ウィズコロナの「放」と「収」

2021-10-29 18:13:50

馬場公彦=文・写真

8月の北京は猛暑続きだが、立秋を過ぎると朝晩は涼しくなり、キャンパスを蜻蛉(トンボ)が飛び交い始めた。夏休みを利用して立てていた旅行計画は、7月下旬からのコロナ感染再拡大の兆しのために、取りやめとせざるを得なくなった。北京から出られないわけではないが、戻るには旅行先での72時間以内のPCR検査による陰性証明が必要になった。旅行中に北京市内の感染が広がれば戻れなくなる恐れもある。

とはいえ、感染者といっても、せいぜい1日20~30人である。8月に入ってから連日1万人を超える日本からすれば微々たる数字だ。だが対策は徹底している。感染者が出たところは、細かくゾーニングしてコミュニティー単位で封鎖措置を取り、そこからの出入りを遮断する。感染者の隔離と治療、全住民を対象にしたPCR検査、地区内の消毒、生活物資の配布などを行う。

通行人のマスク着用率は顕著に高まり、繁華街での雑踏がすっと消えた。私の微信(ウイーチャット、中国版LINE)には早速通知が入り、全国各地の感染地区に感染発生以後に行っていないか、北京での感染者については、当人の立ち寄った複数の場所が明記され、そこでの行動履歴はないか、回答を求められた。

建物に入るときはどんな小さな商店でも入り口で検温と健康コード、場合によっては行程カードの提示が求められる。健康コードには緑色で表示される異常なしの健康状態、PCR検査の陰性証明、ワクチンの接種履歴などの情報が盛り込まれ、行程カードは過去14日間の北京以外の旅行履歴が記載されており、感染地区でなければ緑色で表示される。携帯のアプリに搭載されてQRコードをスキャンして表示するから手間はかからない。全国のワクチン接種は、8月中に20億回に達した。北京大学の体育館には「コロナワクチンを接種して共に免疫の長城を築こう」という標語が掲げられている。

今回、深刻ではないとはいえ感染拡大を体験してみて実感した。中国は厳しい防疫措置が奏功して日常生活を取り戻したかのように見えて、感染爆発の危険は消えていない、アフターコロナではなく、ウィズコロナなのだと。

ただ政府も国民も、コロナリスクの中の日常と非日常のモードを変幻自在に往来する。「放(弛緩)」と「収(抑制)」を巧みに使い分けて生活と健康を維持しているのだ。

今は非常時にありながら、レストランも映画館も通常営業している。東京オリンピックの開催には内心反対だったが、いざ始まるとテレビに釘付けになってしまった。安倍前首相が開催の大義として掲げた「人類がコロナに打ち勝った証し」はすでに看板倒れだが、「人類がコロナの中でも開催できた証し」くらいの看板の書き換えはしてもよいのではないか。当分の国内旅行を諦めた代わりに、朝のジョギングはいつもの円明園コースを離れて、同じ海淀区内の三山五園という、緑地面積だけで50㌶(東京ドーム10個分)の広大な公園群を走り回った。その中にビルや住宅地はなく、感染のリスクはない。

「放」であろうが「収」であろうが、北京で変わらない光景がある。優に1㍑は入る茶や水の入った大きな保温瓶を下げて建設現場に向かう作業員、オート三輪で道路を縦横無尽に縫う宅配業者、商店・コミュニティー・公共交通機関などで目を光らせる警備員、並木の手入れやごみ処理にいそしむ清掃員らが働く姿である。彼らのようなエッセンシャルワーカーがいて、平常時も非常時も北京での活気ある生活は維持されている。いわば大都市の毛細血管のような存在であることを、コロナと向き合う生活は改めて教えてくれた。

 

早朝6時、現場に向かう作業員たち。8月24日、北京大学東門交差点にて

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