トランプ第2期政権と「関税」
文=ジャーナリスト・木村知義
年初、米国のトランプ第2期政権がスタートしました。それから2週間を待たず、トランプ大統領はカナダとメキシコからの輸入品に25%の関税を、中国には10%の追加関税を課す大統領令に署名しました。その後、カナダ、メキシコについては発効を「一定期間停止」としましたが、中国への追加関税は発動、中国は時を置かず「報復措置」を発表という慌ただしい経過をたどりました。本稿の筆を執っている時点では、トランプ氏は中国の習近平主席との電話協議を予告していますが、その帰趨は定かではありません。今号が皆さんのお手元に届く頃には何らかの方向が見えていると思いますが、何よりも、トランプ氏が関税を「デール」(取引)のための「ブラフ」(こけおどし)として使うことに対して、原則を重んじる中国が唯々諾々と受け入れるとは思えませんので予断を許しません。その上で、米中の「関税・貿易問題」から私たちは何を学び取る必要があるのか、問題意識の一端を述べることにします。
問題の「本丸」が見えた
まず、ここまでの推移から、問題の「本丸」が見えたと感じます。すなわち、米国が中国を最大の「競争相手」として警戒、抑止の対象とすることは、第1期トランプ政権そしてバイデン政権を経て変わることなく引き継がれ、「トランプ2・0」の時代も一層強まることはあっても改められることはないということです。一方、中国の毅然かつ抑制的な対応からは、トランプ氏の言動に動じることなく「理」を説き、歩み寄ることのできることは歩み寄るという泰然とした姿勢が見えてきます。この「光景」を世界の人々、とりわけ、いわゆる「グローバルサウス」の人々はどう見るかです。一時的に譲歩を余儀なくされることがあったとしても、グローバルサウスの人々がトランプ氏の姿に共感を抱くとは考えられません。さらに言えば、旧来の帝国主義、植民地主義におけるようなむき出しの「弱肉強食」、「唯我独尊」を地で行く時代錯誤を世界は許すことはないだろうと考えます。「米国の黄金時代が今から始まる。今日から、わが国は再び繁栄し、世界中で尊敬されるようになるだろう」というトランプ氏の言葉とは裏腹に、「トランプ2・0」の時代は、米国の「威信」と米国への信頼はさらに揺らぎ、すでに衰退過程に入っている米国の一国覇権は一層崩壊の度を深くすることになるだろうと言えます。容易に解消に向かうことのない「米中対立」の背後に、この本質的かつ構造的な問題が横たわっていることを見ておかなければならないと考えます。筆者の視点から言えば、この間の推移は、世界の「攪乱者」としてのトランプ氏の姿を人々に広く知らしめたと言っても過言ではないと思います。
関税では解決しない諸問題
関税、貿易問題について中国は従来から繰り返し考えと立場を表明してきました。「貿易戦争や関税戦争には勝者はいない。中国は国益を断固として守る」ということに尽きます。今回のトランプ氏の措置に対して商務省の報道官はすぐさま、「米国の一方的な関税導入はWTOのルールに著しく違反しており、自国の問題解決に役立たないだけでなく、中米間の正常な経済貿易協力を損なうものだ」として「中国は米国の誤った行為に対し、WTOに提訴し、相応の対抗措置を講じて自国の権益をしっかりと守る」と表明しました。また、トランプ氏が追加関税を課す理由に「フェンタニル問題」を挙げたことに対して外務省報道官は、「中国は世界で最も厳しい麻薬対策とその徹底した執行を行っている国の一つである。フェンタニルは米国の問題だ。中国は人道主義の精神に基づき、フェンタニル問題への取り組みにおいて米国を支援してきた」と指摘しました(新華社2月2日)。つまり、米国内の問題は「関税」では解決しない、米国自ら解決のための努力をする以外にない、もし努力するなら協力は惜しまないと道理を説いてトランプ氏の誤りを指摘したのでした。
