風立ちぬ--夢を追う道

2025-01-16 15:58:00

陳暁園(大連民族大学外国語学院) 

決して特別な日ではなかったが、リスニングの授業で先生がこの映画を見せてくれた--『風立ちぬ』。宮崎駿監督のアニメーション作品で、中国では『トトロ』ほど有名ではないが、私にはとても印象深いアニメーション映画だった。 

映画の冒頭は、「Le vent se lève, il faut tenter de vivre.」——風は吹いているか、ならばまだ生きねばならぬ これはフランスの詩人ポールヴァレリーの著書『海辺の墓地』の一節である。 最初、私はこの文の真意が理解できず、「風が強くなることと、生きることの間にどんな関係があるのだろう?」と不思議に思った。 しかし、主人公の次郎が成長するにつれて、そのセリフの意味だんだん理解できるようになった 

近眼でパイロットになる夢が叶わず、 迷っていた次郎だったが「飛行機は戦争の道具でも、商売の手だてでもないんだ。飛行機は美しい夢だ。設計家は夢に形を与えるのだ」このアイドルカプローニの話から、彼は飛行機デザイナーになり、美しく完璧な飛行機を作るという夢を抱き始める。そして通学路で初恋の人、菜穂子と出会い、暗黙の了解のうちに「Le vent se lève, il fauter tenter de vivre.」の言葉を交わした二人は相手が生涯の親友であることを確信する。それ以来、「風」は二郎と菜穂子の人生に寄り添い続ける。 

設計者になってまず二郎が驚いたのは、飛行機を作るには莫大な費用がかかるということだった。飛行機の一つの部品は、当時の一家の一ヶ月の生活費を賄える。これにより、彼はこの機会を大切に思うようになる。数え切れない失敗は、彼を落胆させるどころか、夢を追い求める決意をより強くさせた。そこで、彼は飛行機製造技術を学ぶために欧米への旅に出たのである。 

この時、菜穂子の支えが彼を失敗の霞から救った。しかし、良い時期は長くは続かず、菜穗子は当時不治の病と考えられていた肺結核にかかってしまった。一方、二郎は零戦の設計の重要な時期にあった。そこで、二人は最後の時を共に過ごすことを決めた。しかし、映像の最後で、零戦のパイロットは全員亡くなった。零戦の設計は成功したが、この戦争で飛行機は一機も戻らなかったのである。 

この映画を見終わって最も印象に残ったのは、やはり冒頭の一文である! 夢を実現する過程で、彼は恋人との別れ、数え切れないほどの困難や衝撃を経験した。 そして、夢を実現することの代償を次第に理解するようになった。 まず、夢の果実である飛行機は戦争に駆り出され、彼自身は仕事のために病気の恋人に付き添うことができなかった。しかし、夢は常にそこにあり、彼はそれを追い求めることをやめなかった。 

私にとってこの映画は大きな衝撃であり、自然災害の恐ろしさ、平和の尊さ、相互愛の尊さを体感した。これからの人生、私たちはより多くの風と出会うだろう。 次郎のように生涯をかけて夢のために戦い、人生の最後を晴れやかな気持ちで振り返る人たちに敬意を表したい。 

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