明日は幼稚園に行けるかな 山間部の「待機児童問題」解決へ

2020-06-23 17:29:50

秦斌 袁舒=文

秦斌=写真

 

 2012年3月、貴州省銅仁市松桃ミャオ(苗)族自治県(以下「松桃県」)で「山村幼稚園計画」が発足した。同計画の下、現在松桃県の3~5歳児の幼稚園入園率は100%に達し、県内に住む全ての幼児が就学前教育を受けられる環境が整った。6月1日の国際子どもの日を前に、記者は松桃県を訪れ、「一村一園」計画の下ですくすくと育つ子どもたちを目にした。

 

入園問題に頭を悩ます親たち

 国際開発研究の第一人者である米コロンビア大学経済学部教授のジェフリー・サックス氏は、中国が「貧困撲滅」という持続可能な発展目標を達成しようと成し遂げた努力は、世界の注目を浴びていると指摘すると同時に、その中でも教育分野での貧困救済が大きな役割を果たしているという見解を述べた。

 17年の中国全国農業全面調査のデータによると、中国には行政村(行政村は中国農村部における最も小さな行政単位で、郷鎮の管轄の下、大衆自治を行う)が59万あるが、そのうち19万の村にしか村レベルの幼稚園が設けられておらず、貧困地域に当たる農村では、少なくとも10万の村レベルの就学前教育機関が不足していた。

 幼児に対する早期教育の重要性は、すでに神経学と社会科学分野での研究で裏付けを得ている。人の言語、社交、感情機能に関する脳の発育のピークはいずれも4歳までに迎える。従って、3~5歳児に対する早期教育は、その後の教育における要とも言える。しかし、中国発展研究基金会の18年の報告によると、5万を超える山村幼稚園の園児のうち、40%の両親が共働きで出稼ぎに出ており、両親不在の家庭で暮らしている。そして20%が貧困救済の対象となっている貧困家庭に育ち、10%が離婚した両親のどちらかと暮らしている。子どもを郷鎮の幼稚園に通園させるのは、農村部の家庭にとっては大きな負担になり、貧困地域の家庭ではそれを諦めてしまうことも多い。公立の幼稚園は鎮にしか設けられず、私立の幼稚園は収益が低いため農村部には建てたがらない。親子共に毎朝早起きをして長い通園路を通って郷鎮の幼稚園へ通うか、はたまた幼稚園の近くに家を借りて通園の便宜を図るか。どちらにしろ大きな負担は回避できない。このことに、貧困地域の親は頭を悩ますばかりだ。松桃県正大鎮包家村幼稚園に通う龍妤茹ちゃん(5)の母・呉青菊さん(28)は、「以前、娘を鎮の公立幼稚園に通わせていた時は、家から遠くて、幼稚園の先生に車で送り迎えをお願いしていました。でも、子どもが小さかったのでいろいろと心配で。それに1学期の学費が4000元。うちにとってはかなり大きな出費でした」と話す。

 

松桃県盤石鎮代董村。龍暁雅ちゃん(左端)の祖父母が幼稚園から帰ってきた村の子どもたちを集めて一緒にテレビを見ている

 山間部の待機児童問題を解決するため、中国発展研究基金会は、「一村一園」――山村幼稚園計画を立ち上げ、貧しい農村部の幼児のために就学前教育を提供し、教育分野での均一化を促そうと試みた。この計画は村レベルで1、2クラス規模の幼稚園を設立し、各年齢の幼児を同じクラスで教育するものだ。先生は皆自ら農村部の就学前教育に貢献したいというボランティアで、一定期間の研修を経て、正式に先生となる。計画の運営は主に各方面からの寄付金と政府の福祉事業に充てる予算で賄っており、管轄区域内の児童は無料または低い費用で入園できる。山村幼稚園の若い先生・石小芬さん(22)は、幼児教育の専門学校を卒業後、深圳で1年働いてから、17年に地元の松桃県へ戻り、山村教育の最前線に立った。小さい頃、両親共に出稼ぎ労働者だった石さんは祖母のもとで育った。その頃村には幼稚園がなく、幼稚園に行くことが幼児にとってどれだけ大事なことか、身をもって感じていた。松桃県はミャオ族の自治県であり、多くの子どもたちの祖父母はミャオ族の言葉しか話せない。そのため他の地域からやってきた先生と交流をするのも一苦労だった。石さんは地元出身で、その上幼児教育のスキルも持っている。村の人々、村の子どもたちに自分は必要とされていると強く思ったと言う。

