七夕

2022-08-04 17:05:54

姚任祥=文

七夕節(旧暦7月7日)は、中国人にとって最もロマンチックな祭日だ。「節」「女児節」とも呼ばれ、数少ない女性が主役の節句でもある。 


愛の神話 

七夕は、織姫(織女)と彦星(牛郎)の切ない愛の神話に始まる。二人の名前は、早くも周代(紀元前1046~同256年)の『詩経』に登場する。だが、すでに神格化されていたとはいえ、星宿(古代中国の星座)として崇拝されるだけで、まだラブストーリーにはなっていなかった。七夕は前漢時代(紀元前206~25年)に普及したと考えられており、その頃に織姫と彦星の物語も切ないラブストーリーとして定着した。 

その後、織姫と彦星の愛の物語は2000年以上も語り継がれ、地方によってさまざまな翻案版も生まれた。台湾は昔、農業社会だったため、その織姫と彦星の物語には、恋愛をしても仕事は怠ってはならないという若者に注意を促す意味も含まれている。 

その物語とは――織姫は玉皇大帝(道教の神様)の7番目の娘で、美しい上に手先も器用で、神々が住む天庭のために毎日きらびやかな錦の雲を織っていた。一方の彦星は放牧と農業を司る神だった。玉皇大帝は彦星のまじめな働きぶりを見て、織姫の結婚相手に選んだ。 

しかし二人は結婚後、仲睦まじくするばかりで次第に働かなくなってしまった。これはいけないと思った玉皇大帝は、二人に今後は7日に一度しか会わず、残りの日は仕事に精を出すよう、カササギを使いに出して命じた。ところが、そそっかしいカササギは、織姫と彦星に毎日一度は会ってもよいと伝えてしまった。 

さあ大変。さらに愛情を深めた二人は、ついには仕事を放り出してしまった。これを知った玉皇大帝は激怒。今後、織姫と彦星は7月7日の年に一度しか会ってはならないと命令。かんざしで天に境界線を引き、二人をその東と西に離れ離れにしてしまった。この境界線が天の川だ。 

玉皇大帝は、この慌て者のカササギに罰として、7月7日の晩に仲間を呼び集め、天の川にカササギの翼で橋を架け、織姫と彦星がその橋を渡って年に一度会えるよう命じたのだった。 


少女の願い 

七夕の物語は節句の風習にも反映されている。だが、男女のロマンチックな愛を語るというよりは、少女たちの願いを多く表している。結婚前の娘たちは、織姫のように裁縫が上達することを祈り、七夕の夜に織姫を祭る。この風習を「乞巧」という。地方によって多少異なるものの、七夕には決まってこの「乞巧」の儀式を行う。 

南朝・梁(502~557年)の文人・宗懍の『荊楚歳時記』に「是夕、人家婦女結彩縷穿七孔針、或以金銀愉石為針。陳瓜果于庭中、以乞巧、有喜子網于瓜上、則以為符応」(七夕の日、家々の女性は、7本の針に糸を通したり、金銀や玉などを針にしたりする。また果物を中庭に供え、上手になるよう願をかけ、果物にクモが糸を張れば願いはかなう)とある。このように「穿針乞巧」(裁縫の上達を願う)儀式は欠かせず、娘たちは色とりどりの糸を7本の針に通し、上手に通すことができれば器用だとされた。 

  

少女の絵があしらわれた鏡台と乞巧に使われる赤い糸と針 

また、「穿針乞巧」から「巧菜秀巧」「喜蛛応巧」といった風習も生まれ、少女たちは裁縫だけでなく、料理や手仕事の腕を競い合ったりもする。そして、織姫に供えた果物にクモが巣を張れば、織姫が願いを聞き入れた証しとされた。 

  

七娘(織姫)を祭る際に果物と一緒に供えられるかわいらしい人形(vcg) 

  

七夕のお菓子 

中国人の年中行事に食は欠かせない。七夕にもその節句特有の食べ物がある。 

その一つが巧果だ。これは「乞巧果子」の略称で、その名の通り乞巧のために食べるお菓子のこと。七夕を代表する食べ物だ。北宋(960~1127年)の文学者・孟元老の『東京夢華録』には、巧果の作り方や味が詳しく記されている。当時の人は、1斤(約500㌘)の巧果を買ったら、半分を屋根の上に投げて織姫に供え、残った半分をみんなで分けて食べていたそうだ。 

台湾では、確か中学の家庭科の授業で巧果の作り方を習う。材料は中力粉110㌘に卵1個、砂糖30㌘、黒ゴマ30㌘とサラダ油少々。 

作り方は、まず砂糖を鍋でペースト状になるまで煮詰める。そこに中力粉と卵を入れ、さらに香りを引き立たせるために黒ゴマとサラダ油を加え、よく混ぜる。練り上がったら麺棒で薄く伸ばす。これが薄ければ薄いほどおいしい。この薄皮を小さな長方形に切り分け、一つ一つに切り込みを入れてねじり、最後に油で黄金色になるまで揚げれば出来上がり。冷ましてから食べると、サクサクした食感がたまらない。 

もう一つは軟粿だ。軟粿は台湾の七夕祭りで、七娘(織姫)に供える特別なお菓子だ。もち米粉を練り丸めて作るため、外見は湯円(日本の白玉団子)とよく似ているが、大きさは湯円の倍ほどもある。もち米粉を丸めたら平たくし、その真ん中を親指で押してくぼみを作る。 

なぜこんな形なのか。それは、年に一度しか会えない織姫と彦星の再会と一家団らん(団円)を湯円が象徴し、真ん中のくぼみは、別れを悲しむ織姫の涙を入れるため――とされている。 

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