2冊に映る雑誌の年輪と人生の出会い 『人民中国』元総編集長・王衆一氏
林崇珍=聞き手
「70年を超える対話」――『惟精惟一』『一期一会』出版記念シンポジウムが6月26日、中国外文局で開催された。中日両国の学術界、メディア界、文化界などから約60人が出席。元中国国務院新聞弁公室主任の趙啓正氏と元文化部副部長の劉徳有氏からは書面でのメッセージが寄せられ、中国外文局副局長の于涛氏、元中華日本学会会長の高洪氏、元中国国務院発展研究センター上級研究員の張雲方氏らがあいさつを行った。中日双方十数人のゲストが感想を共有し、出席者たちはその出版の意義と価値を高く評価した。
今回、これら2冊の著者であり、本誌の元総編集長である王衆一氏にお話を伺った。
林崇珍(以下、林) 著書2冊が4月に刊行されて以来、学術界、出版界、そして一般読者の間で大きな反響を呼んでいます。日本の読者の皆さんも、どのような本なのか、きっと興味を持たれることでしょう。
王衆一(以下、王) この2冊は、それぞれ『惟精惟一――「人民中国」70載年輪紀略』と『一期一会――王衆一33載輯刊文存』です。
『惟精惟一』は『人民中国』誌が1953年から2023年までの70年間に歩んだ歴史を、断面図のように体系的に整理したものです。内容は主に三つの部分――①年ごとに厳選した誌面10点余り②日頃の業務で蓄積した私自身の所感や注目点に基づいたコメント③5周年・10周年ごとの創刊記念特集に執筆者・編集者・読者が寄せた文章や座談記録、となっています。
『一期一会』には、私が入社以降に書いた中で価値があると自負する文章や受けたインタビュー記事、写真などを収めています。国際広報、中日関係、翻訳実務、異文化コミュニケーション、大衆文化など幅広い分野をカバーし、『人民中国』という舞台で私が国際広報と人的・文化交流に取り組む中で成長してきた軌跡を示しています。
林 一冊は康大川氏をはじめとする『人民中国』歴代編集チームへのオマージュ、もう一冊は職業人生で出会った縁ある人々への感謝――まさに縦横に織りなされたものですね。
王 その通りです。2冊は時代を縦糸に、個人とチームの関係を横糸にして織り上げたものです。『人民中国』編集チームの雑誌編集スタイルがどのように形成されてきたか、そして個人がその中でどのように成長したかが伺われます。
林 この2冊を手に取ると、まず感じるのは「重厚さ」です。文字通りの「ボリューム満点」で、1300ページ超、120万字、写真1000点以上。そして情報の質と量ともに圧倒的で、時間的には70年以上にわたり、複数の側面から縦横に展開されている。編さんはさぞ大変だったのでは?
王 6年以上かかりました。最初の5年間は『人民中国』の総編集長を務めていたため、全力を傾けることができず、本格的に取り組み始めたのは、23年に総編集長を退いた後からです。
2年前に総編集長を退いたのは『人民中国』での「履修」を終え「卒業」したようなもの。そして今回この2冊の出版は私の「卒業論文」に当たります。先日のシンポジウムは「論文の口頭試問」のようで、合格点をいただけるかとても緊張していました。
林 編さん作業中、特に印象に残った難しかった点は?
