中日和合文明フォーラム 「新日中文明」の探求始動
王敏=文
国際儒学聯合会=写真提供
今年の元日、NHKテレビが古代史ドラマスペシャル『大化改新』と『大仏開眼』の両前後編4作品を一挙に再放送した。『大化改新』では、国造りに燃える中大兄皇子、中臣鎌足と、蘇我蝦夷・入鹿父子との不和を軸に、新文明の「種まき」を巡る苦難を描いた。『大仏開眼』は、日本という国で新文明の成果でもある律令を推し進めるため、唐から帰国した遣唐使の吉備真備が聖武天皇の娘・阿倍内親王(後の孝謙天皇)を後ろ盾に、対立する藤原仲麻呂と戦う。当時の大仏建立を物語の背骨に、周辺の国々の台頭に敏感な「国際派」と、列島に固有の文明を守ろうとする勢力との間の対立と争いが柱になっていた。
もう一つ目を引いたのが、BS日テレで1月8日に放映された舞台劇『里見八犬伝』だった。原作は江戸時代後期の流行作家・曲亭馬琴の『南総里見八犬伝』。28年(1814~42年)をかけてやっと完結した全98巻106冊の長編伝奇小説である。
中国の伝奇小説にもあるような、人間と動物の結婚譚を主線に展開する。「仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌」の八つの霊玉を持つ「八犬士」が、安房の里見家再興に奮闘する勧善懲悪の冒険物語である。
以上の3作品を通し、日本における大陸文化は、切っても切れない不可分の関係にあると思った。無論、建国の理想の基軸は、個人の価値観の根源にまで影響し合っている。これらは、漢字と漢字文明を取り入れた日本古代の発展の在り方を再認識する機会を提供してくれた。また、今日に至るまで中日の「混成型」文明は、曲折を経ながら共有する互恵関係の源流を教えてくれた。いかなる局面にぶつかっても、日本は歴史をかがみとし、絶えず進取を続けることの意志表示とも受け止められる。
戦後の中日関係については、1972年9月29日に発表された中日共同声明、78年8月12日に署名された中日平和友好条約、98年11月26日の平和と発展のための友好協力パートナーシップの構築に関する中日共同宣言、2008年5月7日の「戦略的互恵関係」の包括的推進に関する中日共同声明――このように平和と友好を促進する四つの政治文書が両国政府間で取り交わされてきた。これら声明などをつぶさに読むと、紛れもなく平和を軸にした中日文明の新次元・全方位の前進と見られる。
現代は、世界情勢も社会、科学なども全てが日進月歩である。中国を含むアジアの変化・発展は特に目まぐるしい。旧態依然の中国観では対応が難しく、中国を取り巻く世界、国々は対応の変革が喫緊の課題になっている。未曽有の変動期に応えられる指南が求められるが、中日にとっては四つの政治文書がにわかに注視されるゆえんである。
だが、この四つの政治文書も、わずかの年月でその成果が薄れてきたのではないか。これを打開するのが、新たな角度からの中日関係の創生だろう。
福田康夫元総理が日本アジア共同体文化協力機構を19年の秋に立ち上げ、新日中文明の探索が始まった。新型コロナウイルスの感染が拡大した昨年、交流が制限される中でも福田氏は中国の各界要人と難局打開のパイプを増やした。電話会議、オンライン会議、書面による意見交換など、必要な時には週4回ぐらいの頻度で続けた。
折しも北京では昨年10月、党の第19期中央委員会第5回全体会議が開かれ、35年までに「文化強国」となるためのタイムスケジュールを発表した。実は、11年10月に開かれた第17期中央委員会第6回全体会議において、すでに「文化強国の構築」が目標の一つとして打ち出されていた。これを身近な任務として明確にしたのが、9年たった昨年であり、完成期限は15年後の35年に決まった。
中国の「文化強国」の実現に向け、中日の文化面における双方向的な協力が望まれよう。新しい中日関係における文化面からのアプローチは、まだ模索の段階だ。しかし、日本アジア共同体文化協力機構が国際儒学聯合会と共催した「新日中文明フォーラム」が昨年12月4日、北京(北京大学英傑交流センター)と東京(帝国ホテル)の両会場をオンラインで結び開催された。
共催の在り方については、両国関係者の協議によって、中日文化の相互理解の深化および両国関係の平和発展の促進という共通の基本的な枠組みを確認した。会議の名称も、それぞれで決めることにした。従って、中国側の会議名称は「中日和合文明フォーラム」とし、副題が「人類運命共同体の構築のために東方の知恵を」となった。
昨年12月4日にテレビ会議形式により北京と東京で開かれた中日和合文明フォーラム
日本アジア共同体文化協力機構からは以下の6人が参加した。(発表順)△日本アジア共同体文化協力機構会長、元総理大臣・福田康夫氏△大阪大学名誉教授、元文化庁長官・青木保氏△東京大学名誉教授、京都国際マンガミュージアム名誉館長・養老孟司氏△国際交流基金顧問、元駐韓国日本大使・小倉和夫氏△日本アジア共同体文化協力機構理事長、元駐中国日本大使・宮本雄二氏△日本アジア共同体文化協力機構参与、法政大学名誉教授・王敏(司会)
福田氏の会議の開催経緯の説明に続き、青木氏が四十数年の調査研究の成果に基づき語った。青木氏は、アジア特に日中の間で互いに共有できる「若者文化」の存在を指摘。映像、漫画・アニメ、音楽など共有領域の再創造・再生産を継続的に発展させ、東アジア発の文化として世界の愛好者に受け入れられることを望み、「新日中文明フォーラム」の指針力を期待すると熱く語った。
それを受けた養老氏は現在、ますます多くの人が都市に住み、都市の「中毒」は全世界的になっていると話した。AI(人工知能)の時代、情報化は理性的な世界の行き着く頂点のようなもので、そういう意味で文化は、理性的な社会の解毒剤であるとし、日中からアジアに広がる都市の中毒病に処方箋を出した。
小倉氏は、中国に対する日本の国民感情の悪化という現実を直視し、国民同士の交流と文化交流が大きな意味を持つと強調した。ただし、中国文化も日本文化も世界人類のものである認識を喚起して、世界共通のものがそもそも文化にあるという意識の樹立を訴えた。
宮本氏は、幅広い意味での文化とは、われわれの生活のほとんどがカバーされるもので、文化はお互いの国民を近付けられると述べた。日本の若者との交流を通して、日中やアジアの青少年の文化交流を大々的に進めるには、今が絶好のタイミングだと確信している。それを裏付ける理由として日中の価値観と都市文化と伝統文化の共有という3点を挙げた。
終わりに福田氏が、文化とは多国間の国民の気持ちを近付ける有用な素材を提供でき、また運命共同体をつくるためにも有効な通路である。王氏(筆者)による日本の禹王信仰の研究は、参考にすべき良い実践例である。今後も文化面ならではの視座を新日中文明の模索に生かしていこうと述べた。
「日中運命共同体」に希望を持ち、新文明を探る模索は始まったばかりである。