拘りのない人は幸せを感じにくい

2023-02-10 15:27:00

王俊天 対外経済貿易大学

2020年2月29日、新型コロナウィルスが猛威を振るっていた。私は職場に行く途中、突然高熱に襲われ、病院へ運ばれた。私一人しかいない病室で、体調や仕事の進捗に悩まされた。当時、私の心の緊張感を解きほぐしてくれたのは小川糸の『ツバキ文具店』という手紙にまつわる癒し系の小説である。古都鎌倉の清々しい風や四季の移り替わりから日本人の食文化、仕事、人間関係に対する拘りを実感した。 

物語は夏の到来によって幕が開かれ、四季の移り替わりに従い、展開していく。雨、風、日差し、花といった自然物を細かく記録している。「春苦しみ、夏は酢の物、秋辛み、冬は油と心して食え」という鳩子の書き始めから日本人の食文化が見られる。日本人は自然と融和し、尊敬する傾向がある。和食には自然を敬う日本の心が育んだ食の知恵、工夫、習慣が含まれている。料理に拘るからこそ、平凡な食事からも幸せを感じるのだろう。 

主人公鳩子は鎌倉で小さな文具店を営む傍ら、代筆屋をしている。小さい頃から、先代の祖母の指示の下、死ぬまで字の書き方を精進し続けた。「ちゃぶ台の上に下敷きを広げ、半紙を載せ、文鎮で抑えた」。代筆屋を請け負い、依頼人の気持ちや手紙に内容に応じ、筆記道具、用紙を変え、代筆を行う。この拘りは単なる職業への情熱や真摯さだけではなく、生活への重視も窺える。 

鳩子にとって、このような拘りを繰り返すことはまた祖母と一緒にいられる時間を繰り返すことなのだ。毎回筆を持つ瞬間に、祖母の顔、教訓などを再び思い出せる。全書から見ると、鳩子は平穏で幸せな生活を送るようだが、行間に孤独感が溢れている。家を出た八年間に失われたのは祖母と付き合う時間である。もう二度と会えなくなる祖母に対し、自責、悔しい気持ちがいっぱいになる。だから、本の最後に天国にいる祖母に手紙を書いた。もし、普段の、一緒にいる日常を大切に過ごせば、別れた時の喪失感も少なくなるだろう。失われつつあるからこそ、今手にあるものを大事にし、握り締めるべきではないか。 

思い返せば、私は一度も手紙を書いたことがない。スマホやパソコンを使いこなしても、コミュニケーションには何か足りないような気がする。たぶん言葉遣いに対する拘り、慎重さ、人情味を欠いているだろう。多忙な日常生活で、何かに追われている感じがする。幸せどころか、人生しんどいことばかりで辛いと時々思っている。『ツバキ文具店』を読み終え、何気ない日々の生活、手の中にある物を改めて大切にし、地に足をつけて生きていこうと思った。 

もうすぐ秋になろうとしている。秋は誰かに手紙を出したくなる季節である。 

                                    『ツバキ文具店』

 

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