「疫情」下、日中出版業界はどう危機を乗り切ろうとしているのか?

2020-05-22 18:22:27

馬場公彦=文

 全世界がコロナウィルスによるパンデミックの脅威に曝されている。人々は密集を避け家に籠る事を余儀なくされ、生産活動が停滞し消費行動が抑制されている。そのなかで、日本においては、意外なことに昨年12月から今年3月の4カ月連続で書店の販売総額が前月を上回る好況を呈している。なかでも学参・児童書・コミックが売り上げ増を牽引している。228日に施行された全国一斉休校により、学習参考書と児童書の売り上げが急増していることがその背景にある。4月7日に7都府県に緊急事態宣言が出され、16日、対象範囲が全国に拡大され、各業界に休業要請が出された。書店は要請の対象にならなかった(古本屋は対象とされた)、休業店が増加した影響により、4月の店頭売り上げは前年同期比6.1%の大幅なマイナスとなった。

 

「古本天国」として知られる神保町も新型コロナの影響で賑わいをなくした(読売新聞)

 いっぽう最初の感染者が出た中国では、武漢での77日間に及ぶロックダウンはじめ全国各都市で交通と外出の制限措置がなされ、商業施設は休業した。リアル書店はサンプル調査によればその90.7%が営業停止に追い込まれていた。読者の巣ごもり需要に応えてのネット通販による紙本の販売は、はかばかしい成果は得られなかった。倉庫・輸送・宅配の物流サイクルが停滞したからだった。

 リアル書店が閉店しているなかで、当然のことながら電子書籍へのニーズは高まった。とりわけ疫病に関する専門出版社・専門機関は、迅速に感染の蔓延に対応して、感染防止の啓蒙的な書籍の電子版とオーディオ版を揃え、各種のプラットフォームを通して無料公開し、好評を博した。北京の出版社が中心となって、2月3日の「+私も入れて」アクションの呼びかけに114の出版社が呼応し、自社あるいは公共のネットでのプラットフォームを通して、オンライン教育・オンライン講座・ウェブ文学・デジタル音楽・電子図書・オーディオブックなどの優良コンテンツを無料公開した。

 日本では疫情にあるいま、出版各社が自主的に自社の電子書籍・雑誌を期間限定で無料公開するボランティア活動を展開している。ベネッセコーポ―レーションでは、1000点の児童書常時読み放題の「電子図書館まなびライブラリー」を期間限定で無料公開した。また図書館・大学機関向け電子書籍提供サービスを運営する丸善は、人文社会学系6出版社の指定タイトル計約4300点について、同時アクセス数を臨時拡大した 

 

「電子図書館まなびライブラリー」ホームページ

 そのいっぽうで、各出版社が平素からデジタル出版に積極的に取り組んでこなかった弱点がここで露呈した。弱点とは電子書籍のコンテンツ不足と、出版業界独自の販売プラットフォームがないために独自のプロモーションや顧客管理ができていない実態である。日本の電子書籍事情についても、コミックや文庫本やライトノベルを除けば、電子化率は低く、既刊書はさらに低いという実情がある。中国と違って業界独自の販売プラットフォームは比較的充実してはいるが、出版社独自の顧客管理はほとんどできていない。

 疫情のさなかに中国の各出版社が取り組んだのは、書籍のデジタル化やオーディオ化のほかに、多くの書き手や作家を巻き込んでのネットライブ(「直播」)や読書会による営業活動であった。民間の独立系書店の中には、積極的にみずから活路を切り拓こうとする動きがあった。上海の鍾書閣は淘宝でのネットライブを行い、単向空間の創業者許知遠は同業他社の有志らとネットライブで「福袋」(中に何が入っているか分からない書籍や文化商品のセット)を販売し、重慶の大衆書局はケータリング業界と組んで美団のプラットフォームを使っての販売を開始した。主要都市では2か月分の賃貸料を減免する措置が政府によって取られた。

 

単向空間の創業者許知遠ネットライブで商品を宣伝

 コロナウィルスは中国の出版業界にとって経営上の大打撃であった。とりわけリアル書店業界には休業から廃業への厳しい選択を迫るものであった。だがそのなかで危機をチャンスととらえて再生の活路を見出す模索がなされたことは留意しておきたい。即ち出版社と書店が協働して、5GやITの通信技術が高く、携帯が全国津々浦々の全人民に普及し、宅配サービス業が充実している社会インフラを利用した取り組みである。がんらい読書とは極私的行為であり書店は読者が集うリアルな空間である。危機からの再生の道は、読書共同体のつながりを利用したバーチャルな読書空間の演出、インターネットを利用したネットライブによるプロモーション、ネット決済と宅配サービスを利用したサービス提供という新たなビジネスモデルに求められた。

 このような業界を挙げての自助努力が試みられた背景には、人々の精神的な食糧を供給し、民族の歴史が記憶され共有される書店という場所が消失することへの恐怖があったのだと思う。

 

東京・日本橋の新商業施設「コレド(COREDO)室町テラス」に、2019年9月27日オープンした台湾発の大型複合セレクトショップ「誠品生活」もまた、コロナウィルスの影響のため、臨時休業に入った

 

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