王 『人民中国』70年の歴史を断層スキャンする作業は、人間で言えばCTを撮るようなもので、精密な検証と分析が求められました。レイアウトの選定に当たっては、中国の発展や社会生活の変化、中日関係の進展といった重点分野に特に焦点を当てました。同時に、『人民中国』が各時期において取り上げた記事やコラムの企画上の工夫、誌面および写真の美学的スタイルの形成などにも注目。そのため、年ごとの内容を取捨選択する過程には心を砕きました。文章による解説についても、字数をできるだけ絞り込み、一年ごとのハイライトや特徴をバランスよく、かつ包括的に描き出せるよう努めました。これにより、70年にわたる歴史のリアルを繊細に再現し、読者や研究者にとって価値ある資料を提供できるようにしました。文中に挿入された証言形式のテキストも、異なる歴史時期における関係者の真実の心の軌跡や、『人民中国』と読者との血の通ったつながりを映し出しています。
大量の雑誌の合冊本から価値ある資料を抽出する作業には、大変な手間と労力を要しました。中国語原稿が散逸している場合は日本語から逆翻訳したり、スキャンしてデータ化された誌面にも文字が欠けていたり、写真が不完全だったり、解像度が低かったりするものもありました。自らPhotoshopを使って修復作業を行い、貴重な史料をより良い状態でよみがえらせました。そのおかげで画像補正の腕がかなり上がったかもしれません(笑)。
林 本当に多くの苦労と努力を重ねられたのですね。書籍を手にした今の心境は?
王 今改めて、凝縮して編まれた『惟精惟一』を見返すと、誌面が刻んできた時代の息吹が実に生き生きしています。巨大な鉱脈から高純度の金属を精錬したような喜びで、読者が『人民中国』という広大な時代の迷宮に素早く入り込む手引きを提供できたと思います。作業中、私自身も『人民中国』とその読者を再発見しました。
林 この2冊の「卒業論文」について多くの専門家や学者が、その価値と意義を絶賛しています。2冊は一つの雑誌の発展史と一人の対日発信のベテラン編集者の成長史を交差させ、中国の対日発信事業の継承・発展の立体的なアーカイブを構築し、新中国の歩みと中日関係の変遷をリアルに記録し、そして異なる時期における中日関係改善への洞察を反映したものでもあります。また、貴重な史料が数多く発掘されており、ケーススタディーとリアルな歴史資料として、中国の国際広報学に関する教育・研究、および対日発信史・中日文化交流史・民間交流史などの学術研究に対して、重要な参考的価値を有しています。
そして個人作品集『一期一会』は、文化の発信者と研究者という二重の立場から、多領域・多視点にわたる実践の中で積み重ねた経験の総括であり、観察と思索、そして理論の深化の結晶です。例えば、受け手を語りの主体とする先進的な新メディア思考、あるいは「自らに照らして他者を理解する」から「相手の立場に立って考える」へと至る異文化間コミュニケーションの知恵と戦略、さらには若者への丁寧な教えといった点においても、私たちに多くの示唆を与えてくれます。
王 ありがとうございます。この本にそのような価値があるというなら、それは全て『人民中国』という良き伝統のある独特なメディアプラットフォームあってこそ。私は80年代末、初代総編集長の康大川先生が退職された頃に入社し、直接教えを受け、その後も劉徳有先生をはじめとする先達からの教えを受けました。先達への心からの敬意こそ、国際発信が「守正革新(良き伝統を守りつつ革新を図る)」を続ける前提であり、これは書籍づくりを通じて私が深く実感したことです。
林 劉徳有先生は2冊ともに序文を寄せ、高く評価していますね。
王 私は『人民中国』というプラットフォームで、数代にわたるチームの積み重ねの上に成長してきた後輩です。一方、劉徳有先生は創刊時の中心人物で、まさに草創の功労者。先生が序文を寄せてくださったことにより、2冊の書籍は首尾一貫したかたちとなり、特別な象徴的意味を帯びることとなりました。
林 ところで、『人民中国』歴代編集チームの中心人物は、常に「初心」「匠の心」「遊び心」という「三つの心」を持ち続けてきたと言われていますね。
王 はい、特に「遊び心」が、『人民中国』の「骨密度」を高め、有意義かつ面白い誌面を生み、独自のストーリーテリングを築きました。
