障害者と健常者の逆転「劇」

2024-03-14 15:43:00

高原=文 幸せ劇団=写真提供 

場の稽古場では、張り詰めた空気の中、変わった芝居のリハーサルが行われていた。中年の女性俳優が足早に舞台に上がり、舞台中央の男性俳優に素早く手話を送った。しかし男優はこれに気付く様子もなく、女優の背後の遠くをぼんやり見ているようだ。女優は何かに気付いたようで、手を伸ばして男優の腕に軽く触れた。男優はびっくりしたように、「あれっ、もう舞台に上がっていたのですか」と聞いた。 

この不思議な光景は、この劇団ではよく見られる。二人のうち女優は聴覚障害者で、男優は視覚障害者だ。これは、異なる障害がある俳優と健常者の俳優が合同で演じる『逆転した未来』という現代劇だ。このときは、ちょうど北京国際デザインウイークの公演に向けての最終リハーサル中だった。 

この演劇作品は、昨年7月に北京のドイツ文化センター(ゲーテ学院)で初演が行われ、定員150人の小劇場に、当日は300人近い観客が詰め掛けた。さらに長い列を作って入場を待つ人がいたが、残念ながらその願いはかなわなかった。この劇のプロデューサーは孫艶さん(35)で、これはさまざまな障害がある人と健常者が共演した中国初の汎障害演劇作品だ。 

健常者と障害者の立場逆転 

『逆転した未来』は、はるか遠い未来の世界で起きたこんな物語だ。 

――全世界に及んだ核戦争により、人類の文明はほとんど壊滅する。生き残った人類は廃墟の中から新たに文明を築き始めるが、放射能の影響で子孫のほとんどが生まれつき何らかの障害を抱えるようになる。だが人類は、機能が失われた器官を科学技術の力によって改造し、より強力な能力を身に付けた。生まれながらの視覚障害者は「千里眼」となり、聴覚障害者は「地獄耳」に、肢体不自由者はウエアラブル骨格やロボットアームの助けを借りて超人的なアスリートや百人力となった。 

だが、生まれつきの健常者の少数は、倫理的な理由からいかなる肉体改造も受け入れなかった。このため未来の世界では弱小勢力となり、社会の支援を受けられずに差別される集団となった。また、「新たな世界」ではジェンダー(社会文化的な性差)が逆転し、男性はこの世界では弱小集団だった。この劇の主人公羅天然は、健常者の男子として生まれたが、18歳のとき、「健常者」で「男性」である自分に戸惑う中、「親殺し」の疑いをかけられて絶体絶命の立場に追い詰められていく……。 

この劇の創作と公演を行う「幸せ劇団」は、若い健常者のアマチュア劇団員と障害者の俳優による劇団だ。劇団の発起人である孫艶さんは、障害者女性へのサービスを行う非営利団体の職員で、自身も難病を抱える身体障害者だ。孫さんは、多くの障害者は多芸多才なのに、舞台でその姿を見ることが少ないと感じていた。そこで、劇団を創って多くの人に障害者の才能を見てもらい、さらには人気者にしようと考えた。 

劇団が創作した『逆転した未来』の脚本は、当初は障害のある女性向けに書かれた「ファンタジー小説」で、健常者と障害者、男性と女性の立場を逆転させただけだった。だが脚本を仕上げる途中、劇の筋立てと人物をよりうまく合わせるため、孫さんはこう考え始めた――いったい障害があるとは何か、健常であるとは何か。なぜ差別や不平等が生まれるのか。どうしたら強者や多数者が弱者や少数者の立場に共感を抱くようになるのか。少数で弱い立場にある人々は、どうやって自らのために声を上げ、権利と利益を勝ち取るのか。孫さんと劇団員たちは、この演劇を通じ、どうやってわれわれの社会をより平等開放寛容なものにするかを観客と一緒に考え、未来への流れを変えたいと心から願っている。 

劇中のプロット(筋)は、現実を反映して描かれたものが多い。例えば健常者の男性役羅天然は、障害者の立場に逆転した未来の世界で、障害者が実際によくぶつかるステレオタイプの考え方や制約に直面する。そこでは学校の先生が羅に、数学などの教養科目ではなく、卒業後に仕事が見つかりやすいマッサージを学ぶべきだと勧める。ところが羅の父親は、「何の価値もないマッサージだと。そんなものでなく、われわれが学ぶのは最も高等で奥深い数学だ」と怒鳴る。 

