音楽を架け橋に

2022-10-26 10:30:00
佐伯 茜

私は日本の音楽大学でピアノと音楽学を学ぶ4年生。そして、とにかく中国について知ることが大好き。

小さい頃からピアノ一筋だった私に「中国」という新しい興味をもたらしたのは、大学2年生の時に観た中国の時代劇ドラマだった。そのドラマにはファンタジー要素もあり、美しい衣装に身を包んだ登場人物たちが空を舞いながら仙術を操る姿に、一瞬で心を奪われた。

それまで「時代劇」といえば、「祖父母の家に行くとテレビで流れていて、なんだか渋い」というようなイメージしかなかった私だが、その固定観念すら覆された。ファンタジー要素による壮大なストーリーと表現方法が、舞台セット・音楽・衣装などに散りばめられた伝統要素をより魅力的にみせていて、毎日ピアノの鍵盤と向き合うばかりであった日本の音大生をも夢中にさせてしまったのである。

中国の人は伝統文化を風化させずに現代に落とし込んで楽しむ、ということにも長けているのだなあと感じた。

ドラマをきっかけに中国についてもっと知りたいと思い、まずは中国語の勉強を始めた。今では中国の地図を部屋の壁に貼って思いを馳せながら、伝統文化についての本を読んだり、中国のテレビ番組をチェックしたりする日々である。

そんなこんなですっかり中国に夢中になった私は大学4年生となり、卒業論文に取り組む時期がやってきた。音楽学を専攻しているので、テーマは音楽に関連することから選ぶのは鉄則だった。

どんなテーマで書こうかと考えながら、ふらりと立ち寄った中国関連書籍を扱う書店の古書コーナーで、一冊の本に目を引かれた。榎本泰子さんという日本の音楽学者が書いた、「楽人の都・上海―近代中国における西洋音楽の受容」という書籍である。タイトルを見て、日本のクラシック音楽受容については大学で学んだことがあったが、中国ではどのようにクラシック音楽が広まっていったのだろうと興味をかき立てられた。同時に、「中国におけるクラシック音楽受容」というテーマは、音大生であり、かつ中国に強い関心を抱く私にぴったりなのではないか?と思い、自分なりに調べてみることにした。

調べ進めるうちに、中国におけるクラシック音楽受容には、日本との関わりの深い出来事もたくさんあることを発見した。例えば、中国での音楽教育の発展に尽力した人物である沈心工には日本留学の経験があり、鈴木米次郎という日本の音楽教師との交流があったという。音楽を通じた先人たちの日中交流の痕跡に胸が熱くなった。他にも日本との関連を探してみたら面白い卒業論文になるのではないかと思い、比較したり、共通点を探してみたりして執筆を続けている。

研究対象としている中には戦争の暗雲が立ち込める時代も含まれており、資料を読んで心を痛めることもある。しかし目を背けずにまずは歴史を知り、受け止めることが重要と考え、卒業論文はその貴重な機会でもあると思って取り組んでいる。

自分が今まで取り組んできたクラシック音楽と大好きな中国を結びつけることで、新しい視点で音楽について考えてみることができた。日本の音楽大学の学生は、やはり本場ヨーロッパへの関心が強く、勉強する言語や留学先もそれらの国々を選ぶ人が多い。しかし少し視点を変えて、同じアジアの国同士である「日本と中国」という観点からもクラシック音楽を見てみると新たな可能性が広がるということを、卒業論文を完成させることで示せたらいいと思う。あの時に観た中国ドラマは、私にそんな使命を抱かせるに至った。

私が中国に興味を持ち、その地を踏んでみたいと強く思った頃にはすでに新型コロナウイルスの流行によって道が閉ざされていた。いつかは必ず中国に赴いて、自分の目で見て、聞いて、中国のことをもっと深く理解したい。沈心工と鈴木米次郎のように「音楽」を架け橋とした日中交流を目指すことが、次なる私の目標である。

 

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