IPビジネスで異文化理解促進 違いを知って楽しむ「漢字幻獣」

2021-09-03 16:38:47

籠川可奈子=聞き手 北京丁寧文化伝播有限公司=写真提供

 

新出歌名子(しんで かなこ)

都留文科大学卒業後、中国の多国籍企業を経てニュージーランドの法律事務所に就職、マネージャー兼パラリーガルとして働きながら、日本新規市場の開拓を担当。2019年、清華大学経済管理学院MBAに入学、在学中に北京丁寧文化伝播有限公司を設立。CEOとしてオリジナルキャラクター「漢字幻獣」のプロデュースと運営に従事している。

 

昨年、武漢に贈られた物資に貼られていた詩句「山川異域、風月同天」が中日両国で話題となった。「漢字」を共有しているからこそ実現した心温まるエピソードの一つだ。いにしえより、両国の文化の懸け橋として重要な役割を担ってきた漢字だが、中には、中日で異なる意味を持つようになったものもある。そこにヒントを得て、新たな異文化理解の担い手として誕生したキャラクターが「漢字幻獣」だ。かわいいキャラクターたちはどのように生まれ、どんな意味が込められ、今後どう発展していくのだろうか? 生みの親である北京丁寧文化伝播有限公司の新出歌名子さんにお話を聞いた。

 

――まず、中国と関わるようになったきっかけを教えてください。

 

新出 中国に興味を持ったのは、学生時代、劇団四季のミュージカル『李香蘭』がきっかけです。日中両国の友好を願いながら歴史に翻弄される李香蘭の半生を描いたもので、中国の広大な土地と近代史に興味を抱きました。その後、大学の第2外国語で中国語を選択しました。実際に中国で歴史の地を巡ってみたい、中国語が話せると十数億人と交流できると思ったからです。また、就職で有利だろうとも考えました。交換留学を経て、大学卒業後、中国で就職しました。

中国は悠久の歴史と多様な文化を持つ一方、近年、テクノロジーや社会イノベーションの面でも急速に発展しており、あらゆる面で可能性を感じさせる場所です。私にとって挑戦と機会に満ちた国です。

日本を離れる際、母が、「将来、日中の経済が反転したとしても、政治的に問題が発生したとしても、影響されない友情を築きなさい」と言ってくれたことが印象に残っています。

 

――その後、中国で起業されたわけですが、なぜこの分野を選んだのでしょうか?  

 

新出 文化創意、キャラクタービジネスを選択した背景としては、大学時代に比較文化を学び、その後、海外のグローバルかつ多様性あふれる環境で仕事・生活をする中で、異文化理解と価値観の違いについてずっと考えてきたという自身の経験があります。なぜ世界で戦争や紛争が発生するのか。突き詰めれば、他者の価値観や考えなどを理解できないことが起因の一つだと思います。

日本と中国では、同じ漢字でも意味の違いから誤解が起きることがあります。違いを知り、それを楽しむことが異文化理解、他者理解の第一歩だと思います。そのような考えから、日中の漢字の意味の違いを融合してキャラクター化することを思いつきました。文化交流と商業活動をキャラクター事業でつなぎ、両国の若者の相互理解、経済や地域の活性化に貢献したいという使命感からこの分野を選び、起業を決心しました。

2019年に清華大学MBAに入学し、起業のシミュレーションや中国のビジネスモデルなどを学ぶ中で、クラスメートや先生方の励ましやアドバイスも、起業をする上で私の背中を押してくれました。その後、清華大学のスタートアップ支援プログラム「x‐lab」に加入し、同大学の傘下にある投資会社TusStarと連携した独自のスタートアッププログラムからもさまざまなサポートを受けながら前に進んできました。

 

――中日の漢字の意味の違いからキャラクターを創作するというのは個性的なアイデアですね。

 

新出 中国と日本は同じ漢字文化圏でありながら、文化や歴史の過程で意味が変わったり、使われ方が変化した漢字が多くあります。「漢字幻獣」は、中国と日本の漢字の異なる意味を融合し、可視化したキャラクター。若者が好きな二次元やファッションの要素を取り入れ、漢字に両国の「文化交流大使」としての役割を付与しました。

例えば、「麻雀」という言葉は日本語ではマージャンですが、中国語ではスズメという意味になります。この二つの意味・素材を合わせて作ったキャラクターが「麻雀小七」です。また、「麒麟」は日本語では動物のキリンですが、中国では神話上の聖獣です。ここから「麒麟優吉」を作りました。

このようなコンセプトで1年かけて三十数個のキャラクターを作りました。まずはそのうち四つのキャラクターの商業化を進めており、そのうち「麻雀小七」と「麒麟優吉」についてライセンス業務を展開しています。この二つをメインとした理由は、まず見た目が分かりやすいため。二つ目は中国伝統の要素を取り入れる「国潮」のブームに乗ることができるから。三つ目は女性好みのかわいい外見だからです。

 

「麻雀」の中日での意味の違いから生まれた「麻雀小七」

 

――もとは違う名称だったそうですが……? 