そこで、中国への追加関税について、米国の足下から道理に基づいた指摘がなされていることを知っておくことは無意味ではないと思います。
米国のウォール・ストリート・ジャーナルはトランプ氏の大統領就任を前に、「公式統計によると、中国の2024年の貿易黒字は約1兆㌦(約156兆円)となった。この巨額の黒字(ポーランドの年間国内総生産=GDPにほぼ匹敵)は18年の3倍に相当する。当時(トランプ1期政権の17年:筆者注)はトランプ氏の対中輸入関税によって、西側諸国が数十年にわたり重んじてきた自由貿易が一変していた。国連のデータによると、世界の工業生産に中国が占める割合は現在約27%で、18年の24%から上昇している。国連の予測では、30年までにこの割合が45%に達するとみられる。これは第2次世界大戦後の米国の製造業全盛期や19世紀の英国のそれに匹敵する高さだ」として「トランプ氏が関税を引き上げたとしても、米中貿易関係を再び均衡化させることは難しい」と報じました。つまり、追加関税に効果は望めないと言っているのです。
苦しむのは米国の庶民
もう一つ大事なことは、追加関税で中国が打撃を被ることはもちろんですが、もっとも苦しむことになるのは、ただでさえインフレによって生活に苦労する米国の庶民だということです。
ニューヨーク連邦準備銀行前総裁のウィリアム・ダドリー氏は、「輸入業者がコストを転嫁し、保護された国内生産者が価格を引き上げるため、今後1年間にインフレ率は25-50ベーシスポイント(1bp=0・01%)上昇する可能性が高い。この価格ショックは、すでにインフレ率がFRBの目標値である2%を上回っている時期に起こる。特に貯蓄の余裕がなく、収入の多くを輸入品に費やす低所得世帯の消費を抑制するだろう」と述べています(ブルームバーグ1月23日)。すなわち、追加関税は米国の低所得庶民層への「返り血」を避けることのできない「愚策」であることが明らかというわけです。
さらに、米中の貿易構造について興味深い発見を挙げておきます。米国の経済誌フォーブスは昨年12月、「米国の製造業者は、高まる関税の脅威と地政学的不安定さにより中国から撤退するよう求める圧力が高まっているが、現実にはほとんどの企業は撤退できない」と指摘しその理由として、米国企業が深圳などの経済特区で受けている恩恵、さらに、コバルト、チタン、リチウム、マグネシウム、希土類元素などの重要原材料(CRM)へのアクセスを挙げました。とりわけCRMについて「中国はその50の鉱物のうち26の主要な供給源となっている。これらのCRMは、エネルギー生産、通信技術、輸送、国防など、さまざまな分野で使用されており、携帯電話やコンピューターのハードドライブから電気自動車のバッテリー、精密誘導ミサイルやハイテク弾薬まで、あらゆるものに欠かせないものとなっている」としています。そして、「ボーイングの現在の全ての民間航空機モデルに中国製の部品が使用されている。現在1万機以上のボーイング機が中国で製造された部品や組み立て部品を使用して世界中を飛行している」というのです。トランプ氏が中国を標的にしてもこの現実には到底勝てないと知らされるのでした。
トランプ政権は「幼稚園児」?!
