人工知能開発の日中比較
人工知能(AI)の開発を巡って世界の主要各国が激しく競争している。その競争の先頭を走っているのは実は中国である。実際、カリフォルニア州サンノゼ市のシリコンバレーは米国最大のイノベーション・センターであるが、そこのAI業界では中国語が席巻しており公用語と言えるほどに浸透している。

これは、中国テック・ビジネス専門メディアである36Kr Japanが昨年11月14日に報じた記事「米メタ社員『孤立』嘆く『会議でも中国語が飛び交う』、シリコンバレーの裏で進む言語と技術の逆転」による。
同社が日本経済新聞社と提携しているにもかかわらず、記事の衝撃的な内容は日本であまり注目されなかったので、要点を紹介しよう。
Facebookを運営する米国メタ(Meta)社で、AI開発チームはマネジメント層を含むほとんどが中国人で、日常のコミュニケーションだけでなく正式な会議でも中国語が頻繁に使われている。メタのAI部門の中核チームでは中国人と米国籍華人の比率が増え続けており、昨年6月末に「スーパーインテリジェンス研究所」を設立して以降は、中国出身のトップAI人材を大量に採用している。
こうした傾向はメタに限ったものではない。OpenAI、グーグル(Google)、エヌビディア(NVIDIA)、アンソロピック(Anthropic)といったAI開発でトップクラスの企業でも、AI開発チームにおける中国人研究者の割合は非常に高い。AI分野での中国人コミュニティーの技術力そして密度は、新たな「中華系AIネットワーク」を既に形成していることを反映している。
中国のAIモデルは、米国のAIモデルよりも安価で、使い勝手が良く、高性能なので、米国のAI開発ツールでも中国のAIモデルが使い始められている。
記事は最後に「シリコンバレーのAI業界で中国語話者の浸透が進んでいることの背景には、中国発のAIモデルの影響力が着々と拡大しているという現実を浮き彫りにしている」と結んでいる。
中国のAI開発がこれほどに成功している理由は、第一に中国が圧倒的に豊富なデータを国内で保有していることである。
実際、中国のインターネット利用者数は約11億人であり、日本の約1億2000万人そして米国の約3億3000万人を大きく引き離している。「データは21世紀の石油である」と言われる通り、データはAI開発の競争における優位を決定づける最も重要な経済的資源である。この点で中国は他国を圧倒する環境を持っている。それに対して、日本は総人口が中国の10分の1未満であり、データの量の不足がAI開発において中国の後塵を拝している最大の原因となっている。
第二の理由は、政府によるトップダウンの国家戦略が機能していることである。
中国では、2017年に国務院が「次世代AI発展計画」を発表した。「AIは未来をリードする戦略的技術である」と明記し、「AIの発展を国家戦略のレベルに据えて系統的な配置そして主体的な計画を行い、AI発展の新たな段階の国際競争における戦略的主導権をしっかりと握り、競争の新たな優位性を創出し、発展の新たな伸び代を開拓し、国の安全を効果的に保障する」と述べ、AI開発を国家戦略として推進することを定めている。その上で、30年までに中国を「世界の主要なAIイノベーションセンター」にするという目標を掲げ、具体的なロードマップを設定した。
さらに同計画は、「AIは経済発展の新たなエンジンとなっている」と明記し、AI開発を中国経済の成長と発展の中核的基盤として進めることを宣言している。
少し長くなるが歴史的な意義があるので引用する。「AIは新しい産業変革における中核的な駆動力として、過去の科学技術革命と産業変革により蓄積された巨大なエネルギーをよりいっそう放出するとともに、新たな強大なエンジンを創造し、生産、分配、交換、消費など経済活動の各段階を再構築し、マクロからミクロまでの各分野におけるスマート化の新たな需要を形成し、新たな技術、新たな製品、新たな産業、新たな業態、新たなモデルを生み出し、経済構造の重大な変革を引き出し、人間の生産・生活方式および思考モデルを著しく変化させ、社会的生産力の全体的な躍進を実現する」と同計画は述べ、蒸気機関が18世紀から19世紀にかけての産業革命をけん引したようにAIが21世紀の産業革命をけん引することを明確に展望している。
さらに同計画は「中国経済の発展は新常態(ニューノーマル)に入り、サプライサイド構造改革深化の任務は極めて困難であり、AIの高度な応用を早急に推進し、AI産業を育成し強大化させ、中国経済の発展に新たな原動力を注入しなければならない。AIは社会建設に新たなチャンスをもたらしている。中国はまさに小康社会(ややゆとりのある社会)の全面的建設における正念場にあり、高齢化、資源・環境の制約といった試練が依然として厳しく、教育、医療、介護、環境保護、都市運営、司法サービスなどの分野におけるAIの広範な応用は、公共サービス的確化の水準を極めて大きく向上させ、人民の生活の質を全面的に向上させる。AI技術は、インフラおよび社会の安全な運営の重大な状況について正確な認識、予測、早期警戒を行い、集団の認知的および心理的変化を速やかに把握し、能動的に意思決定反応を行い、ソーシャルガバナンス能力および水準を顕著に向上させ、社会の安定の効果的な維持に代替不可能な役割を果たすことができる」と述べ、AIが新しい経済のエンジンであるだけでなく、小康社会の全面的建設のエンジンであるとしている。
AI開発を、これほど高度かつ長期の観点から国家発展の基礎としている宣言は、中国以外のどの国でも出されていない。
それに対して、日本ではAI開発そのものの国家戦略はなく、常に半導体製造と一体のものとされ、AIそのものの開発よりもAIをロボットに実装するAIロボティクスの開発が主眼となっている。
実際、昨年11月10日に開催された第1回日本成長戦略会議で示された「総合経済対策に盛り込むべき重点施策」において、AIは単独では取り上げられておらず、「AI・半導体」という形で半導体と必ずペアで取り上げられている。
今年3月10日に開催された第3回日本成長戦略会議で示された「戦略17分野における『主要な製品・技術等』について」では、「AIにおけるフィジカル分野の重要性が高まる中、AIをロボットに実装するAIロボティクス等の多用途ロボットを中心に市場が拡大(2040年に約60兆円)」そして「製造業等の豊富なデータや産業ロボット等の技術基盤を活かし、ロボット・主要部品・AIモデルの開発を進める」と述べ、AI開発はロボット産業振興の補助手段として位置付けられている。
そもそも日本でAI開発が政策として唱えられるようになったのは、22年11月30日に米国OpenAI社がChatGPTを公開して以降である。AI開発は、従来の産業政策を変更するのではなく、支援するものとして、推奨されてきている。またAIモデルを独自に開発することよりも、ChatGPTなどの米国産のAIモデルを導入することが主眼とされてきている。
AI開発は、中国では国家発展戦略の中核に位置付けられており、対照的に、日本では経済成長戦略の一つの駒として位置付けられている。その違いがAI開発の日中間の格差を量的にも質的にも決定的に拡大している。
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