新しい発展遂げる今年の中国経済

中央経済活動会議が昨年12月10日から11日にかけて北京で開催された際に、中国共産党中央委員会総書記・中国国家主席の習近平氏は講演を行いました。
その中で、新たな成長エンジンの育成・強化を加速し、教育・科学技術・人材発展の一体推進計画を策定するために、北京(京津冀)、上海(長江デルタ)、粤港澳大湾区(広東・香港・マカオグレーターベイエリア。広州、仏山、肇慶、、東莞、恵州、珠海、中山、江門の9市と香港、両特別行政区によって構成される都市クラスター)のそれぞれに国際科学技術イノベーションセンターを建設するという方針に、最も大きな興味を持ちます。
日本の経験を回顧させてください。日本において最も成功を収めた、あるいは、唯一成功したイノベーションセンターは、1976年に設立された超LSI共同研究所でした。
「超LSI」とは「very large-scale integration」の訳で、トランジスター(transistor)やダイオード(diode)などの素子を10万~1000万個集積した半導体集積回路(integrated circuit、 IC)のことです。
超LSI共同研究所は、米国IBMに対抗して「将来のコンピューター・システムの要となる超LSIを開発する」という目的で、富士通、日立製作所、三菱電機、NEC、東芝などの日本企業が共同研究する機関として、日本政府によって76年に設立されました。異なる民間企業の研究者が一堂に会して研究を共同で行うのは当時珍しく、世界でも初の試みでした。
超LSI共同研究所は、各メーカーから集まった研究者が最も多い時でも100人ほどの小さな組織でした。しかし、そこでの共同研究は、非常に多くの成果をもたらしました。
例えば、世界最先端の1MビットDRAMの大量生産技術、製造歩留まりの大幅な改善、クリーンルームやCADなど製造インフラストラクチャーの国産化、技術人材の育成と国内エコシステムの形成などです。こうした共同研究の成果により、日本の半導体産業は、80年代後半から90年代初頭にかけて、生産額が世界シェアの50%以上を占めるという黄金時代を迎えました。
また、超LSI共同研究所で新たに開発された可変寸法矩形方式の電子ビーム描画装置は昨年末時点でも高速描画に欠かせない標準的な技術となっています。こうした技術のおかげで、日本の半導体産業が衰退しても半導体製造装置産業は昨年末時点でも大きな世界シェアを維持し、中国にも米国にも半導体製造装置を大量に輸出しています。
しかし、超LSI共同研究所の画期的な成功は、米国にとって「ミニ真珠湾奇襲」でした。米国政府は日本政府に外交的圧力をかけ、日本にとって屈辱的な日米半導体協定を86年に締結しました。その結果、日本は国内で利用する半導体の20%を米国から輸入する義務を負わされた上に、日本の半導体メーカーは自社製品の価格を自分で設定することができなくなり米国政府が決める価格でしか販売できなくなりました。また、米国政府は超LSI共同研究所を模した官民融合の半導体研究機関を比較にならないほど大きな規模で設立し、米国が先端技術でリードし続ける体制を整えました。
結果として日本の半導体産業は衰退し、かろうじて半導体製造装置産業が生き残っているだけです。日本政府は、超LSI共同研究所のような半導体開発プロジェクトを日米半導体協定が失効した96年まで一度も実施することができませんでした。結局、日本政府は独自技術による半導体国産の復活を断念し、2022年に米国IBMからの技術支援によって先端半導体製造受託会社のラピダス(Rapidus)を設立し、24年に台湾地区TSMCの工場を日本国内で開業させました。
超LSI共同研究所の所長を務めた垂井康夫氏は、「米国の通商政策がなければ、現在でも日本は半導体分野で高いシェアを保ち、世界をリードしていたのではないか。22年に国策で設立した先端半導体製造会社のラピダスも、今よりも進んだ高度な技術水準の上で、技術開発に取り組むことができたのではないかと残念に思う」と述べています。
こうした日本の経験からすると、中国が国際科学技術イノベーションセンターを3カ所で設立し互いに競わせることで、大きな成果がもたらされることが期待されます。しかし、米国を極度に警戒させ、三つのイノベーションセンターへの外交的そして経済的な圧力をかけてくることが予想されます。
超LSI共同研究所は、米国の学会との交流に熱心ではなく、外国人による施設見学を一切許さなかったため、米国内で根拠のない疑心暗鬼を生じさせ、日米間の半導体交渉を厳しくしてしまいました。
国際科学技術イノベーションセンターは、名称が「中国」ではなく「国際」で始まるのですから、日本や米国を含む諸外国との研究交流を活発に行い、外国人の施設見学を許し、さらに諸外国の研究者を招き入れることで、国際科学技術イノベーションセンターにおける研究成果を事実上の世界標準とすることを期待します。
中国の四大発明である火薬、羅針盤、印刷術、製紙法は、どれも事実上の世界標準となって人類共有のテクノロジーとなり、世界の発展を支えてきました。国際科学技術イノベーションセンターが生み出すテクノロジーが事実上の世界標準となって人類共有のテクノロジーとなり、将来の世界の発展を支えることを期待します。
第二に、制度型開放を着実に推進し、サービス分野の自主的な開放を秩序よく拡大させ、自由貿易試験区の配置の最適化を推進するとしている点に注目します。
日本の経験からすると、中国経済の外需依存度を低減させ内需依存度を向上させるためには、逆説的に思えますけれど、サービス分野の対外開放を進めることが役立ちます。
中国にも既に外国からサービス企業が数多く進出しています。しかし進出できる分野が限定されている上に、進出しても中国企業と完全に対等な立場であるとは言えない点が残されています。
北京、上海、広州、深圳、重慶、成都などの巨大都市の周辺部だけでなく都心部にも自由貿易試験区を配置し、外国のサービス企業が自由に進出して中国企業と完全に対等な立場で競争ができるようにすることで、中国のサービス産業は飛躍的に発展することが期待されます。サービス産業は製造業に代わる雇用の受け皿ですから、サービス産業の発展によって雇用環境の向上が期待されます。
さらに、重点任務の第一として「内需主導を堅持し、強力な国内市場を構築する」が掲げられており、そこで「民間投資の活力を効果的に喚起する」と述べられている点にも注目します。
日本が「失われた十年」を3度も繰り返したのは民間投資が活力を失ったからです。民間投資の活力を喚起するためには、安定的な投資環境を整え保証することが必要です。予想できない突然の制度変更は民間投資の活力をそいでしまいます。政府は、民営企業との対話を重ねながら、制度変更を事前に周知させることが必要です。
また、「都市更新を高品質で推進する」と述べられている点にも注目します。超高層ビルディングを林立させることが高品質な都市更新なのではありません。暮らしやすさと働きやすさとを共存させることこそが高品質な都市更新です。
中国の経済規模は購買力平価で測ると既に米国を超えて世界最大となっています。今年は量だけでなく質の成長を図ることで、中国経済は新しい形での発展を遂げる方向に転換していくだろうと考えます。
プロフィール
田代 秀敏(たしろ ひでとし)
経済学者。一橋大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科博士課程単位取得退学(経済学修士)。日興コーディアル証券国際市場分析部部長、大和総研主任研究員などを経て現在、Terra Nexus Project Management Services最高経営
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