太極拳外交

2022-10-25 16:55:00
尾﨑 純一郎

私には今、夢中になっているものがある。それは、太極拳だ。皆さんも一度はテレビや映画などで目にしたことがあるだろう。太極拳は、陰陽の思想や中国古代の「導引法」「吐納法」を結合させることによって出来上がった武術で、現在は健康体操としての側面も持ち、世界中の老若男女に親しまれている。私は太極拳を始めて今年で10年目になる。趣味の一環として始めたものが、今では私の生活になくてはならないものとなっている。

太極拳との出会いは、大学1年生の時。私は中国の歴史や文化に興味があり、大学から中国語を専攻した。そして1年生の秋、北京に半年間、語学留学した。ある日、私は近くの公園へ散歩に出かけた。中国の公園は日本と比べたくさんの人が訪れていて、活気に満ち溢れていた。私はそこで太極拳を練習している一団を見つけた。彼らはお揃いの表演服を着て、熱心に練習に励んでいた。その動きは川の流れの如くゆったりとしていて、まるで一つの芸術作品のようだった。さらに彼らの空間は、周りものとは対照的に静寂な空気に包まれていた。私は生で太極拳を見るのは初めてで、そこから太極拳に興味を持ち始め、自分でも習ってみたいと思った。しかし、留学中にはその機会は訪れなかった。

留学から帰国後、すぐにその機会は訪れた。なぜなら母が太極拳を学んでいたからだ。私が太極拳を習いたいことを知った母は、そのことを先生に相談してくれた。先生は、友人が通っている教室を紹介してくれた。私はすぐ入会を決めた。

私は先生から24式太極拳を学んだ。入門者はまずこの24式を習う。私は7年間、少林寺拳法をやった経験があるので、24式の套路(型)を覚えるのにそれほど時間はかからなかった。しかし、体や力の使い方などは、それまでやってきたものと全く違っていた。動きはゆっくりで一見簡単そうに見えるが、全身の協調が必要で、力も極力抜くことが求められる。当初は、すぐ力んで肩が上がってしまい、動きもロボットのようにぎこちなかった。逆に力を抜きすぎると萎えてしまう。私の動きは中国の公園で見た彼らのものには遠く及ばなかった。先生からは毎回中国語で「放松!(リラックス!)」と注意され続けた。そこから私は日々努力を重ね、練習日以外の時間も自宅や公園で自主練に励んだ。その結果、徐々に動きの中にもなめらかさが生まれ、先生からも褒められるようになった。少しずつ上達を実感した私は、既に太極拳に夢中になっていた。

教室の練習以外にもこれまで様々なことを経験してきた。中でも北京での太極拳研修旅行に参加したことは忘れられない。教室では例年、北京の什刹海体育学校を訪れ、中国人の老から直接指導を受けられる研修旅行があった。当時私の拳歴は浅かったが、中国語ができるという理由でメンバーに抜擢され、そこでは通訳も担当した。これまで通訳の経験はなく不安だったが、学んできた中国語をフル活用し、老の言葉をしっかりとメンバーに伝えることに努めた。そこでの老のある言葉が印象に残っている。それは「本物の太極拳を体得するには、ただ套路(型)をやるだけでなく、太極拳の拳論や歴史、中医学なども学び理解しなくてはならない」というものだった。その言葉に感銘を受けた私は、套路(型)の他にも独自に太極拳について研究を始めた。日本で手に入らない本や資料については、中国から取り寄せた。そして、太極拳が中国の哲学や中医学と深く結びついていることを知り、さらに歴史や拳論など、太極拳に関するあらゆる知識を吸収することができた。

私には、今大きな目標がある。それは「太極拳を通じて日中友好に貢献する」ことだ。私は将来、指導者として自身の教室を持ち、多くの人に太極拳のすばらしさを伝え、その普及や発展に努めたい。さらに太極拳を通じて「ピンポン外交」ならぬ「太極拳外交」で日中友好にも貢献したい。

 

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