竹と茶の香りが癒やす 理想の暮らしかなう町
杭州市中心部を出発し、北西へ車を走らせること約1時間半。そこには一面の緑に包まれた、別世界のような風景が広がっている。都会の騒がしさはなく、あるのは山々を覆う竹林が風にそよぎながら奏でる静かなささやきと、澄んだ空気にほのかに混じる茶の香り。太陽の光が竹の葉を透かし、地面にまだらな光と影を落とす――ここは、浙江省湖州市に属する「驚きを秘めた町」、安吉県。かつて鉱山だった土地は、いまや青々とした山と清らかな水へと姿を変えた。自由を求め、夢を胸に抱いた若者たちがこの地に根を下ろし、春は茶を味わい、夏は竹を愛で、秋は星を仰ぎ、冬は雪と遊ぶ。誰もが思い描く「詩と遠方」の中で、最も自分らしい生き方を実現している。
パンダのビュッフェレストラン
映画『グリーン・デスティニー(原題:臥虎蔵龍)』は、中国では誰もが知る武侠映画の名作である。李慕白と玉嬌龍が竹林の間を軽やかに舞う名場面は、多くの人々の心を魅了してきた。だが、「中国の竹の里」と称される安吉県の竹海の奥深くに身を置いて初めて、あの映画の中の詩情が決して虚構ではなかったことを実感する。
風が吹くと、連なるモウソウチクが「さらさら」と音を立て、まるで次の瞬間に鋭い剣士が林間から飛び出してきそうな気配さえ漂う。地元の人によれば、安吉の森林被覆率は70・3%にも及び、その半分が多種多様な竹林だという。田舎道を歩けば、見上げる先は空を覆う緑、足元には柔らかな落ち葉。深く息を吸うだけで、体の隅々まで軽くなるようだ。
安吉竹博園は、こうした竹文化の縮図とも言える場所である。園内には389種もの、実に個性豊かな竹が生育している。「この地をはうように伸びるのは舗地竹。高さはせいぜい50㌢ほどで、竹の世界の『小人』みたいな存在で、ふさふさと足元に広がっています。それからこちらは亀甲竹。竹の表面にうろこのような模様があって、触るとざらっとしているでしょう。中国全土でもなかなか見られません」。そう説明しながら、ガイドの于さんは来園者を竹林の奥へと案内する。

宋代の文人・蘇東坡は「寧可食無肉、不可居無竹(肉を食べずともよいが、竹のない暮らしはできない)」と詠んだ。竹は古来、高潔な君子の象徴とされてきたが、そうした精神は、いまも安吉の人々の気質として息づいている。
園内の一角に、人だかりができている場所があった。近づいてみると、そこには丸々とした愛らしいジャイアントパンダが座って、竹を抱えてのんびりと「おやつタイム」を楽しんでいた。豊富な竹資源を有する安吉県は、中国で初めて、県レベルでパンダの受け入れ拠点となった地域である。ここで暮らす3頭のパンダ、「慶仔」「珍巧」「珍好」は、まさに「食に恵まれた」グルメぞろい。「安吉産の黄竿烏哺鶏竹(マダケの一種)が大好物で、毎日何十㌔もの新鮮な竹やタケノコを食べます」。飼育員の張さんは笑顔でそう語る。「ほら、慶仔はもう20歳ですが、相変わらず子どもみたいに食いしん坊でしょう。ここはパンダにとってまるで大型のビュッフェレストラン。都会にいるより、ずっとおいしいものを食べられて気ままに過ごせるんです」。竹を抱えて夢中で頬張るパンダの姿に、観光客たちのカメラのシャッター音は途切れることがない。
食卓に並ぶ山と竹の恵み
安吉の人々の食卓は、古くから竹の恵みと切り離せない。地元客でにぎわう農家料理店では、店主の熊さんが、白茶とキヌガサダケと地鶏を使ったスープをコトコトと煮込んでいる。「安吉の料理は、調味料をあれこれ使いません。素材そのものの味を大切にするんです」。そう言いながら、土鍋にキヌガサダケを加える。「このキヌガサダケは、今朝、山で採れたばかり。地鶏と白茶と一緒に煮込むと、うま味がよく出ます」