孫さんは公演前、マッサージの仕事をしている視覚障害者がこの演劇を観てせりふを聞いたら、不快に思うのではないかと心配した。そこで孫さんは視覚障害のある劇団員に意見を求めた。劇中、「千里眼」のトラック運転手を演じる視覚障害者の王小敏さんは、このせりふを読んだとき、「愉快だったね」と言った。 

障害者が集団で舞台出演 

1997年生まれの王さんは、生まれつきの視覚障害者だ。王さんと北京盲学校の同級生の李興浩さんは、一緒に『逆転した未来』の出演メンバーのオーディションに参加した。合格後、二人はめきめきと頭角を現し、劇中で重要な役を演じた。一方、日々の暮らしでは、二人ともマッサージ店で働いている。しかし二人は、それよりもう一つの仕事「オーディオブックのナレーター(朗読)」を世間に知ってもらいたいと思っている。 

王さんはこう振り返った。「最初にマッサージを選んだのは、先生も周りの人も視覚障害者の僕にはこれしかできないと思っていたからです。でも、はっきり分かったんです。僕のマッサージの才能は話芸の才能には到底及ばないと」。王さんは在学中、伝統的な話芸の「講談」や「漫才」をやったことがあり、また、中国最大の音声サービスプラットフォーム「ヒマラヤ」のオーディオ小説の朗読に挑戦したこともある。だが収入は多くなく、生計を維持するために一時マッサージの仕事に戻った。それでも空いた時間には朗読の録音も続け、週に5回は行った。『逆転した未来』公演の役者に応募したのは、舞台での演技を通じてナレーションのレベルを上げたいと考えたからだ。 

デジタル技術の絶え間ない進歩は、王さんら障害者に対し、より豊かな職業への希望や生活の選択をもたらしている。また王さんらは、障害者の生き方に対して一般の人が持っているステレオタイプのイメージを一新した。 

統計によると、中国の人口14億人のうち障害者は8500万人余りで、その絶対数は多く人口比も大きい。だが一般の人は、家族に障害者がいる場合を除けば、公共の場所や職場で障害者の姿を見ることは難しい。その原因には、社会のバリアフリー設備がまだ十分に普及していないことがある。また人々の間にも、障害者は家にいて介護を受けるべきだという古い考えがあり、障害者の自立した豊かな生活に対する想像力が依然として欠如している。 

『逆転した未来』の劇団員17人のうち12人が障害者だ。職業も、視覚障害者向け携帯ゲーム会社の社員やトークショーの司会、グラフィックデザイナー、図書館の職員、普通の会社員などさまざまだ。彼らの集団公演は障害者コミュニティーを大いに鼓舞しただけでなく、社会における障害者の認知度も高めた。 

初演の幕が下り、劇団員が舞台に上がってカーテンコールに応え、団員たちの障害や職業、趣味などが観客に紹介されると、客席からは驚きと心の込もった拍手が沸き起こった。公演について観客が感想を記したノートには、「俳優が盲導犬を連れて舞台に出て来て、初めてその人が視覚障害者だと分かりました。芝居中は全く分かりませんでした。すごい!」「障害者が舞台で思う存分に自己表現しているのを見て、とてもうれしく思った」 

また非営利団体で働く観客は、この劇を観て次のような点をさらに深く理解したと語る。「障害は一つの立場である」「私たちは年を取ったら車いすの世話になるかもしれないが、私たちにはさまざまな生活の可能性がある。この演劇は、社会の境界にいて目に見えない(マージナルな)集団に対し、私たちはいったい配慮してきたのかどうかと考えさせる。演じた障害者の一人一人に豊かで多彩な人生の物語があり、その誰もが多面的で完全な一つの生命体だ」 

