記憶の糸
潘敏(四川外国語大学日本語学院)
高校一年の夏、図書室の隅で一冊の文庫本と出会った。表紙の少女がかるたを払う指先が、窓から差し込む夕光に透けていた。アニメ『ちはやふる』——その画面の中に流れる主人公の千早が百人一首を暗唱する姿は、受験勉強に追われていた私の胸に深く刺さった。勉強に疲れていたが、私は毎日一話ずつ、競技かるたが紡ぐ物語に浸った。その中で特に覚えているのは、水滴の伝う冷水器の横で観た「ちはやぶる神代もきかず竜田川」の場面だ。千年の時を超えた歌の力が、現代の教室で札を払う音と重なった。
それから数年後、私は京都の古本屋で『小倉百人一首』の解説書を手にした。ページの余白に、誰かが藍色のインクで「積む雪のふかさ知られず」と記していた。その瞬間、高校の図書室でアニメに夢中になったあの熱い思いが甦った。ふと気づくと、私は日本文学を専攻する学生となり、百人一首の歌が、日本文化の深層に流れる「無常」や「もののあはれ」と結びついていることを知った。
例えば、式子内親王の「玉の緒よ絶えなば絶えね」には、『源氏物語』の夕顔のように儚く消えゆく命の美しさがあり、西行の「願はくは花の下にて春死なむ」には『方丈記』の無常観がにじむ。アニメという現代的な表現を通して触れた百人一首が、やがて古典文学への深い興味へと繋がっていった。
ある日、中国唐代の詩人・白居易の「天に在りては願はくは比翼の鳥と作らん」という詩に触れた時、和泉式部の「あふことの絶えてしなくはなかなかに人も身もつれ思はまし」が思い浮かんだ。海を隔てた二つの国で、千年の時を隔て、同じような情感が異なる言葉で表現されていた。これは偶然ではない。紫式部や清少納言が白居易の詩に親しんだように、中日の文化交流は古くから続いていたのだ。
アニメという現代文化をきっかけに、私は百人一首という古典と出会い、やがて中日の文学の深い結びつきに辿り着いた。百人一首は、単なる古典の教材でも、アニメの題材でもない。千年の時を超え、国境を越え、人と人とを繋ぐ「言霊」のようなものである。つまり、百人一首はただの古典ではなく、百人の歌人が紡いだ百通りの人生の断片であること。
今、私の机の前には、高校時代に観ていた『ちはやふる』の思い出と、京都で買った『小倉百人一首』が並んでいる。アニメという親しみやすい入り口から始まった私の旅は、古典文学の深い海へと繋がり、さらには中日の文化交流の大河へと注いでいった。
私たちは皆、記憶の糸で結ばれた百人一首のようである。一首には一つの人生が、一枚には一つの時代が込められ、やがてそれらが交わり合い、新たな物語を紡ぎ出す。高校時代のあの夕焼け空も、千早が札を払う音も、今では私という人間を形作る、かけがえのない一句となっている。