スープを待つ間に運ばれてきたのは、「油燜笋(タケノコの醤油煮)」。春掘りのタケノコに艶やかなタレが絡み、ひと口かじると、みずみずしく歯切れがよい。ほのかに漂う竹の香りが後を引く。「春の春筍も、冬の冬筍も、安吉人にとっては宝物です。干しタケノコと豚バラの煮込みは、弱火で2時間。タケノコが脂をたっぷり吸って、とろりとしたうまさになるんですよ。うちの息子は杭州で働いてるんですけど、いつもこの味が恋しくて、帰ってくると必ずどんぶり2杯分は平らげますよ」
温かいおかずだけでなく、前菜の「手むきタケノコ」も外せない。薄皮をはがし、醤油を少しつけて食べれば、清らかな甘みとほどよい塩気が口に広がり、かむほどに味わいが増す。さらに、「竹筒飯」も人気の一品だ。もち米に干し肉とシイタケのみじん切りを混ぜ、竹筒で蒸し上げたご飯は、竹の香りをまとい、箸が止まらなくなる。
食事の締めに、熊さんが差し出したのは、焼きたての「竹瀝」(竹酢液)。「これは竹のエッセンス。体の余分な熱をとって、喉の渇きを癒やしてくれます。ほんのり甘いでしょう」。ひと口含むと、焼いた香ばしさと竹の清涼な香りが同時に広がり、口の中がすっと整う。こうして、竹づくしの食卓は、見事な余韻を残して幕を閉じるのである。
一杯の白茶に宿る千年の風雅
安吉の味わいは、竹の香りだけにとどまらない。もう一つ、この地を語る上で欠かせないのが茶の香り――世界に名を知られる「安吉白茶」である。
白茶という名を持ちながら、安吉白茶は実は緑茶の一種だ。品種「白葉一号」は、清明節(毎年4月4日か5日頃)の前後になると新芽の葉が白く変化することから、この名が付けられた。その歴史は古く、唐代には茶聖・陸羽が『茶経』の中で安吉の山谷における製茶を記している。さらに宋の徽宗は、その美しさを「玉、璞に在るがごとし」とたたえた。
「中国白茶第一村」とも呼ばれる安吉県渓龍郷の黄杜村では、1万ムー(約667㌶)に及ぶ茶畑が青空と白雲を背景に広がり、竹かごを背負った茶農家たちが畝の間を行き交う。その光景を遠くから眺めているだけで、時間の流れを忘れてしまうほどだ。
毎年、清明節前後は安吉白茶の最盛期。「白茶は早さが命。摘めるのは一芯一葉か、一芯二葉まで。しかも必ず手摘みです」。そう語るのは、茶農家の陳さんだ。品質を保つためには、繊細な作業が欠かせないという。ここでは、茶農家と共に茶摘みを体験することもできる。一見簡単そうに見える指の動きだが、必要なのは力ではなく「巧みさ」。指先で優しく新芽をつまみ、上へと引き上げるようにして、下の葉を傷つけずに摘み取る。「摘んだらすぐに製茶です。殺青、揉捻、乾燥まで一気に仕上げてこそ、新鮮な茶葉の香りをぐっと閉じ込められるんです」。陳さんはそう言いながら、摘み終えた茶葉を丁寧に集めていく。
黄杜村から南へ車で約1時間。天荒坪鎮大溪村の緑深い高山茶園に、一株だけ囲われた白茶の古木がある。地元では「白茶祖」と呼ばれ、安吉白茶の物語はここから始まったとされている。「これが安吉白茶の源です」と陳さんが指さすのは、樹齢1000年を超えるその老茶樹。「この木はアミノ酸含有量が特に高く、入れたお茶は驚くほど鮮やかでみずみずしい味わいになります」。実際、安吉白茶のアミノ酸含有量は、一般的な緑茶の2倍以上。口当たりは爽やかで、ほのかな花香と自然な甘みがあり、若い世代にも人気が高い。

茶畑のそばにある小さな茶室に入ると、いり上げたばかりの白茶の香りが、茶葉を収めた陶器の茶壺からこぼれ出し、室内いっぱいに清らかな甘い香気が広がっている。白茶はおよそ85度の湯で入れるのが理想。茶葉は湯の中でゆっくりと開き、茶湯は淡い黄金色に澄み渡る。ひと口含めば、苦味はなく、みずみずしく甘い余韻が広がり、まるで春そのものを味わっているかのようだ。
「日本からのお客さんも多くて、皆さん安吉白茶をお土産に持ち帰られます。味が独特で、体にすっとなじむと言ってくれます」。陳さんはそう言って、穏やかに笑った。
夜空の下の感動とロマン