かつて大阪の国立民族学博物館を訪れた際、創刊号からの『人民中国』の合冊本が全て所蔵されているのを見て感激したことを覚えています。スタッフによると、豊富な民俗・歴史情報が学術価値を持つと評価された結果です。この経験を通じて、『人民中国』が私たちの認識を超えて有している人文的価値に気付かされました。
この伝統は「中国の世界遺産」「北京の水・木・石」「東西文明比較」「美しい中国」「家伝」などのコーナーに脈々と受け継がれ、インターネット時代には俳句・映画・アニメ・パンダなど新たな題材を掘り下げ、国内外の読者から好評を得ています。『人民中国』は中国の国際広報雑誌の中で最も「骨密度」の高い雑誌となりました。
林 読者との血の通ったつながりを大切にするのも本誌の特徴です。雑誌の70年以上にわたる実践と王総編集長の職業人生における一貫した姿勢には、「人に着眼し、人に立脚する」という理念が貫かれていますね。
王 私は『人民中国』の良き伝統を踏襲しただけです。1963年、創刊10周年で行った訪日調査を契機に編集方針を転換し、「人」を第一に置き、「人民の中国」「中国人民の生活」「中日両国民の往来」に注目し、読者に寄り添う誌面を作ったことが大きな要因です。映画などの文芸作品は両国民の心が通い合う過程における「心象風景」を映し出しますが、それは私個人の趣味であると同時に、国際発信に対する私なりの拡張的な思考でもあり、一般的なニュース・メディア的伝達を超え、人文的な伝達に重きを置くという姿勢であり、それもまた一つの継承のかたちです。
林 「人」といえば、『一期一会』には、多くの「縁ある人々」との出会い、そして故人への追悼がつづられていますね。
王 後半では逝去された方々をしのぶ文章が増えていますが、私の成長を支えてくださった先輩方への思いは尽きません。その姿は常に私を前へと励ましてくれると同時に、『人民中国』を支えてきた重要な力でもあり、決して忘れてはなりません。『人民中国』の宝は、歴史の各時期に、信念を持つ人、胆力のある人、地道に努力を重ねる人、仕事に対して常に真剣で緻密な姿勢を持つ人、民間友好に情熱を注ぐ人といった仲間が集ったこと。その精神は受け継がれるべきです。
林 日本人の友人も少なくありませんね。
王 日本人専門家や執筆者も本誌の70年を支えてくださいました。初代総編集長の康大川氏は池田亮一氏と戎家実氏を、私も横堀克己氏、金田直次郎氏、江原規由氏らをしのぶ文章を書きました。横堀氏をしのぶ文章は、私たちが一緒に書いたものですよね。
林 王総編集長の追悼文は真情がこもっており、人との関わりにおいて始めたことをきちんと最後まで全うするという処世の道が体現されています。その姿勢に心を打たれた日本の読者から、退職の際、「有終の美」をたたえる手紙が寄せられました。
王 故人への深い追悼は「伝承」そのもの。新しい友との結び付きを広げつつ、古い友を忘れない――それが真の「守正革新」です。
林 「革新」と言えば、趙啓正先生が「この2冊は中国の『対外宣伝』が『公共外交』へ転換する歴史を証明し、30年来の対日公共外交の理性的総括に寄与する」と評されました。
王 そこまで高く評価してくださるとは思いもよりませんでした。2000年代の中国では、「公共外交」という概念が脚光を浴びる中、本誌も「北京―東京フォーラム」「中日21世紀委員会」など公共外交プロジェクトやイベントを積極的に報道し、「Panda杯」「悟空杯」など青少年交流ブランドを生み出しました。このような公共外交的思考は、私たちの国際発信活動全体に溶け込み、『一期一会』の多くの記事にその考察が表れています。
林 この2冊の書籍は面白い上に研究価値があります。おそらく、日本でも中国メディア史、中日関係史、中日交流史に注目している専門家が、日本語版を期待しているのでは?
王 確かに高い文献的価値があり、日本語版があれば研究者や若い読者が『人民中国』を通じて中日関係史を深く理解する助けになるはずです。多くの原稿はすでに日本語ですから、技術的なハードルは高くありません。チャンスがあればぜひ実現したいですね。
林 その日を楽しみにしています。本日は誠にありがとうございました。