大騒動 人気女優の代理出産
鮑栄振=文
年初の中国芸能界に激震
年明け早々、人気女優A(29)の「代理出産(1)・養育放棄(2)」スキャンダルが発覚し、ネットを中心に全国的な話題となった。騒動のきっかけは、Aの元恋人男性(31)によるSNSへの暴露投稿だった。
この元恋人は、自身と二人の子どもが写った写真を微博(ウエイボー)に投稿し、「幼い二つの命を守るため」に米国に滞在している、と明かしたのだ。これでAとの間に隠し子がいたことが発覚。続いて、この元恋人の友人が子どもの米国の出生証明書をメディアに提供。二人の子どもの母親がAであり、しかも二人の子どもの出生日が1カ月差にも満たないことから、米国での「代理出産」だったことが明らかになった。
さらに、メディアにより女優Aと元恋人、双方の両親が話し合った際のものだという音声データが公表され、繰り返し子どもの養育放棄を望む発言があったことも分かった。
人気女優Aの「代理出産・養育放棄」騒動はあっという間に拡大し、Aは各方面から厳しく糾弾された。また、中国中央テレビもコメントを発表し、「法律的にも道徳的にも容認できるものではない」とし、Aは事実上、芸能界から引退を余儀なくされた。
中国での代理出産は違法
中国で代理出産が見られるようになったのは、ここ20年余りのことだ。初の事例は、体外受精の技術(3)が中国でも定着・普及し始めていた1996年9月、この分野の研究で良く知られる北京大学第三医院で行われたものだった。流産を繰り返し、妊娠中期の子宮破裂により子どもを産めなくなった女性が、代理出産という手段を選んだのだ。
衛生部(当時)は2001年2月、「ヒト補助生殖技術管理規則」(以下、「管理規則」)を公布して代理出産を禁止した。これにより代理出産は医療制度におけるタブーとなった。しかし、不妊症や一人っ子に先立たれた中年夫婦の存在、社会の高齢化などの理由で需要は小さくなく、また体外受精による出産の成功率も極めて低かったことから、非合法の代理出産業者が数多く誕生する結果となった。そして、「地下代理出産」や「海外代理出産」といったサービスが急速に台頭し、現在では一つの産業を成すまでに至っている。さらに、「一人っ子政策」が緩和され、二人目の子どもを持つことが許されたことも、水面下の動き(4)に拍車をかけた。
このため、代理出産に起因する法律上の紛争は珍しくなく、しかも年々増加傾向にある。中国全国の判決文書を数多く収蔵する中国裁判文書ネットで「代理出産」をキーワード検索すると、ヒットした判決数は18年は40件、19年81件だったが、昨年は124件に増えた。
代理出産の是非については、これまでもネットで度々議論されてきた。だが、ネット空間のみならず、各種メディアを巻き込んでかんかんがくがくの議論が巻き起こったのは、今回が初めてだ。
ほとんどの中国人は、中国の法律では一貫して代理出産は禁止されていると認識している。その根拠が「管理規則」だ。同管理規則第3条は、「配偶子、受精卵、胎の売買は、いかなる形式であれ禁止する。医療機関および医療従事者は、あらゆる形式での代理出産技術も実施してはならない」という規定である。
これにより、同管理規則は中国が代理出産を一切許容しない姿勢をとっていることを示すものだと考えられている。しかも、代理出産は公序良俗や社会の公共の利益に反するから、法律で禁止されていると考えられる。金を出して代理出産を依頼する者であろうが、その仲介をして利益を得る者であろうが、代理出産をする者も含め全て違法である。
しかし文言から、同管理規則の「代理出産」に対する制限は、「代理出産を行う技術を有する医療機関および医療従事者」を主眼に置いたものであって、代理出産の委託者や代理母(5)による行為については、明確な禁止規定を設けていないことが容易に分かる。
従って、一部では私権擁護の観点から、「法による禁止がなければなしうる」という原則を援用し、明文の禁止規定がない以上、代理出産を行うことは問題ないとする意見もある。
とはいえ、このような見方はやや偏っており、中国の法律は代理出産を認めていないと言うべきである。実際には、医療機関を通じて代理出産を手配した場合、その委託者と代理母は明文の禁止規定がないことから法的責任を負う必要はないが、医療機関が相応の処罰を受けることになる。
また、代理母と委託者との間の「有償代理出産契約」は公序良俗違反とされて無効になり、代理母は同契約に基づき報酬を求めることはできず、委託者も子どもの養育権を求めることもできない。つまり、代理出産とは「法的保障のない取引」であり、望まぬ結果になったとしても甘んじて受け入れるしかない。
実際に次のような事例もある。
女性のWさんは17年3月、医療系会社B社と海外での代理出産に関するコンサルティング契約を交わした。この取り決めでは、B社はWさんが海外の医療系会社C社と医療サービス契約を締結することを保証し、その費用は25万元とした。Wさんは翌18年9月、海外のC社を訪れ、採卵や受精卵の培養などを行ったが、結局、代理出産はうまくいかなかった。その後、WさんはB社に対しサービス費用の返還を求める訴えを起こした。裁判所は、このコンサルティング契約を無効と認定し、無効な契約に基づき支払われたサービス費用をWさんに返還するようB社に命じた。
急務となった関連法整備
代理出産については、中国の立法当局も熟考を重ねているようだ。15年に国務院常務会議で採択された「中華人民共和国人口・計画出産法改正案(草案)」(以下「草案」)では、「いかなる形式の代理出産も禁止する」と明確に定められた。しかし、翌16年に正式に公布・施行された「中華人民共和国人口・計画出産法改正案」では、上記の禁止規定が削除された。このような対応が取られたのは、中国社会には、一人っ子に先立たれた中年夫婦や不妊に悩む夫婦など、代理出産を必要としている人々が一定数存在している現実を考慮してのことだろう。
また、「草案」採択前年の14年には、次のような事件が広く中国社会の関心を呼んだ。不妊に悩む沈さん夫婦は、南京市鼓楼医院で生殖補助医療を受け、四つの受精卵培養に成功した。ところが、受精卵の移植手術の数日前、なんと沈さん夫婦が交通事故で二人とも亡くなってしまった。その後、沈さん夫婦の双方の親が、病院で冷凍保存されていた受精卵の引き渡しを求めたことで、病院側との間で受精卵の帰属を巡る争いとなった。
病院側は、「衛生部の規則(前出の管理規則)は受精卵の売買・贈与、代理出産の実施を禁じている」ことを理由に、沈さん夫婦の親に受精卵を相続する権利はないと主張した。だが、無錫市の中級人民法院(地裁)は、衛生部の管理規則は生殖補助医療に携わる医療機関と医療従事者を対象としたものであり、この規則によって当事者の正当な権利を否定することはできないと判断。その上で、受精卵の帰属についての判定は極めて特殊で、倫理や感情、特別利益保護などの要素を総合的に勘案して判断する必要があるとの見解を示した。
同法院は最終的に、「四つの受精卵は双方の両親共同で管理・監督、処置する」という判決を下した。そして17年、4人の老人は代理出産で生まれた孫娘を迎えた。
このように何としても子孫を残したい人々が数多くいる中国では、代理出産に関する立法や法整備を早急に推し進め、代理母や委託者、生まれた子どもの権利を確立することが急務となっている。
(1)代理出産 代孕
(2)養育放棄 弃养
(3)体外受精の技術 试管婴儿技术
(4)水面下の動き 暗流
(5)代理母 代理孕母