筆が奏でる音色を聞く

2019-11-11 15:19:15

 

于文=文  代文華=写真提供

 ぽってりとした墨の軌跡が曲がりくねりながら下に向かって伸び、墨色は次第に薄くなりかすれていく。水墨の質量や濃淡が入り混じり完成された作品に描かれているのは、文字なのか絵柄なのか、判別がつかない。しかし作品の前にたたずんでいるうちに、内在する複雑で強烈な感情が浮かび上がってくる。クラシック音楽に精通している人なら『フィガロの結婚』というモーツァルトの歌劇と同じ作品名から、かの有名なソナタ形式の序曲を思い浮かべるかもしれないし、アリア「恋とはどんなものかしら」の「恋とはどんなものか あなた方は知っている 私の心に満ちた燃えるような熱情は 瞬時に氷のように冷たくなる……」という歌詞が思い浮かぶかもしれない。

 墨を使う書画は東アジアを代表する伝統芸術のため、作品名が西洋の歌劇と同名なのはかなり珍しいが、作者は巧みな描線で鑑賞者の脳裏からメロディーを引き出し、また、メロディーが描線の躍動を連想させる試みに成功している。同作などを展示した「『一即一切』文華東京個人芸術展」が1011日から5日間にわたり、東京の寺田倉庫美術館で開催された。作者は美術品コレクターで、マルチアーティストとしても活躍する代文華さんだ。

 

代文華さんとイタリアの彫刻家、グスターロ・バルトリーニ氏による即興のインスタレーション

 

音楽も書も同じ芸術

 代さんは元々中国音楽学院で歌劇表現と音楽理論を学んでいた。「なぜ書道家に?」という記者の戸惑いに、「音楽家が画家や書家になってはいけないというわけではないでしょう? ショスタコービッチの油絵の腕前は一流だったし、中国のシェイクスピアとも呼ばれる湯顕祖は『万物は事象から生まれ、事象は絵画を生み、絵画は書を生み、そして音楽が生まれる』と言っています。この順番から言えば、書道は絵画と音楽の間にあるものなのですよ」と持論を語る。表現方法が違うだけで、代さんにとっては音楽も美術も同じ存在なのだ。

 北京で生まれた代さんは、芸術を愛する家庭環境で育った。幼少時は学校の合唱団で指揮を務め、絵を学んだ。小学校のときに初めて応募した国際絵画コンクールで受賞したが、その主催国が日本だった。「もしかしたらその頃から日本とは縁があったのかもしれませんね」と笑う。

 進学で専門を選ぶ最終段階で、美術ではなく音楽を選んだことが心残りだったが、美術品のコレクションが子どもの頃の夢を瞬時によみがえらせてくれた。中国の油絵に始まり、日本や韓国、東南アジア、ロシア、欧州とさまざまな作品を手元に集めた。1995年からの海外赴任では数多くの博物館や美術館をめぐり、西洋美術のエッセンスを吸収。帰国後も中国文化の宣伝と国際交流の仕事に従事しつつコレクションを続けた。2006年には北京の通州に自らのコレクションを展示する「華彩美術館」を設立。収蔵品の展示と同時にアトリエとして開放することで、アーティストの交流の場ともなっている。

 美術館の館長として、アーティストたちに創作の提案やインスピレーションを与える作業を行ううちに、アートを創造する側に回りたいという気持ちが強くなっていった代さんは、学校でクロッキーの練習に明け暮れた頃の影響で、シンプルな線描こそ無限の表現力をはらんでいると考えていた。イタリア歌劇であれ中国の戯曲であれ、最終的にはメロディーがその芸術性を決定する。線もメロディーも非常にシンプルな表現方法であり、この点において絵画や書道、音楽といった芸術は相通じている。漢字の線描というシンプルな構成へのこだわりが、「一即一切」に展示された前衛芸術の骨幹だ。

 

作品「フィガロの結婚」

 

作品「川の流れのように」

 

天地が私の教師

 会場では、あちこちに立っている柱のような彫刻も目を引いていた。イタリアの彫刻家、グスターロ・バルトリーニ氏の作品だ。会場では代さんとのコラボレーションでインスタレーションも行われた。バルトリーニ氏が彫刻をハープのようにグリッサンドし、あるいは展示台を叩き、あるいは自分の頬をたたいて出す音に応えるように、代さんが歌う。書と彫塑に囲まれた空間でのパフォーマンスで、観客との一体感を狙った。

 「私は天地を師としています」と代さんは言う。「私は字体の構造や規律にこだわりがなく、心と感情こそが表現すべき唯一の要素だと思っています。果てしない天とどっしりとした大地の間で、心のままに筆をふるい、真の命にじかにアプローチすることで、見る人に強い視覚的なインパクトを与えます。それこそが、私が追求している芸術です」

 中央音楽学院油画科の劉商英副主任は、「代文華氏の作品は定形では決してなく、彼女自身とそれ以外の、数多くの要素が寄り集まって構成されている。この形態は彼女自身が意図しているものかもしれないし、そうではないかもしれない。しかしいずれにせよ、これは自然にできたもので、まるで予測不可能な冒険に満ちた果てしない道のように変化し、成長し続けている。芸術とは、人生とはまさにそういうものだ」と評している。

 日本のコレクターである堀井朝運氏は、「中日両国の漢字は似通っているが、代文華氏の書く漢字は一見抽象的に見えるものの、実際のところ非常に読みやすい。そして驚くべき気迫と気韻を持っている」と評価。日中文化交流協会の倉本理子氏は、「音楽と書のコラボレーションはユニークな試み。今後、日本の若手アーティストとのコラボも期待したい」と感想を語った。

 今回の展示で日本の来場者に何を伝えたいかという質問に代さんは、「私は長年、中日文化交流の仕事に携わり、京劇来日公演や歌舞伎の訪中公演のプロモートをしたこともあります。中国の優秀な油絵の作品を日中友好会館で展示する企画にも携わりました。その時に日本の方々は『中国の伝統的な水墨画については知っていたけれど、油絵がこんなに素晴らしいとは思わなかった』と言っていました。中国のモダンアートは世界的に見ても需要があり、認知されています。今回の展示の目的はまさに、日本の方々に中国の前衛芸術を知ってもらい、交流を行うことで新たな『火花』を起こすことです」と真意を語った。

 

作品「裴将軍詩」

 

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