以言伝心—— 『舟を編む』を読んで

2023-12-06 16:09:00

高小博  江南大学  

 

夏休みに私は『舟を編む』という本を読んだ。タイトルと異なり、内容は辞書の編纂についての物語だ。辞書は言葉の海を渡る小舟で、辞書を編纂することは小舟を編纂すること、それで『舟を編む』と題されている。

主人公の馬締は言葉に特別敏感な人物で、言葉にこだわり過ぎて口下手となり、営業部の人達に「変なやつ」と見なされている。しかしそのおかげで、彼は新人不足に悩んでいた辞書編集部の荒木にスカウトされた。その時から馬締は十五年間、辞書の編纂に没頭し続けていく。

私にとって最も印象的なシーンは、馬締がラブレターを書いた時のことである。彼は香具矢という女性に一目惚れし、ラブレターで想いを伝えることにした。しかし、「いまの私の心情を率直にお伝えするなら、『香具矢香具矢、若を奈何せん』といったところです」という漢文のような数十ページの分厚いラブレターができてしまう。どうにかして自分の心を伝えたいと願うあまり、空回ってわけのわからないことになってしまったのである。受け取った香具矢はその難解な手紙が理解できず、ラブレターとも思わなかった。

辞書を作るような言葉のプロが、ラブレターで失敗する。それは恋心を伝えたいと考えた時、「自分の想いを伝えたい」という気持ちが強すぎ、「相手に伝えたい」という気持ちが疎かになったからではないだろうか。幸いなことに後日、馬締は香具矢が理解しやすい言葉を選んで、「好きだ」と言った。わずか3文字の方が、自分の気持ちがきちんと相手に通じたのである。

実は私も、「自分の想いを伝えたい」それだけ考えている事が多い。これまで日本語を勉強し、多くの言葉を覚えてきたのに、思っていることをきちんと伝えられないという事もよくある。華やかな言葉で素晴らしい文章を書こうとしたり、文人気取りに話そうとしたり、思っていることを完璧に伝えようとすると、いろいろ考えて、かえってきちんと伝えられなくなる。それは、「自分の想いを伝えたい」そのことに閉じ込められてしまい、「相手に伝えたい」という気持ちを無視してしまってるからだろう。

始めに述べた本の話を応用するなら、言葉は自分と相手、二人の心の海を渡る小舟と言えるかもしれない。自分の想いを相手に伝えるために、舟を編む。しかし、私たちはついつい、自分の身の丈を超えた船を造ってしまう。大きすぎる船を造ってうまく動かなかったり、キラキラした船を造って海賊に襲われたり、相手の心までたどりつけないことがよくある。大切なのはやはり、自分の想いと同じサイズの、そして何より「相手の心まできちんと届く」言葉の舟を編むことだろう。

この作文という舟に乗って、私の考えや想いが、読者の方々の心にきちんと届くことを願っている。

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