ぶることなく謙虚で、どこまでも仕事熱心。それが猿渡さんから受けた第一印象だった。

 


自身のワークスペースで仕事をする猿渡さん

 

ーー日系企業はどのような日本語人材を求めていますか。また、必要とされる人材像について、以前と現在では変わりましたか。

 「2005年から2012年までは、日系企業ではコツコツと真面目に責任を持って仕事をする人が求められていました。それに対してここ10年、2013年から現在では、もちろん真面目さや責任感が大事なのは変わっていませんが、それに加えて自分で考えて行動を起こせる人というのが、どこの企業でも好まれます。

 今、さまざまな日系企業は同じ問題を抱えていて、それは平均年齢の高齢化です。ここ1520年で北京にある日系企業の業務の量や人数は、さほど増えていないんですね。また、売り上げも変わっていない中で、日本人も中国人も含めてスタッフの年齢だけが上がっています。

 年齢が上がれば給料も上がり、毎年企業にとって人件費がどんどん上がりますが、それに見合った利益を出せる人を欲しいというニーズです。

 企業の中で、今抱えている仕事、あるいは言われてやっている仕事だけではなく、自分が毎年上がる給料に見合った仕事をできるか、業績を上げられるのかということを考えて動ける人は、どこの日系企業でも大事にされます」。

 


猿渡さんが筆者の取材を受けている

 

ーーそのような変化は日系企業の事情以外に、時代の変化も受けてのものなのでしょうか。

 「そうですね。人材業界全体に言えることなのですが、高度成長期にはあくまでも頭数として、こういうビジネスがあるからこれだけの人数を採用したいけれど、間に合わないから人材会社に頼もうというとてもシンプルなニーズがあります。つまり、採用のスピードや人数が求められるんですね。それはある意味、中身を問わない、質を問わない依頼です。しかし、経済が安定成長に入りますと、全く違うニーズが出てきます。各企業が本当にこれだけの人数が必要なのか、このお給料を出す価値があるのかと人材を吟味するようになるんです」。

 

ーー中国は高度成長から質の高い発展へと移行しています。その中で企業側も人材に関して質を求めるようになったということでしょうか。

 「まさにおっしゃる通りで、逆に言うと今の時代ならではのニーズがやはりあるわけですね。この20年間でどのような変化を感じているかというと、これは良い面と良くない面の両方があるのですが、まず良くない部分としては人々のチャレンジ精神ですね。今の若者は、やはり15年前や10年前の若者に比べると、その部分が少し弱くなったかなという認識です。経済全体が豊かになった分プレッシャーが薄れているせいか、若者は上の世代に比べてハングリーさが足りないように思います。また、いい部分というのは、考え方ですね。仕事をスタートからゴールまで一つの目標ポイントに対してどういうふうに進めたらいいのかを考える上で、今の若い人たちの方が思考の展開が早いです。

 具体的には、昔は営業マンタイプの人が多かったのですが、今はマーケティングタイプの人が多いという感じですね。そこはちょっと変わったなと思います」。

 


取材を受けている猿渡さん

 

ーーかつては一生懸命がむしゃらに取り組む人が多くて、今の若者は問題解決能力が高いということでしょうか。

 「昔は実践型の人が多かったのですが、今は考える人が多いですね、おそらく影響として一番大きいのはネットやSNSの普及で、若い方々の情報処理能力が高まっているのだと思います。皆さん毎日スマホでさまざまな情報を得て、それを処理しているわけですよね。昔はそんなに情報がありませんでしたから、もう目先のことをやるしかないという感じでした。

 ただ、自分でしっかりと考えを組み立てることができるけれど、一部には考えるだけで行動に移さない人もいるという問題があります。仕事でこれをやるべきだと分かってはいるけれど、自分にとって得じゃない、なんで私がやらなきゃいけないの、といった考えで止まってしまうんです」。

 


