熱くてリアルな新刊イベント

2020-09-28 10:46:58

馬場公彦=文

 仕事柄、よく訪れる場所は書店だ。とりわけ勤め先の北京大学の東門にある万聖書園(店長・劉蘇里)は、宿舎の中関新園からも近く、月に2、3回は訪れる。大学が集中する場所に立地していることもあって、学術書中心の品ぞろえで、学科ごとに整然と配架されている。隣接してカフェがあり、読書空間としても快適である。

 今の中国の大都市の中で、デザインセンスが良く、流行の最先端を行く空間が書店である。大型のショッピングモールに行くと、内装が凝っていて、客が多く集まる書店をよく目にする。単に書籍だけでなく、文房具・工芸品も販売し、カフェや美容院まであったりする。新業態書店と称するもので、日本の代官山蔦屋書店や誠品書店日本橋のような複合型書店に近い。

 聞くと、テナント料が安く場合によっては無料で、商店街が積極的に誘致しているという。大都市の若いニューリッチ層の来客を見込んでいる。大都市の子どものいる家庭は、教育費用が家計の35%を占めており、彼らが来店し、ついでにモール内のほかの商店で買い物をしてくれることを狙っているのである。書店としても、楽しく夢のあるキッズスペースをゆったりと確保して集客を図っている。

 ほかにも新業態書店では欠かせないのがイベントスペースである。本を通して著者と読者が直接出会い触れ合う場所である。中国の出版界には独特のプロモーション方式があって、新刊の刊行直後に、一気にパブリシティーを打つ。生身の著者をとことん露出させ、読者に本と人を認知させるのである。そのための有効な方法の一つが、書店のイベントスペースで行われる、「簽售会(サイン即売会)」である。そこでは多くの場合、著者の講演か、影響力のある推薦者とのトークショーが開かれ、聴衆の質問に答え、サイン会をする。読書界に影響のある新聞やネットのメディア関係者が招かれ、インタビューをし、記事にしてもらう。

 私も単向空間という書店の愛琴海店で昨年10月に加藤周一の『羊の歌』中国語版(翁家慧訳、活字文化刊)のサイン会のスピーカーとして、訳者の翁さん、同書店の創業者の一人である許知遠さんと共に加藤周一の魅力について語った。また、同年12月には拙著『播種人』のサイン会を同書店で行い、万聖書園の劉店長と、本誌の連載でおなじみの劉檸さんと3人で日本の書籍文化について楽しく語り合った。

 刊行直後の書店でのトークショーならば、日本と同じじゃないかというかもしれない。日本と違うのは、イベントに集う人々の熱気である。日本では読書は読者一人一人の孤高の行為とされているせいか、人が集まらない。若者が来ない。来てもカルチャーセンターのように静かに拝聴している。中国の場合は、読者のコアは「80後」・「90後」・「00後」(それぞれ1980、90、2000年代生まれの人々)世代の20~40代の青壮年層である。トークショーで話していると、彼らの体温の高さと視線の熱さを感じる。質問も途切れない。サインの長い列ができる。本を通して著者を知りたい、語りたい、愛読者たちと共感したいという意欲がみなぎっている。

 コロナの感染拡大によりしばし読者イベントは開かれなくなった。だが、ネットを通して各出版社や書店は「直播(ライブ配信)」の形で、本を通した熱い触れ合いのバーチャルな機会を提供している。日本でも最近はツイッター・フェイスブック・インスタグラム・LINEなどのSNSを通して盛んに新刊情報が発信されるようになった。書籍の広告宣伝は、従来の新聞雑誌広告ではなく、日中共に「直播」方式が主流になりつつある。

 

『播種人』の新書発刊トークショー。劉檸(左)さん、筆者(中)、劉蘇里(右)さん。参加者100人限定の会場は読者でびっしり埋まり、熱気にあふれていた(写真提供・単向空間) 

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