 

松桃県正大鎮包家村幼稚園の石小芬先生が子どもたちと一緒に新中国成立70周年を祝っている(写真提供・石小芬さん)

 

「入園後、子どもの性格が変わった」

 12年3月、貴州省銅仁市松桃県山村幼稚園計画がスタートした。松桃県は貴州省、湖南省、重慶市の接する場所に当たり、国家レベルの貧困県だったため、一時は適齢幼児に対する教育資源が大いに不足していた。「一村一園」の初期段階では、100の山村幼稚園を構え、その後実践を重ねていき、現在松桃県全域内では、山村幼稚園が297カ所あり、園児の数は5238人に上っている。両親の出稼ぎに付いて行き、県外で暮らしている児童を除き、松桃県の3~5歳児の入園率は100%となった。つまり、県内に暮らす全ての児童に幼稚園教育が提供されたのだ。

 

松桃県蓼皋街団山幼稚園で、児童たちが自分の描いた絵を見せている

 幼稚園に入る前と後とでは、子どもたちに大きな変化が見られる。前出の呉青菊さんは、「娘は幼稚園に通うようになってから、性格が明るくなりました。人とコミュニケーションをとったり、物をシェアしたりする意識も身に付いてきました。よく家に帰ってから、幼稚園で習った歌や踊りを家族の前で披露してくれるんですよ」と言う。松桃県蓼皋街鶏爪村幼稚園の先生・龍暁彤さん(30)は、「山村幼稚園に通う子どもたちは、入園前、家できちんと衛生習慣について教えられていないことが多いんです。手洗い・うがいやトイレのマナーなどは、幼稚園でしっかりしつけることも大事なんです」と話す。それだけでなく、幼稚園での生活を通して、子どもたちは礼儀や自分のことは自分でやる意識も身に付け、仲間意識も持つようになるという。龍暁彤さんは、「一村一園」計画初期からこの仕事に携わっており、今年で8年目になる。子どもたちの変化や健やかにのびのびと育つ姿を見るたび、自分の仕事に大きな誇りを感じるそうだ。

 

松桃県盤石鎮代董村で、5歳の麻秋麗ちゃんが幼稚園で習った踊りを家族の前で披露している。秋麗ちゃんの両親は広東省恵州に出稼ぎに出ており、弟と祖母の3人で村で暮らしている

 今年3月現在、中国発展研究基金会と各地方政府の協力の下、青海省、貴州省、湖南省など11の省・直轄市・自治区の30の県(市)で山村幼稚園の設立が進められ、全国規模で9万人余りの児童の入園問題が解決された。幼稚園は子どもたちの新たな楽園となったが、突然の新型コロナウイルスの感染拡大で、子どもたちは家にこもって再び幼稚園に行ける日を待つこととなった。その間、子どもたちにウイルスとは何なのかを知ってもらうと同時に、親子の時間を多く持ってもらうため、中国発展研究基金会はオンラインで「山村児童ウイルス豆知識大会」を開催した。児童たちは親の指導の下、新型コロナウイルスに関するオリジナルの作品を作り、創作の過程と自分が知っているウイルスに関する知識を紹介する動画を撮り、動画共有アプリ「抖音(TikTok)」にアップして、人気賞を競う。

 中国国内での感染は徐々に収まり、幼稚園に行ける日もそう遠くはないようだ。松桃県正大鎮盤塘村幼稚園の龍宇逢くん(5)は、お父さんの手を引いて尋ねた。「ねえ、お父さん。ウイルスっていつなくなるの?早く先生とお友達に会いたいな。僕、明日は幼稚園に行けるかな」

 

松桃県盤信鎮後寨村幼稚園は、土地建設で空き地になった場所をグラウンドとし、使われなくなったタイヤなどを再利用して遊具としている。ここが子どもたちにとって楽園なのだ

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