人生の森へ

2023-12-07 16:13:00

毛雨晴 上海対外経済貿易大学  

 

私がまだ日本にいたとき、ある日、本屋さんに寄り、「2016年本屋大賞」と宣伝された本が目に入った。面白そうだと思って、つい買ってしまった。実に読んでいる間、まるで優しいピアノの曲が流れているように、気持ちがすっきりした。この本の名は「羊と鋼の森」である。

この作品の主人公は北海道の田舎に生まれ育ち、ありふれた生活を送る高校生の外村だ。彼は偶然学校で、ピアノを調律するために来た板鳥と出会った。板鳥が調律したピアノの音を聞き、突然目の前に森の景色が見えるような気がした外村は調律師になろうと心に決めた。そして専門学校を卒業した外村は憧れの板鳥と同じ職場で働けるようになった。個性豊かでありながら情に厚い先輩たち、お得意様として登場する天真爛漫な双子姉妹との絆を深める一方、外村は知らず知らずのうちに調律の意味を理解するようになり、自分の目標へ着実に進んでいく姿が描かれている。

主人公は別に才能が際立っている逸材ではなく、いたって平凡な人間だと私は受け取った。卒業したばかりの新米として、何もできずに調律に失敗したり、現実の壁にぶつかって悩んだり、無力感にうちひしがれる様子は私の過去の姿とどこか重なるところがあり、大いに共感を覚える。私も主人公のようなつらい経験があった。大阪であるネイル関連用品のメーカーでインターンシップをしたとき、ネイルに関してずぶの素人と言える私は最初は仕事が順調に進んでいかなかった。会社の商材の広報物を翻訳するほか、中国の代理店や実際に来店するバイヤーなどの通訳事務にも従事した。この一連の業務をこなすために、私は相当の工夫をしなければならなかった。その中でも、一番困ったことは製品の特性や良さを覚えることだった。たとえばクリアジェルとハードジェルの違いとは何か、ランプの使い方とは何か、などさまざまな専門知識が覚えられなくて頭を抱える場合が多かった。

中島敦の『山月記』の中で、「己の玉に非ざることを畏れるがゆえに、あえて刻苦して磨こうともせず、また己の玉なるべきを半ば信ずるがゆえに、ろくろくとして瓦にごすることもできなかった」という名句がある。

 日本語を勉強するなかで、私はいつも自分にはいったい言葉に対する感性があるかどうかについては、疑問を持って不安を感じていた。確かに才能を持つ人間は極めて少ないということは事実だが、才能がないことは困難を避ける理由ではないと思う。「才能がないなら、情熱で向上心を磨けばいい。」調律師の先輩が主人公の彼に投げかける言葉も私の心を慰めてくれた。この本を読んで、何より重要なのは目標に対して一生懸命に取り組む情熱だと私は気づいた。

このピアノという森の物語を通して、人生という森の歩み方も教えられた気がした。私もこれからも努力を惜しまず、人生の森へ冒険に出かけようとこの本を読んで考えている。

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