元ワシントンポスト記者のボブ・ウッドワードが1期目のトランプ政権時代、政策決定の内幕を精緻な取材で活写し米国でベストセラーとなった『FEAR恐怖の男-トランプ政権の真実』(2018年9月刊)に興味深い記述があります。貿易赤字問題で米国が中国に新たな関税を課した場合について政権内部で議論が交わされるのですが、ウッドワードは、「中国は対策を明確に知っている」としたうえで「中国の知能を博士なみとすれば、米国は幼稚園児のようなものだ」と書いています。
国家経済会議委員長のゲーリー・コーンが、米国は中国との貿易を絶対的に必要としているという商務省の研究を示しながらトランプ大統領と会話を交わす場面です。「『大統領が中国だとして、米国を破滅させたいのであれば、抗生物質の輸出を中止すればいいんです。米国国内で抗生物質がほとんど製造されていないのをご存じですか?』。その研究は、ペニシリンを含む主な抗生物質9品目が米国国内で生産されていないことを示していた。米国で使用されている抗生物質の96・6%が、中国からの輸入だった。『私たちはペニシリンを製造していません』、トランプが不思議そうな顔でコーンを見た。大統領、つまり、赤ん坊が溶連連鎖菌感染症で死にかけているときに、どう説明すればいいのか、ということですよ。『貿易赤字のせいなんです』とでもいうのですか?『別の国から買えばいい』とトランプが提案した。『つまり、中国はそれ(抗生物質)をドイツに売り、ドイツがそれに利益を乗せて、私たちに売る。中国との貿易赤字は減りますが、ドイツとの赤字は増えます』。利益が乗せられた分を、米国の消費者が払うことになる。『それは私たちの経済にとって、いいことでしょうか?』」となったところで国家通商会議委員長のピーター・ナバロが『ドイツではない国から買えばいい』と言葉をはさみますが、『問題は変わらない』と、コーンは答えた。『タイタニック号のデッキチェアをならべ替えるだけのことです』」。ウッドワードが「米国は幼稚園児のようなもの」と書く意味が垣間見えて言葉を失いました。
経済のグローバル化と包摂、協力
トランプ第2期政権のスタートと時を同じくして「世界経済フォーラム」(ダボス会議)が開かれました。そこでの中国の丁薛祥副総理の発言です。
「共同で、普遍的に恩恵をもたらすインクルーシブな経済のグローバル化を推進し、普遍的恩恵によって発展上の困難を取り除き、包摂によって協力の力を集め、互恵・協力という二国間または多国間のウインウインの道を見いだし、経済のグローバル化の『パイ』をより大きくするのみならず、より良く分け合う。共同で、真の多国間主義を維持・実践し、国連中心の国際体制を断固として守り、『共に話し合い、共に建設し、共に分かち合う』というグローバル・ガバナンス観を堅持し、国際問題における各国の権利の平等、機会の平等、ルールの平等を確保し、開放的・包摂的かつ差別のない国際経済協力環境を構築する」(人民網日本語版1月22日)。
私たちが世界の貿易、経済問題に向き合う際に必要な「態度」について全てが尽くされています。トランプ大統領の米国が二国間という狭い視野ではなくグルーバルな視界で中国と話し合いを深め、貿易構造の均衡を目指して共に道を探る重要性を知ることになります。昨年末開催された中国の中央経済活動会議でも「消費を強力に喚起し、投資効果を高め、国内需要を全方位で拡大する」として、中国もまた内需をより活性化して国際収支を均衡の取れたものとしていく努力をすることを明確にしています。
いま世界は、いわばトランプ氏による「ストレステスト」にさらされていると言っても過言ではない状況です。こういうときこそ世界のありようをどう構想するのか、理念の大切さを知ることになります。「一帯一路」イニシアチブを先駆として、後にほぼ1年ごとに提起されてきた「グローバル発展イニシアチブ」「グローバル安全保障イニシアチブ」「グローバル文明イニシアチブ」に加え、「グローバル・データセキュリティー・イニシアチブ」「グローバルAIガバナンスイニシアチブ」「グローバル・クロスボーダー・データフロー協力イニシアチブ」とあらゆる領域を網羅して中国が積み重ねてきた構想と政策、その集大成としての「人類運命共同体」への道について、理念を喪失した米国の姿を目の当たりにするだけに、改めて認識を深める大切さを思い知ります。
木村知義
1948年生。1970年日本放送協会(NHK)入局。アナウンサーとして主にニュース・報道番組を担当し、中国・アジアをテーマにした番組の企画、取材、放送に取り組む。2008年NHK退職後、北東アジア動態研究会主宰。