安吉の魅力は、夜になっても尽きることがない。昼間は白茶を堪能し、夕暮れ時になると、同じ天荒坪鎮にある江南天池へと向かう。小さなトロッコ列車に揺られながら、ブルーアワーに染まる湖と山の景色を楽しみ、やがて訪れる星降る夜を待つ。
ここは中国初の「夜天光保護エリア」。標高が高く、都市から離れているため光害が極めて少なく、夜空は驚くほど澄み切っている。
「今日は星が本当に多いですね。天の川までくっきり見えます」。江南天池天文台のスタッフ、張さんが夜空を指さす。「大型の天体望遠鏡があって、月のクレーターや土星の環も観測できます。初めて見る人は皆、圧倒されますよ」
毎年夏には「観星まつり」が開催され、全国各地から天文ファンが集まり、宇宙とのロマンチックな出会いを楽しむ。杭州から来た天文愛好家の林さんは、すでに3年連続で参加しているという。「都市では、こんなに純粋な星空はなかなか見られません。ここでは、見上げるだけで星が降ってくるようです。望遠鏡で観測していると、宇宙がとても近く感じられます」
夜の江南天池は、ひんやりとした空気に包まれ、人々は上着に身を包みながら星空を仰ぐ。時折、小声で感動を分かち合い、静けさとロマンが、夜の大地に優しく満ちていく。
このように美しく、心地よく、穏やかな安吉は、初めて訪れた人の誰もが名残を惜しむ場所である。だが、わずか二十数年前まで、ここが「煙と粉塵に覆われた」鉱山地帯だったと誰が想像できるだろうか。
1980~90年代、安吉では石灰岩の採掘とセメント工場が主要産業となり、短期間で経済成長を遂げた。一方で、その代償として自然環境は深刻なダメージを受けた。「山に頼って山を食べる」発展モデルは、村の年間収入を一時は300万元にまで押し上げたものの、環境破壊という限界に直面する。こうして安吉は2003年、「生態立県(エコロジーを基盤とする県づくり)」を掲げ、壮大なエコ革命への一歩を踏み出した。
天荒坪鎮にある余村は、その象徴的な存在だ。かつては鉱山開発の影響で「山ははげ山、水は醤油のよう」と言われたほどだった。「当時は新鮮な空気なんて吸えず、外出するときはマスクが欠かせなかったよ」。そう語るのは、余村で暮らしてきた李さんだ。
やがて村は環境保護へとかじを切り、鉱山を閉鎖し、竹や樹木を植え始めた。すると山は再び緑を取り戻し、水も澄み、観光客が訪れるようになった。「いまは民宿をやったり、地元の特産品を売ったりしてね。暮らしは昔よりずっと良くなったよ」。李さんの表情には、満ち足りた笑みが浮かぶ。
若者たちのスローライフの楽園
今の安吉を象徴する色は、もはや灰色ではない。きれいな水と空気を取り戻した安吉は、SNSを通じて注目を集め、若者たちが憧れる「知る人ぞ知る」旅先となった。
冬の安吉は、スキーと温泉の黄金コンビが魅力だ。安吉県の南に位置する山川郷にある「雲上草原」は、華東エリア最大級の高原スキー場として、江蘇・浙江・上海エリアの若者にとって冬の定番スポットとなっている。標高は1100㍍を超え、総延長3・8㌔のコースには初心者から上級者まで対応したゲレンデがそろう。
上海から来た「95後」(1995年以降生まれ)の呉さんは、スノーボードを履いてターンの練習中だ。「スキーは北の方に行かないとできないと思っていましたが、安吉にこんな素晴らしい屋外スキー場があるなんて。雪も柔らかくて、滑りながら山一面の森が見えるんです。本当にストレス解消になります」。滑り終えたあとは、山麓の温泉へ。湯に漬かれば、一日の疲れがすっと抜けていく。「昼はスキー、夜は温泉。週末に2日過ごすだけで、また元気いっぱいで仕事に戻れます」
スキーや温泉だけでなく、村々に点在する300軒以上の「村カフェ」や、50カ所を超えるキャンプ場も、若者に大人気だ。竹林にひっそりとたたずむ村カフェでは、安吉白茶を使ったラテが看板メニュー。「白茶コーヒーを頼んで、窓辺で竹林を眺めながら、半日過ごす人も珍しくありません」と店主は語る。白茶ケーキや白茶クッキーも、全て新鮮な白茶を使った自家製で、その爽やかな香りが評判だ。
