現地で見た科学技術の発展

2026-08-28 10:11:00

文=田代秀敏 写真=VCG

「なぜ財布を携帯しているのですか?」と上海浦東空港の通関の係官は私に質問した。東京へのフライトに乗るための通関手続きをしていると、係官が私の黒く長い財布を手に取って、紙幣と硬貨とが入っているのを確かめると、真面目な表情で私に「なぜこれを携帯しているのですか?」と質問した。「日本では紙幣も硬貨も必要なのです」と私が答えると、驚いた係官は「真的?」(本当ですか?)と言った。2023年11月のある日のことであった。 

新型コロナウイルス感染症のパンデミックを挟んで4年ぶりに訪れた上海は、私の想像をはるかに超えてデジタル化されていた。町並みはそれほど変わっていなかったので、デジタル化の進展がかえって印象的であった。 

支払いに現金が使われなくなるキャッシュレス化は、パンデミック以前にも中国で大きく進んでいた。しかし、1910月に訪れた北京では、高速道路の料金は現金で支払うなど、キャッシュレス化されていない場面がいくつもあった。料金所の前で、現金を持っていない者が自動車を降りて後ろの自動車まで歩き、アリペイ(支付宝)やウイーチャットペイ(微信支付)を使って現金を売ってもらって、それで料金を支払うという光景を見掛けた。 

ところが、2311月の上海では、高速道路の料金所に掲げられたQRコードを自分のスマートフォンで読み取り、アリペイあるいはウイーチャットペイで料金を支払うようになっていた。支払うために停車する時間が大幅に短くなり、料金所で行列する時間も大幅に短くなっていた。 

上海へ招聘しょうへいしてくれた地元の人は、支払いが比較的に少額であればアリペイやウイーチャットペイを使って決済し、ある程度以上の大きな金額の支払いにはクレジットカードを使うなど、決済手段を使い分けていた。しかし、現金を使う光景は一度も見なかった。「財布を持ち歩いていますか?」と私が尋ねると、「カード入れは持ち歩いているけれど、随分と以前から財布は持ち歩かなくなりました」と答えてくれた。 

そのとき上海で「雲知声(Unisound)」というAI(人工知能)企業のオフィスを見学させてもらった。この企業は、インテリジェントな音声認識とそれに関連するAI技術、そしてIoT人工知能サービスに焦点を当て、独自の技術を開発していた。具体的な開発成果として、業界初の車載規格音声AI半導体を見せてもらった。 

「雪豹01」と名付けられた半導体は、完全に自主的な知的財産権を確立しており、オフラインでもオンラインに匹敵する自然言語処理ができると表示されていた。既に中国の自動車メーカーだけでなく外国の自動車メーカーの中国法人にも供給しているとのことであった。外国への輸出は考えておらず、巨大な国内市場だけに供給するとのことだった。 

12年の創業から十数年でAI半導体を完全自主開発するまで発展してきた事業の資金繰りを尋ねると、将来の供給先である製造業企業から融資を受けているとのことだった。融資した側は開発を成功させるために技術や情報を積極的に提供するから、開発が進み、融資が増えれば増えるほど開発は加速される。かつての日本のような企業内での垂直統合に基づく研究開発ではなく、企業間での水平統合に基づく研究開発が巧みに進められていることが垣間見えた。 

この企業では集合住宅を管理するAIも開発していた。例えば、住民が地下の駐車場で自動車から降りると、部屋のエアコンが最適に作動し、部屋に入るときには最適な気温となるように自動的に制御するAIで、集合住宅全体を管理しようという構想であった。住民が室内にいても、食事をしたり、テレビを見たりすると、その状況に最適な照明が自動的に設定され、就寝している間も時刻ごとに最適なエアコンディショニングが自動的に設定されるようにするとのことだった。中国も日本と同じように高齢化が進んでおり、しかも単身での居住も増えているから、AIによって集合住宅を管理し、快適な住環境を自動的に管理することは、社会に有益だろう。 

オフィスの見学コーナーの他のスペースには、コンピューターデスクが所狭しと並べられ、若いプログラマーたちが一心不乱にキーボードをたたいていた。上海の他に北京、深圳しんせん、廈門(アモイ)にも拠点があるとのことだから、全体として大規模な開発が急速に進められていることになる。 

24年4月に北京を訪れた。高速道路の料金は、日本と同じように電子料金収受システム(ETC)で自動的に支払うようになっていた。19年に訪れた際には、料金所の係官に現金で料金を支払っていたのだから、5年以内にETCが完全に主流になっていた。 

北京で驚いたのは、都市全体の交通体系が一元的に管理されていることだった。交差点の信号には、あと何秒で赤から青へ変わるのかが表示されているのだが、走行している自動車の中で見ているスマートフォン上のナビゲーションアプリケーションにも全く同じ秒数が表示されていた。アプリケーションには、現在どこを走行しているのかがリアルタイムで表示されているだけでなく、目的地へ行くための最適なルートが自動的に表示されていた。そのまま直進すると渋滞に巻き込まれてしまうことを予測すると、別のルートで走行時間が最短なものを提案してくれていた。中国独自の全地球測位衛星システムである「北斗衛星測位システム」が提供する位置情報は、米軍のGPSが提供する位置情報よりも桁違いに正確であった。 

日本人の知人と北京の国貿エリアにあるレストランで待ち合わせした。国貿エリアまでタクシーで行き、ウイーチャットでレストランまでの道順を知らせてくれと頼むと、知人は百度(Baidu)の地図アプリケーションを使って道案内の情報を直ちに送ってきた。自分のスマートフォンにレストランまでの道順が音声ガイド付きで示された。北斗衛星測位システムが提供する位置情報が極めて正確なので、狭い通路でも迷わず歩けた。 

食事が終わると知人が北京の郊外で行っている完全自動運転車の試乗へ誘ってくれた。知人が自分のスマートフォンで申し込むと、トヨタのレクサスのEVを改造した自動車がやって来た。天井の上に巨大なカメラが載せてあり、運転席には男性が座っていたが、その男性は座っているだけで、ハンドルを持たなかったし、ペダルを踏むこともなかった。自動車は一般道を走り、他の車が走っている中をUターンして最初の場所へ戻った。車内では周囲の様子を真上から見た地図が表示され、走っている自動車だけでなく、歩道を歩いている人間までも、個々の位置とリアルタイムの動きとが驚くほど精密に表示されていた。歩行者の大人と子どもが異なる大きさで表示されていた。知人によると4台に1台は運転席に誰も座っていない形で運行しているということだった。トヨタは中国の新興企業と提携して、未来を北京で開拓していた。 

そのとき北京のメディアセンターにとまると、ロビーに設置された大きなモニターで8K試験放送が流れていて、その映像の精細さに驚かされた。昨年6月に訪れた瀋陽で電器店に入ると、華為(Huawei)と小米(Xiaomi)の壁掛けテレビがあり、驚くほど廉価なのに、驚くほど高精細の映像を表示していた。中国の海信(Hisense)が日本の東芝のテレビ事業部門を18年に買収したように、テレビ産業の中心は中国に移動したことを、改めて思い知らされた。 

現地で中国の科学技術の発展を感じながら、ふと東京の現金でしか決済できない店舗を思い出し、テクノロジーに関して日本は昔話の国になったのではないかと心配してしまった。 

人民中国インターネット版

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