猿渡さんのワークスペースの隣にある「銭」の文字が書かれたホワイトボード。赤い「ノ」は「お金にも心がある」との意味だという。

 

ーー能動性など仕事に対する姿勢以外に、スキルや日本語レベルについてはどのようなものが求められるのでしょうか。

 「技術やスキルというよりは、社会経験をしっかり積んでいる方が求められます。仕事上のスキルは会社によって商品が違いますから、入社したら勉強すればいいですが、社会経験が全くないと、『こんなことも分からないのか』というところから教えないといけないわけです。そこは結構時間と労力がかかります。

 日系企業は圧倒的に、第2新卒などの社会人経験者に入ってきてほしいという意向があります。日本の場合は新卒を採用して、自社のカラーに染めるといいますか、ゼロから育てたいという意向がまだ比較的多いと思います。それに対して北京にある日系企業はどちらかというと、若いだけでなく他の会社で経験を積んだ人を採用したいんですね。

 なぜなら、新卒は育てるコストや時間がかかりますが、中国では新卒者が最初の1年目で80%以上、1回は離職するんですね。そこを懸念して新卒の方を敬遠する企業が多いです。私たちに寄せられるオーダーの中で、新卒でもいいですよというものは10%ぐらいです。

 また、語学については、日本語人材で言語にそれなりに自信を持っている方の相談に乗る際に、あまり言葉に頼りすぎない方がいいと言っています。 今の日系企業も日本語能力だけで採用を決める企業はほとんどありません。1980年代や1990年代のように通訳専門というポジションは、だいぶ少なくなりました。日系企業に関して言うなら、そのようなオーダーがあるのは100分の12ぐらいですね。それぞれの業種によって求められるものは違うんですけども、言語はそのうちの一部という認識で、自分をもっと磨いていく必要があります」。

 


ESRの入り口

 

ーー新卒の方は社会経験といってもまだ社会に出ていないため、ピンとこない部分があると思いますが、社会経験とはどのように身につけていくべきものなのでしょうか。

 「一つは、『何かをするのに自信は必要ない』ということです。やったことがないことに対しては自信ないからやらない、これはできそうだと自信が持てるからやるというのは大きな間違いです。自信とは何かにまず取り組んで、最初はできないけれど何度も何度も繰り返しやってできるようになって、成功体験となり、本当の自信が生まれます。ですから若者の皆さんには、自信のあるなしに関係なく、チャレンジ精神を持って仕事に向き合っていただきたいです。そうすれば社会経験が積み重ねられていくはずです。

 あともう一つ、これは皆さん本当に真剣に考えてもらいたいのですが、すぐに投げ出さないことです。

 私の初めての会社勤めはシンガポール、つまり海外だったんですね。働き始めて23週間で日本にいる姉に電話して、仕事を辞めたいと相談すると、何でなのと聞かれたので、大体30分話したんですね。そうしたら姉が一言、「分かった。これからどんなにもっと理由が増えても、1年は必ず続けなさい」と言ったんですね。

 おそらくあのとき会社を辞めていたら、困難から逃げたいという姿勢は変わらないわけですから、次の会社ももしかしたら12カ月で辞めていたかもしれません。私はちょっと無理して頑張って1年間やり続けたことで、さまざまなことを克服でき、今度はどこの会社に行っても、どんなに違う業種でもやっていけるという自信にもなったんです。そのような姿勢が今の若い人にとって一番大事なのではと思っています。

 後は、他の人が手を挙げなかったら自分が名乗り出て、他の人がやりたくない仕事を自分から進んでやることです。これは自分のためになるから絶対にプラスなんですよ。私は若いときからアルバイトで先輩から学んだんです。昔はキッチンの下水の掃除などを喜んでやっていました。そうすることによってみんなに認めてもらえると、全ての仕事がうまくいくんですよ。

 日系企業はとても分かりやすい組織で、そういう頑張る人の姿をみんなしっかり見ているんです。さきほど申し上げた真面目さや責任感をどうすれば出せるのかというと、こういった本当に些細なところからなんですね」。

