映画『長津湖』迫真のリアリズム

2022-02-11 15:06:36

馬場公彦=文

寒風が肌に冷たく冬枯れた景色が続く北京市東北の郊外、北京大学からバスを乗り継いで2時間のところに中国電影博物館がある。電影博物館は上海・西安・長春などにもあって、参観したことがあるが、北京はさすがに東京ドームを一回り小さくしたくらいの巨大な施設である。ここは2007年にオープンしたもので、1階のテーマ展示のほかに、2階から4階まで、アニメ・児童・科学教育・香港澳門(マカオ)・台湾映画など20もの展示室がある。丸一日かけて中国映画100年の歴史を学び堪能した。

この博物館には六つの映画館が併設されていて、たまたま見たかった『長津湖』が上映されていた。意を決して176分の長編戦争映画を鑑賞した。

戦争映画といえば中国映画の主要なジャンルの一つで、日中戦争(抗日戦争)と国共内戦に題材を取ったものが圧倒的に多い。ただ日本では中国映画祭などで単館上映されたものを除けば、本格的に劇場公開されたのは『紅いコーリャン』(1987年)と『鬼が来た!』(2000年)くらいしか思い当たらず、なじみが薄い。

『長津湖』は朝鮮戦争での中米の激戦を描いたもの。昨年9月末に公開されてから2カ月足らずで57億元(1016億円)という中国映画史上最高額の興行成績を収めた。全編オールロケで、撮影チームは7000人、エキストラは7万人、制作会社の一つが中国人民解放軍の八一制片廠であることから、2000人規模の兵士も出演に加わり、製作費は13億元(232億円)という超ど級のスケールだ。

中国人民志願軍が勇敢で自己犠牲をいとわない英雄として描かれているのは、愛国主義を強調する中国の戦争映画の伝統的描写に沿ったものである。一方、圧倒的に戦力に勝る国連軍(米軍)は陰険さと怯懦が印象に残る。

しかし戦闘シーンの表現はハリウッドの戦争映画さながらだ。私が見た映画で言うと『地獄の黙示録』『プライベート・ライアン』『ブラックホーク・ダウン』などを思わせる。特撮技術が駆使されて、敵、味方、時には発射された爆弾と、視点が目まぐるしく移る。大作映画で知られる陳凱歌、武侠特撮映画の徐克、警察アクション映画の林超賢の3人が共同監督を務めている上に『戦狼1・2』で監督を務めた呉京が主演の連隊長を演じている。

何よりもその迫真のリアリズムを体感したのは、身を凍らせるような戦場の寒さの描写である。実際に海抜1000㍍を超える長津湖での激戦は1950年11月27日から28日間続き、記録的寒波で零下40度に達していたという。しかも兵団は元来、台湾解放のために渡海戦役の待機をしていた部隊が朝鮮への緊急参戦となった。そのため薄着の軍服しかなく、米軍に制空権を握られて糧道が絶たれ、凍ったバレイショで飢えをしのぐしかなかった。戦闘態勢のまま凍死し氷の彫像のようになった中国兵士たちを退却する米軍が峠で目撃するラストシーンも、調べてみると史実に沿ったものらしい。

朝鮮戦争となると日本人としても無関心ではいられない。すると年末から『鴨緑江を越えて(跨過鴨緑江)』が公開されるというニュースが飛び込んできた。こちらも朝鮮戦争を扱った154分の大作で、開戦から停戦前夜まで戦史をなぞるような内容だ。当分は中国映画から目が離せそうにない。

 

『長津湖』は中国電影博物館の映画館で見た

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