『斜陽』ー貴族の哀歌
李承昊(南京大学外国語学院)
斜陽が沈んだ後は長い夜を迎える。しかし、夜明けはきっと来る。
最近、私は太宰治の『斜陽』を読んだ。
和子一家は元々貴族だった。しかし、戦敗のせいで、この日本最後の貴族たちは地獄に陥った。母さんが死んだ後、和子は思い切って上京して、直治の先生である上原のところへ行って、新しい生活を始めようとしていた。
直治の選択ー真似と孤独に陥る恐怖
直治は麻薬、酒など悪習に麻痺され、貴族の上品さを全て捨て、そして一般大衆の真似をして、普通の人間になりたかった。
「僕は下品になりました。そうして、それが、いわゆる民衆の友になり得る唯一の道だと思ったのです。」
しかし、直治は失敗した。普通の人々は直治のばかばかしくて醜い様子を見て、たぶん真に直治を味方として受け入れる人は一人もいない。直治は孤独な人間だ。誰も直治のことをわかっていない。彼は一生懸命新しい生活環境に馴染みたいが、みんなに「彼は装っている」という一言で、入ったばかりの大衆の世界から追い出された。和子の選択ー運命から逃す反抗これに対し、姉さんの和子は違う道を選んだ。それは運命に反抗することである。彼女はモラルの規範から脱出し、上原を追求した。
言うまでもなく、こういう行動を取るには勇気が必要だと思う。和子は勇ましく「貴族の身分を捨てる」第一歩を踏み出した。
この時、上原は和子の唯一の頼りになった。彼女は現状から逃れたいからこそ、上原に愛の告白をした。再び東京ヘ行って、上原がだらしなくても、彼に会うだけで、和子は幸せだと感じている。
彼女は革命を起こした。しかし、この革命は不完全で、本当の勝利まで、まだまだ長い道があるだろうと思っている。
和子の立場からは希望が見える。斜陽は黄昏の象徴で、沈んだ後は長い夜を迎える。でも、夜明けはきっと来る。だからこそ、和子は革命者になり、自分が産んだ子供と一緒に古い道徳と戦い続けると決心した。
『斜陽』と『人間失格』ー太宰治の最後の光
『斜陽』も『人間失格』も太宰治の本当の生活を描いた作品だと思う。地主、貴族出身の太宰治も一生人々の認めを求め続け、芥川賞に熱狂していた。それでも、彼は一生芥川賞を得ることができなかった。
1947年、太宰治は『斜陽』を完成した。
1948年、太宰治は『人間失格』を完成した。
また、1948年、太宰治は自殺した。
『斜陽』の和子が希望を残したが、これはたぶん太宰治の心の中の最後の光であったかもしれない。その時、彼の現状を変える希望はまだ絶えなかった。
「でも、もう、おそいなあ。黄昏だ」
「朝ですわ」
しかし、『人間失格』の中には、こんな希望はもうなくなった。
「人間、失格。もはや、自分は、完全に、人間でなくなりました。」
残念ながら、太宰治は自分が書いた主人公たちと同様に、自殺を選んだ。両作品からも作家の心境の変化を読み取ることができるかもしれない。