早起き旅ランで生活のにおい体感
本誌コラムが連載50回の節目を迎えた。その間、新型コロナ感染拡大による一時休載はあったが、2019年に来華してから5年余りの北京暮らしで毎回話題に事欠くことがなかったのは、日々、新たな出会いや刺激的な出来事に恵まれているから。職場の同僚や、気の置けない友人たちの配慮がその支えになっている。読者のほか、彼らにもこの場を借りて改めて感謝したい。
とはいえ、ここは肩肘張らずに、いつもの生活雑記風に赴任後の来し方を回顧してみたい。すると、この5年間、ずっと変わらぬ生活習慣として、隔日早朝ごとに実践しているジョギングに思い当たった。
ここ北京だけでも、紫竹院、玉淵潭、円明園など界隈の公園を中心に十数カ所のジョギングコースがある。そのほか、出張や観光旅行で地方都市を訪れるときは、必ずバッグにジョギングウエアとシューズを詰めて、宿泊先での早朝1時間ほどのジョグを欠かさない。ホテルにチェックインしてまずやることは、ネット地図で付近の公園や河川をチェックし、翌朝のコースのプランニングだ。
中国の市街地では、どこも歩行者専用の緑道が整っていて、公園の規模は大きく、大半の河川には遊歩道や親水公園の中に、公衆トイレが設置されている。安全な環境の下で、安心して街のパノラマ風景を視界に収め、住民たちの相貌や服装や身のこなしを観察し、生活のにおいを体感する。私にとってジョギングは、公式旅行ガイドに依存しない「打卡景点(映えポイント)」探しの強力ツールだ。
そこで、過去のジョグノートをひもといて、北から南へと、各地の映えポイントを紙上走破してみよう。
ハルビン(哈爾濱)(2024・8・31) ホテルのある松花江北岸の松北区は20年程前にハルビンを訪れたときは一面の農地だった。高層ビルの立ち並ぶ新市街を抜けて松花江に架かる陽明灘大橋へ。橋は全長10㌔あり往復する時間がない。広大な中洲の中の氷雪大世界や太陽島を眺めて引き返す。
延吉(23・7・7) ブルハトン(布爾哈通)川支流の全長200㍍程の水上市場には、薬草・キノコ・白酒など地元の物産が並べられ、朝鮮料理の食堂が軒を連ねる。市場を拠点に河をさかのぼると、路上での露店売りに出くわす。犬を散歩させる市民も多く、豊かな暮らしがしのばれる。
長春(24・10・11) ホテル近辺の南湖公園を周回。偽満期に日本人によって造られた公園。11年前に出張で訪問したときも走った。変わっておらず、懐かしさが募る。10月上旬だというのに木々の紅葉が始まっていた。
大連(23・10・15) 旅順海岸を大連市街に向かってジョグ。海側の海鮮市場ではウニ・サザエ・ナマコ・イクラがとびきり安く、エイやアナゴが干物になっていて、沿海は豊富な漁場であることが分かる。道路には海水浴場、遊園地、遊覧船乗り場が続き、反対側には戸建て別荘が立ち並ぶ。
唐山(23・10・29) オフシーズンのビーチリゾートホテルの周囲は閑散として、ビーチも一部を除きフェンスで覆われ立ち入れない。日曜日で開いてない海鮮市場、人けのない定期船の波止場まで、時折ダンプカーが走り抜ける海岸通りを、うろつく野犬を刺激しないように走る。
青島(24・12・22) オーシャンビューのホテルを出て、松林の中にドイツ風の美しい近代建築が点在する八大関を起点に、海岸沿いに設けられた木製の桟道と石段の浜海遊歩道を赤い炎のモニュメントで知られる五四広場まで往復。遊歩道の全長は40㌔余り。快晴の冬の海は波穏やかで、多くの漁船が出漁している。絶景のなか多くのジョガーと行き交う。道すがら昼飯時の海鮮料理店をチェック。
開封(24・5・18) 開封は北宋の都汴京。とはいえ黄河の氾濫などで失われた都城の面影はなく、往古の繁栄は市街にある清明上河公園でわずかに再演されている。城壁の一部が汴京公園として保存されているが、ジョグするほどの長さはない。休日とあって大勢の市民が散歩を楽しんでいる。
西安(21・7・6) 玄宗皇帝の宮殿のあった興慶宮遺跡は宿泊先の西安交通大学の向かいにあり、21年に新たに整備され開放された。園内をジョグしてみると遣唐使として唐朝の高官にまでなり長安で没した阿倍仲麻呂の記念碑が建てられていた。碑面には「天の原 ふりさけみれば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも」の歌が鄧友梅の訳詞「翹首望東天 神馳奈良辺 三笠山頂上 想又皓月円」として刻まれている。市内にはほかにも青龍寺の境内にここで密教を修めた空海の記念碑が建てられており、国際色豊かなにぎわいが同胞の労苦とともに想起されてくる。
鎮江(23・5・2) ホテルのある金山湖湖畔の百花繚乱の遊歩道を周回。白蛇伝で知られる金山寺を望む。
南京(24・11・2) 宿泊先のホテルは閑散とした栖霞区にあり、地図を見ると近くに鍾山風景区がある。そこまでひたすらだだっ広い道を走る。ようやく公園の入口にたどり着くまでに5㌔を要し、山に分け入ることなく引き返す。前日に南京大虐殺遇難同胞記念館を参観したためか、いっそう足が重苦しい。
無錫(23・12・17) 外気温はマイナス2度、太湖から吹きこむ風は冷たい。湖北部の内湾に突き出た黿頭渚風景区をぐるっとジョグ。レイクサイドホテルや別荘が立ち並ぶ。太湖名物のすっぽん料理への食欲が湧いてくる。
上海(23・5・3) 上海でのジョグは何といっても黄浦江沿いの外灘(バンド)。旧市街側の西洋レトロ建築と対岸の浦東の新市街摩天楼群を見比べながら、ガーデンブリッジを起点にいつもの河口への右方向とは逆に、左方向を走る。遊歩道はどこまでも続き、渡船乗り場、倉庫、カフェなど見飽きない風景が次々と展開し、折り返しすきっかけが見つからない。
杭州(23・11・3) 杭州が中国で最も好きな都市の一つであるのは、何といっても西湖周回ジョグの楽しみがあるから。蘇堤を通って湖を縦断するためにはひしめく観光客を避け早朝のうちに走り終えておかねば。孤山に立つ雷峰塔が絶景ポイント。杭州は1400㌔に及ぶ京杭大運河の起点でもある。運河沿いに切られた親水道路をジョグすると、上り下りの貨物船を眺め、河沿いに立ち並ぶ民家の生活感を満喫できるのも楽しい。
銅仁(24・8・26) 貴州省山間の村、万山鎮にはかつて2002年に閉山するまで最盛期には5万人が暮らしていた、朱砂と水銀を採掘する巨大な鉱山があった。当時の炭鉱街を再現した山道をジョグすると講堂・野外集会場・商店・映画館・手工工場などが立ち並び、人民公社時代にタイムスリップしたようなレトロ感覚に襲われる。
福鼎(24・5・11) 福建省北部の港町で白茶の集積地としても知られる。ホテル前に流れる桐山渓の右岸の河川敷を河口に向かってジョグすると徐々に川幅が広がっていく。海港ははるか先だが漁船が多く停泊していて、潮風が薫る。翌日は上流に向けてジョグすると5㌔ほどで山に突き当たり川はにわかに渓谷の様相を呈する。海岸部に山が迫る福建の地勢を体感する。