 

新出 実は当初は、「漢字幻獣」ではなく「漢字妖怪」という名称でした。変更の理由は二つあります。一つは妖怪に対するイメージです。日本では妖怪という概念はポピュラーで、かわいい妖怪のキャラクターもたくさんいますが、中国では邪悪なもの、ネガティブなものという印象が強いそうです。コンペの審査員や学校の先生から「妖怪という言葉をまず変えた方が良い」と何度も指摘されました。

もう一つは、妖怪という言葉を使うと宣伝に影響があったからです。昨年から中国のSNSで発信しているのですが、有料広告を出したところ、システムに拒否されました。問い合わせると、妖怪という言葉が敏感フレーズだからということでした。このような理由から、残念ですが名称を切り替え、商標など各種登録手続き中です。

 

北京の大型ショッピングモール内で行われたキャラクター発表会。児童向け文化・アートイベントとして塗り絵大会を開催し、大盛況だった

 

――なるほど、それも同じ言葉に対する中日の理解の違いの一つですね。ところで、チームにはどのような方々がいらっしゃいますか?

 

新出 今、創始コアチームはメンバー+顧問の4人です。中国でビジネスをする場合、やはり現地パートナーは重要です。私の場合、10年以上の親友で長年自身でも起業をしている信頼できるパートナーがいます。もう一人の創始メンバーは日本人漫画家で、彼も責任感が強く、頼りになる仲間です。顧問の関口貢先生は、サンリオで数十年間アートディレクターをされてきた業界の第一人者。出身地もバックグラウンドも異なる4人ですが、自分たちが面白い、意義があると思うことをし、それを多くの人に知ってもらいたいという共通認識を持っています。

 

――チームの結束の固さを感じます。キャラクター製品の開発についてはどのような状況ですか?

 

新出 まず製品とIPライセンシングの例ですが、今年3月に北京夢景互聯文化発展有限公司(dodowo)という会社とライセンス協力契約を締結しました。同社は2019年設立の急成長中の会社で、ブラインドボックスやフィギュアの制作などをしています。日本人イラストレーターによる大人気の「ハクサイヌ」をはじめとする「おやさい妖精」などのIPも運営しています。同社CEO・阿鹿さんとお話した際、「麻雀小七」のフィギュア化を1時間で決めていただきました。「漢字幻獣」の概念が面白く、「麻雀小七」は中国人と日本人両方が一目で何かと分かる外見で、両者の化学反応や共鳴を生みやすい日中文化差異における代表的なデザインだからということでした。現在、フィギュアの生産に向けて準備中です。

また、「漢字幻獣」のプロデュースと運営以外に、企業向けIPデザインも行っています。最近、中国全土の博物館に販路がある会社と提携し、文化財のキャラクター化とグッズのデザインを行う計画もあります。

 

 

――「漢字幻獣」のフィギュアの完成が楽しみです。開発において難しい点はどこですか?

 

新出 やはりキャラクターの創作です。中国と日本の漢字の異なる意味、全く異なる素材を融合し、さらに若者に好まれる外見にすることが一番難しい点です。ただ同時に、それが市場における差別化を果たし、まねされない強みを形成していると思います。

また、人材の確保とコミュニケーションも課題の一つです。コアメンバーは各キャラクターに思い入れや共通認識がありますが、アシスタント的業務をしてくれる方は、内容やキャラクターに対する理解度が低く、良いものが出来上がってくる可能性が低いという問題があります。ですから、できるだけ事前にコミュニケーションをとることを大切にしています。

 

ぬいぐるみのサンプル品。手前が「麻雀小七」、後列左から「麒麟優吉」「真面目麻吉」「馬鹿丸」。ほぞ継ぎ技術の玩具も商品化に向けて設計の確認中(写真・顧思騏/人民中国)

 

――中国のIPビジネスについて、日本と違うところはありますか?

 

新出 日本は言わずと知れたキャラクター生産国で、キャラクター業界、IPビジネスはさまざまな面ですでに比較的成熟した状態ですが、中国は今まさに成長中です。デザイン面ではそれぞれ特徴があり、レベル的にもそれほど変わらないのではと思います。ただ創造性という部分では、全体的に日本の方が高いかもしれません。中国で流行しているビジネスモデルのほとんどは日本のものを参考にしていますが、中国人の消費習慣に合わせてローカライズもされているようです。

 

――最後に、今後の予定について教えてください。

 

新出 今年10月に上海のライセンスショーに出展します。また、文化の差異をテーマにした動画の作成を進めています。

今後は、キャラクターの製品が市場に上がるタイミングで宣伝活動により力を入れ、ライセンシング業務と製品・販路の開発にも注力していきます。去年できたばかりの会社ですので、「漢字幻獣」に興味を持たれた方、販路や宣伝で協力・提携していただける方を探しています。

来年は日中国交正常化50周年を迎えますので、日中の青年起業家やアーティストの交流会などを開催し、民間交流にも貢献していきたいと思っています。

 

新出さん(右から2人目)は今年7月、北京市大興区で開催された「北京日中イノベーション共同発展会議」に青年起業家の代表として円卓会議に参加した

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