孔子から始まる人生道

2022-10-25 14:46:00

石丸 寧音 

 

私は幼い頃から両親や兄に、「己の欲せざる所は人に施すこと勿かれ。つまり、自分がされて嫌なことは、他の人にとっても同じだから、人に嫌なことをしてはいけないよ。」と言われて育った。中国の偉大な諸子百家である人物、「孔子」を知る前に、一つの社会的道理として認知していた。あの頃の私は、未来で大学に進学し、中国語や文化を学び、中国語・中国文化専攻として、知見を深めることになるなんて、想像もしていなかった。

考えてみると、私は幼い時から中国と親しみがあったと思う。家族は、根っからの日本人だが、観光地として中国の方も来ていた環境で、父や叔父は仕事をしていたため、中国人の方の話を聞く機会があった。私生活では道徳的な思考・習慣として、冒頭にも記述した通り、孔子の言葉を物事の道理と捉えた。けがをしても、母親は「大丈夫!」と言い、精神面も強く鍛え、育ててくれた。中高の部活動はバドミントン部で、今なおバドミントンが大好き。家族とも外でバドミントンをするほどだ。祖母の家へ行く時は、お土産を持って行き仏壇に供え、礼を重んじる。正月は親族で集まり麻雀をするのが恒例行事である。今となっては、「烙」という料理だと知ったが、当時、私は「小麦粉」と呼んでいて、父が作ってくれる小麦粉(烙)は特別美味しく、好きだった。母親は特に中国のドラマや、綺麗な風景、歴史的建造物を見るのが好きで、いつか中国に行ってみたいなぁと言っていたのを覚えている。そうして、私自身中国に対する好奇心、関心が高まって行った。

巡り巡って時は流れ高校3年生の分岐点。私は大学で中国語を専攻することに決めた。これが私の決めた道であった。現在、中国語・中国文化専攻として大学4年生になる。時が経つのはまばたきの如く、早くて一瞬だ。中国語は、恥ずかしながら表立って話せる程、上手では無い。ただ、大学卒業して就職した後も、中国語はこの先、一生学んでいく。そして、願わくは、家族が元気で生きているうちに1度は皆で中国に行きたい。私は幸運ながら、大学1年生の時(新型コロナウイルスが流行る少し前)に、2週間中国の広州に行った。当時、学習が浅く分からないことだらけだったが、凄く楽しく、凄く暑かった。海外も初めてで、道路脇に成っていたバナナを見て、同じ地球にいるが、こんなに異なる場所に来たのか! と、世界が広がった瞬間であった。

今、旅行の実現となると中々難しい。だから、いつか中国に行ける日が来ることを願いつつ、夢見る過程も楽しんで、日々中国への関心を深めていきたいと思う。

私が中国語を専攻したことは、偶然では無かった。

中国の文化や思想は、日本人の多くの人が、知らぬ間に受け継いでいる。それを理解するには、中国文化を学ばないと分からないことが多い。中国の歴代の偉人や中国の文化について学ぶことは、日本人にとって、道徳の原点を知ることにも繋がり、現代社会だからこそ、凄く大切なことだと私自身思っている。

日本国内の情報だけだと、どうしても偏った価値観を抱いてしまうことがある。私たちがもっと中国に関心を持ち、歩み寄ることで、更なる交流の楽しみにも繋がるではないだろうか。黄遵憲でも屈原でも諸葛孔明でも歴史的偉人について調べてみるのは、面白い。そして、遥か何百年も前から、日中交流は続けられてきたのだ。過去があり今がある。両親を敬って、子に受け継がれて行く。

古くから交流してきたように、日中の友情も深まり、新たな歴史を築き上げて行くことを心から願う。私は社会に出てからも、中国文化について学んだこと、今まで出会ってきた、人情味溢れる素晴らしい中国人の先生や友人について、色々な人に話して異文化交流の素晴らしさを広めて行きたいと思う。 小さいことかもしれないが、積み重ねがあって社会の価値観は変化し、人々に浸透していくと私は信じている。


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