増える「ヤメ判」に期待

2022-01-29 15:48:02

鮑栄振=文

 日本には「ヤメ検」(1)という言葉がある。元検事の弁護士を指す俗称だ。ヤメ検ほど定着してはいないが、「ヤメ判」(2)(元裁判官の弁護士)という俗称もある。もちろん中国にもそのような弁護士はたくさんおり、例えばSNSアプリのウイーチャット(微信)でも、裁判官から弁護士に転身したメンバーの「守望的距離」(見守りの距離)というグループチャット(3)があるほどだ。

 同グループには、①北京市内の裁判所または最高裁判所の裁判官経験者で法律業務に携わっている②現メンバーからの招待が必要、という条件を満たした者のみが参加できる。同グループが結成されたのは2012年のことだ。翌13年のメンバーは100人足らずだったが、14年には300人を突破、16年6月には500人に達した。メンバーの約半数は弁護士だが、銀行や保険会社、信託会社など企業の法務部門で働く「ヤメ判」もいる。

 裁判官を辞めて弁護士に転身した場合、1年間は実習期間として扱われる。また、裁判官時代に勤務していた裁判所で取り扱われる事件の訴訟代理人または弁護人となることは、生涯禁止される。さらに、辞めて2年間は競業避止義務(4)を負うなど、さまざまな制限が課せられている。だが、それでも裁判官を辞めて弁護士となる道を選ぶ人は後を絶たない。

 では、どうして裁判官という公職を投げ打ってまで弁護士になりたいのか。また、裁判官の後に弁護士として働くのはどんな気持ちなのか。以下、具体的な例を交えて紹介する。

 

法壇から弁護士席へ

 数年前、上海の裁判官・恵翔氏が「不惑」を前に法服を脱いだ時、関係者から退職を惜しむ声や理解できないといった声が上がった。当時、恵氏はベテラン裁判長への道を歩んでおり、民事裁判分野での判例実績から名声を得ていた。それでも恵氏は、自身の法律家としての人生に新たな彩りを添えるため、裁判官から弁護士への転身を決めたのだった。

 ところが、この転身があまりに急だったため、大手法律事務所から声を掛けられなかった。そこで恵氏は、小さな法律事務所から仕事をスタートさせた。各裁判所への道順を確認することから始め、なじみのクライアントがいなかったため、友人など身近な人へのサービスに取り組み、弁護士としての経験を積むため各種の契約書を読み込んだりした。安定した収入もない中、若手弁護士の相談に乗り、共に案件に取り組む日々を送った。

 恵氏は転身当初、朝に家を出ると、かつての勤務先である裁判所の方に足が向いてしまったという。時には、裁判所近くまで来てはっと気が付くこともあったそうだ。

 かつての職場である裁判所は、弁護士になってからはなじみのない場所に変わった。転身後、初めて法廷に入った時は、競業避止期間中だったので弁護士の席に座ることは許されず、傍聴席に座るしかなかった。法壇上の威厳ある裁判官の姿を見て恵氏は、判事という地位とキャリアを捨てる価値があったのかと、不安を禁じ得なかったという。

 しかし、恵氏は徐々に弁護士という仕事の価値と楽しみを見つけていった。まず、視野が大きく開け、国有企業の改革や映像制作、ネット金融や企業ファイナンスなど、次々と新しい分野を開拓・勉強していった。また、上場会社の社長や若い起業家など交流する人の範囲が大きく広がり、その独特の見識や感性を学べるようになった。さらに、チームのメンバーが手掛ける案件を成功に導くことで、異なる分野でも自信が深まり、自らの居場所を見つけることができた。

 

増える転身の理由と背景

 筆者は日本の裁判官の転職状況は詳しくないが、以前読んだ記事では、日本の裁判官が退職や転職を決意した主な理由として、▽育児休業取得の実情に失望した▽相次ぐ転勤に疲れた▽定年間近に遠方に配属されるより近くの簡易裁判所への転職(転官)を望む、の三つが挙げられていた。国が違えば裁判官を辞める理由も違う。中国の裁判官の主な退職理由は、業務過多、収入が低い、昇進が遅い、生涯にわたり責任を追及されるなどだ。

 だが、このうち低収入の点については、中国で2014年に「裁判官定員制」(5)が導入され、待遇は大幅に改善された。例えば、同じ職位ならば一般の公務員より4割ほど高い給与水準に引き上げられた。これにより、この問題は解決されつつある。

 「裁判官定員制」とは、簡単に言えば、裁判所内の人員構成、配置を最適化するための制度である。同制度の下で、裁判所の職員は、第一線で事件の審理を行う裁判官と裁判官補佐、事務などを扱う司法行政の3タイプに分けられた。裁判官になれるのは、厳格な審査を経て選抜された最も優秀な者だけだ。また、その具体的な定員数は各裁判所の取り扱い事件数や事件の複雑さ・難解さに応じて設定される。

 とはいえ、同制度の導入後は、審査の厳しさや、そもそも裁判官が少ないことから、ポストがなくなるのではと不安を抱える者も少なくない。こうした不安も離職の大きな原因となっている。

 

「ヤメ判」の強みと意義

 前出の恵氏が弁護士の仕事に慣れるまで時間がかかったように、裁判官と弁護士では法律を見る角度に違いがある。裁判官の場合、系統的な訓練を受けているため、ある分野の専門知識は豊富であるが、知識の広さや人生経験には乏しいことがある。一方、弁護士は、社会のさまざまな人たちと接するので、豊かな人生経験を積み、多種多様な知識を身に付ける機会が多いが、特定分野の専門知識や全体的な事案処理の視点を欠くことも多い。

 例えば、民事・商事の紛争の場合、裁判官は、判決が与える社会的な効果や取引秩序への影響などを考慮した上で、法律の実践者として法にのっとった公正な判決を下すことを第一に考える。このような考え方は、法律の運用という全体的・総合的な視点からのもので、弁護士が個々の案件をビジネスという視点から細かく検討・分析し、依頼者と意思疎通を行うのとは本質的に異なる。

 このように、ヤメ判の最大の利点とは、一般の弁護士にはない裁判全体への視点を持っていること――すなわち「どのような判決が下されるか」について、より正確に予測できることだと言える。弁護士は、判決を正確に予測し、それを踏まえた対応ができてこそ依頼者の利益を最大化できるのだから。

 実のところ、あるヤメ判が語ったように、ヤメ判は経歴こそやや特殊な集団だが、実際にはそれほど特別な存在ではない。人材の流動は、どの業界でも健全な発展のために必要だし、法律事務所や企業の法務部も元裁判官が加われば、より一層高いパフォーマンスを発揮できるようになる。

 大局的な視点から見ると、裁判官出身の弁護士の増加は社会の進歩を反映していると言える。裁判官という公職にこだわらずとも、弁護士として存分に能力を発揮できる環境が整ったことを示すからだ。また、ヤメ判が増えることで裁判官と弁護士の相互理解が進み、ひいては法治が行き届いた公正な社会の実現も期待される。

 

1)ヤメ検 检察官出身的律师

2)ヤメ判 法官出身的律师

3)グループチャット 聊天群

4)競業避止義務 竞业禁止义务

5)裁判官定員制 法官员额制

関連文章