漢字が生む創造力と活力――仏人研究者との対話から

2021-04-19 14:14:56

王敏=文

フランスのレオン・バンデルメールシュ教授(93)は、漢字や中国、アジア研究の大家で、漢字および漢字文化圏に対して多くの独自の優れた見解を持つ。筆者は2016年(北京)と17年(パリ)、2度にわたって同氏をインタビューし、漢字文化圏への期待や漢字文明の未来などを聞いた。

 

漢字文化と経済成長

バンデルメールシュ教授と日本のつながりは深い。60年以上前、同志社大学に留学した同教授は、中国の思想史や制度史、法制史の専門家である内田智雄教授(1905~89年)に師事した。バンデルメールシュ教授は、「本格的なアジアや中国研究、漢字研究を始めたのは日本」と感慨深げに語った。

バンデルメールシュ教授と言えば、同氏が日仏会館の館長時代(1981~84年)に執筆し、87年に出版された代表作の『アジア文化圏の時代―政治・経済・文化の新たなる担い手―』(福鎌忠恕訳、大修館書店、仏語版『Le nouveau Monde sinisé』)が良く知られる。

出版当時、経済成長の予測に関して、漢字文化圏という地域の集中的成長という観点からの分析はまだなかった。先進国と後進国の分類が慣用されていたからである。それによれば、当時の中国はまだ発展途上国に分類されており、経済成長分野の数値の高い日本は先進国に組み込まれていた。だが、こうした数値という選択眼以外に、「漢字文化圏」という範囲で観察し、異なる結論が出されている。

バンデルメールシュ教授は、74年の日本のデータと経済企画庁の統計「1961~81年の世界国民生産総生産値」をテキストに、社会学的な視点から60~78年の世界の経済成長率を見ると、ベトナムを除いて漢字文化圏が先頭に立っていることを指摘した。続いて60年時点の中国の現状から、その30年後に迎えられる経済の高度成長を分析・予測し、漢字文化圏が経済発展の先頭に立つという結論を導いた。

世界各国では多くが欧米を発展のモデルとしている。だが、漢字文化圏では、過去に現代化に成功した国も含め、全く西洋と同様の方法とプロセスで現代化を実現させた国はない。バンデルメールシュ教授は、ここで日本モデルを成功例に挙げている。例えば、社員食堂や集団旅行、制服、同郷会(県人会)、終身雇用などは、いずれも漢字文化圏共有の共同体主義的な傾向だと同教授は見ている。

他方、西洋の経済発展の停滞に対して、同教授は以下の2点を指摘した。第一に、個人主義に走り過ぎた西洋にとって、アジア共有の共同体精神および生き方が反省の見本となる。第二に、個人主義の合理性を法律にして固めた西洋だが、アジアの人と人との絆の「連帯」を参考にしなければならない。

「アジア人は西洋を理解しようと必死に努力した。だから、それなりの努力を西洋人もしなければ」というメッセージを西洋人に送った。

バンデルメールシュ教授の六十数年をかけた研究成果によると、漢字には創造の発想と活力のパワーが内蔵されている。王朝と時代の変化に伴い、漢字の書体は甲骨文、金文、小篆、現代漢字……と字体の変化はあっても「創造」的要素と活力の遺伝子は変化がない。また、創造のための発想と活力の波があっても、「それはイデオロギーと政治体制を超えている」と同教授は言い切る。

従って、中国が長期的な停滞から90年代以降に経済成長を成し遂げた「蘇生の秘密」の一つに、漢字の創造的活力があると読み解くことができるだろう。たとえそれが長期の冬眠状態にあっても、もともと備わっている創造的な発想と活力の根源が時によみがえっては、社会の発展と経済の成長の有機的な相互作用を促進させる。漢字が使われている限り、こんこんと湧き出る創造的な発想と活力が止まることはない。

 

バンデルメールシュ教授(右)と話し合う筆者(2017年2月、パリの同教授の自宅で。写真提供・筆者)

 

漢字の非言語学的役割

中国の甲骨文から古文、白話文の成立までを考察すると、漢字は口語の記述ではなく、口語と並列する書き言葉に当たる。この性格を有する漢字は古来、相互の意思疎通の媒介として有効に機能してきた。例えば、多民族・多言語の社会において、漢字が共有の記号として伝達の通路を整備してくれる。

孫文(1866~1925年)と日本の交流の美談を可能にしたのは漢字による筆談の成果でもある。他方、日本をはじめアジア諸国が漢字を導入したのも、お互いに言語(話し言葉)不通の障害を克服する最善の利器(書き言葉)と認識できたからである。古来、漢字圏の人々は、それぞれの母語(話し言葉を中心に)と漢字語(書き言葉)を重層的に応用して、漢字経由の知識と方法を手に入れ、漢字圏の良性循環を促進したと考える。

漢字がもたらしてきたのは生産性向上のための知の伝播以外に、精神や思想、考え方など、創造の発想と活力のような目に見えない部分が大きい。抽象的な儒教や道教、倫理、道徳、しつけなどの生活規範と社会理念も漢字を通して学び、知の種みたいに播き散らされ、漢字を使う地域をつなぐ絆となる。

もう一つ。漢字には象形性と表意性が備わっている。形を見て意味をある程度測り知ることができる。例えば、「雨」という字は、形を見てその意味を想像できよう。現代人がカメラや映像によって可視化を実現したのと同じように、いにしえの漢字がその役割を担った。従って、漢字を言語の記号として扱うだけでは不十分だ。

漢字の一つ一つにはそれぞれ独立した意味があり、また他の漢字と組み合わせることにより新たな意味を生み出す。例えば、活+力では、「活力」という熟語になるように、縦横無尽に新たな意味を生産的に創造していける。この角度から、「語学」としての漢字を超えたところで漢字の学習をしていけば、漢字の役割と本質が見えてくる。何よりも現代の漢字文化圏の実体と発想を総合的に把握できよう。これが、バンデルメールシュ教授が六十数年の研究によって検証・確認した漢字の「非言語的アプローチ」の役割だ。

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