興味深いのは、この演劇の演出家馬岩さんによると、劇団員に障害者を意図的に多くしたわけではないという点だ。面接の際に障害者と健常者はフェアに競い合った。「私が特に驚き喜んだのは、多くの障害者のアマチュア俳優がこの芝居を理解し、演技の瞬発力で健常者のアマチュア俳優を大きく上回ったことです。彼らの生活自体は確かにドラマチックで、彼らが生活において感じ気付くものも豊かで多岐にわたります。またその一方で、身体の障害による困難に対処する際、より体の状態に注意するので、身体のコントロールでも物語の筋の理解でも、障害者の俳優の方がむしろ有利です。 

だからリハーサル前、私とプロデューサーは一つの共通認識に達しました。それは、この芝居はプロとして、いかなる哀れみも交えない態度で行う。私たちは障害者の能力を信じ、一部の障害を理由に彼らの演技者としての感性を否定しないということです」 

孫さんも、「お客さんには、観劇後の印象が『俳優が障害者だった』ではなく、『素晴らしい演技だった』と思ってほしいのです」と力を込めた。 

障害を越えた理解と交流 

『逆転した未来』の演出家馬岩さんは、視覚や聴覚の障害者、肢体不自由な役者と健常者の俳優が協力して上演したのは、大きな試練だったと語る。米国の南カリフォルニア大学で演劇を学んだ馬さんは帰国後、自閉症患者とその家族の生活を描いた現代劇『恒星』を創作した。同作品の北京での舞台公演は、これまで5公演二十数回に及ぶ。孫さんは、まさにそのときの劇を観て感動し、馬さんを『逆転した未来』の演出家として招いたのだった。 

馬さんには舞台演出家として豊富な経験があったが、今回の俳優たちの複雑な状況には大きなプレッシャーを感じた。例えば、聴覚障害のある俳優と視覚障害の俳優が同時に舞台に立つと、相手がどこまでせりふを言ったのか互いに分からず、どのタイミングで相手の演技に応じたら良いかも分からない。そこで馬さんは、俳優がより多くの動作を示したり相手に触れたりすることによってコミュニケーションを図り、息をぴったり合わせるよう勧めた。また、光を感じる視覚障害者には舞台照明の明暗でタイミングを取るように、明暗を感じない障害者には照明の明滅による温度の変化を感じ取るよう指導した。 

聴覚障害の俳優には手話で意思疎通を図った。手話が分からない人には、劇団は音声を文字に転換するソフトでコミュニケーションをサポートしようとしたが、これはうまくいかなかった。結局、補聴器を付け、手話も普通の会話もできる王瑜さんが、聴覚障害者と健常者の俳優間の通訳となった。 

劇中、王瑜さんの父親を演じた白馬さんは視覚障害者だ。二人の手話はたくさんあり、けんかのアクションまであった。王瑜さんは、「私たちは一人が聴力に、もう一人は視力に問題があるので、じゃあ、お互いに助け合いましょうとなりました。『お父さん』はリハーサルのとき、私に演出家の話を繰り返し伝え助けてくれました。私も声を掛けて方向を示し、彼が動く位置を覚えるのをアシストしました」と語った。 

馬さんは次のように説明する。「皆それぞれ障害が異なり、リハーサルでは決まって難しい問題にぶつかります。でも、ほとんどの場合、柔軟に対応すれば難題でも克服できます。私たち汎障害者劇団にも明らかな強みがあります。それは、皆が互いの身体的な制限を理解し、思い合えることです。リハーサル中、現場ががやがやしていると、補聴器を付けている俳優は、雑音の中から演出家の指示や他の俳優のせりふを聞き分けるのは難しいのですが、皆が意識的に静粛を保つので、特に秩序を維持する必要はありません。演出家の演技指導の声と役者のせりふ以外、基本的に舞台では他の音はありません。これは一般的な健常者の劇団においては、非常に難しいことです」 

この劇で得たものについて馬さんは、俳優たちから感じる純粋さと情熱、それと、一緒に仕事をすることで感じた充実感と楽しさだと話す。馬さんはこう強調した。「さらに言えば、現在、演劇界であれ学術界であれ、障害者の演劇や障害者と健常者が混ざった劇団に対する研究は相対的に不足しています。もし幸せ劇団の試みが社会や研究の一つの手本となり、政策立案や専門的な研究を促すことができるのなら、この『逆転した未来』と幸せ劇団にとっては大変重要な意義を持つでしょう」 

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