 


会社の一角にある面談用のソファー

 

ーー中国の日本語学習者にとって、日系企業の求人は現在も人気なのでしょうか。

 「かつてと違い、中国の民営企業あるいは国有企業がファーストチョイスで次いで欧米企業、最後に日系企業という選択肢で、一番メインの原因はお給料の問題です。日系企業は給料面では欧米企業だけでなく中国の大手民営企業にも追いついていません。ですから、今は日本語を勉強した人でも半分ぐらいは日系企業を最初から選ばないので、そこが私たちの悩みでもあります。

 しかし、日系企業には日系企業の良さがあります。例えば、最近ここ34年で増えてきたのが、一度チャレンジのために中国企業に転職したけれど、35歳を超えたらまた日系企業に戻りたいという方です。日系企業から転職して中国企業をいろいろ見てきた後、自分が定年まで働く姿がイメージできる、安定して働けるのは日系企業だと感じるそうです。

 また、日系企業の強みは企業文化です。なぜかと言いますと、昔は日系企業というと技術や品質などの面で認められていましたし、パナソニック、日立、東芝、SONYといったブランドイメージもありました。しかし現在、日系企業に何が残っているかというと、企業文化です。唯一これは日系企業ならではの強みだと思います。仕事の進め方や独自の価値観、行動規範、経営理念などさまざまな面にわたりますが、日系企業は欧米企業や中国企業よりも、企業文化が一番濃い組織だと思いますし、そこから学べることはたくさんあります」。

 

ーー若者の就職難ということが言われますが、日系企業の求人は現在どのような状況なのでしょうか。

 「今年の特徴としては、求人自体はそこそこあるのですが、求める人材が少し追い付かないなというのが実情だと思います。北京、上海においては弊社のデータですと、2223歳から32歳の求人が全体の7割以上で、この年齢層の日本語人材が足りていません。というのも、地方出身の若者が自分のふるさとに戻ってしまっているんですね。北京や上海などに出てこなくても、地元だって働きやすくてそこそこのお給料がもらえるということで、地元志向が強まっているんです。どのくらい地方出身の人が減っているかというと、2018年までのデータですと、弊社にご登録いただいている日本語人材のうち、外地出身の人と北京の人の割合は、かつては4.51だったのが、2019年からは2.31になりました。業種から言えば、全体の募集の28%を占めるのが営業で、一番求められる人材です」。

 


仕事に励むESRのスタッフ

 

ーー最後に、今後の中国経済と日系企業の中国投資についてどのように見ていますか。

 「結論から言いますと、中国に進出している日系企業は31000社以上あるのですが、トータルにおいて、特に日系企業の中国に対する投資について、先行きは特に心配していません。なぜかといいますと、中国は世界の工場という時代から転換期を迎えて、これからは世界のマーケットになっていきます。

 今後10年を考えた時に、中国のマーケットがこれだけ大きく魅力的である以上、中国市場で自社の製品を売りたいという考え方で進出している日系企業もたくさんあるんですね。

 また、中国市場に対してすごく興味があるけれど、まだ進出していない日系企業もたくさんあります。つまり、これからは中国で物を作ってる企業は多少減るかもしれませんが、中国で物を売りたい、中国市場に興味があるという日系企業がそれ以上にやってくると思うので、私はトータルで見て心配していないです」。

 

プロフィール

猿渡旭

1975年、中国遼寧省撫順市生まれ。父は日本人、母は中国人。1985年、家族とともに日本に渡り、1994年に中国人民大学へ留学後、アメリカでの語学留学、シンガポールでの日系商社勤務を経て、2005年に北京で人材コンサル業界に携わり、翌年に日系人材紹介会社ESR(北京旭日東光信息諮詢有限公司)を設立。現在、同社は北京、天津、上海で事業展開し、取引先の日系企業は約1260社、日本語人材の登録者数は北京だけで21000人を超える。

関連文章