天気の良い日には、キャンプ場が一気ににぎわいを見せる。テントを張り、ピクニックマットを広げ、傍らにはせせらぎ、見上げれば青々とした竹林。友人たちと語らい、バーベキューを楽しみ、風が吹けば竹の香りが漂う。「遠くへ行かなくても、自然の美しさを存分に味わえる。そこが安吉の一番の魅力です」。キャンプ中の周さんは、月に一度は安吉を訪れるという。四季が巡るたび、新しい発見があるのだそう。
デジタルノマドのユートピア
安吉は、若者にとって単なる週末の「充電スポット」ではない。新しい働き方と暮らし方を実現する人たちにとっての「第二の故郷」となりつつある。
県の北東に位置する渓龍郷には、使われなくなった竹木工場を改修して生まれた「DNAデジタルノマド公社」がある。開設から3年で、延べ1万人を超えるデジタルノマドが滞在してきた。創設者は、安吉の山水に心を打たれた「留学経験がある2世起業家」の李彦漪さんだ。
「初めて渓龍に来たとき、欧州の小さな町にも引けを取らないと感じました」。1万ムーの茶畑を望む「一片葉子茶室」で、李さんはそう語る。「中国には世界級の大都市がたくさんありますが、世界級の『農村』もあっていいのではないかと思いました。その活力の源は、やはり若者です」
若者を現地に誘致し滞在してもらうために、李さんが選んだのは最も「地道」な方法だった。マーケティング担当者をノマドたちと同じ場所に住まわせ、日々の会話からアイデアを拾い上げ、実現まで伴走する。
上海出身の祖欣さんも、そうして安吉に根を下ろした一人だ。面接の際、「カフェを開きたい」と率直に話したところ、話が一気に進んだ。いまでは彼女の運営するPBJコーヒーは湖州エリア随一の人気店となり、安吉で初のペットフレンドリーカフェとしてSNSでも話題を集めている。売り上げも、上海の店舗に引けを取らないという。
DNA公社では、こうした物語が次々と生まれている。日本で会席料理を学んだ廉さんは、直火料理の店「炎・薪火」を安吉に開いた。「週に1日は休めますし、1日22人限定なので無理がありません。外国からわざわざ来てくださるお客さまもいます」。都会のスピードに追われることなく、自由で地に足のついた暮らしが、ここにはあると言う。
深圳出身のアートトイプロデューサー「糯米飯」さんは、滞在をきっかけにそのまま工房を渓龍郷へ移し、「仮住まい」から「定住」へと踏み切った。隣接するACDC安吉クリエーティブセンターは、デジタルノマドにとっての「発想の給油所」だ。無料で利用できる村の図書館には、1万冊を超える洋書原書や、デイヴィッド・ホックニーなど巨匠の限定デザイン書が並ぶ。クリエーティブラボには3Dプリンターやカラーデジタル印刷システムが完備され、材料費さえ払えば、アイデアをすぐに形にできる。「私たちが目指しているのは、単なるオフィスではなく、創造が現実になるエコシステムです」と李さんは語る。
このモデルは、安吉各地へと広がっている。天荒坪鎮の余村にある「DN余村(デジタルノマド余村)」は、中国国内でも最大規模のコミュニティーの一つ。2023年6月の運営開始以来、稼働率は常に95・1%以上、平均滞在日数は47・6日に達している。
張佳さんは、ここに長く滞在する「常連」だ。上海で朝9時から夜9時まで働き、家と職場を往復するだけの日々を送っていた会社員から、いまでは余村のグローバル・パートナーへ。「以前は毎日満員電車、食事はデリバリー。仕事が終われば寝るだけでした。でも今は、仲間とハイキングしたり、フリスビーをしたり、シェア会を開いたり、時には雨に濡れながら80年代ディスコを踊ったりしています」と張さんは笑顔で語る。「ここで、ようやく『生活』というものを取り戻しました」
平均年齢28歳、63%が1990年以降生まれ、30%が修士・博士号を持つデジタルノマドたちは、安吉の「精神的な村民」となった。彼らは「The Place Lab」を立ち上げ、『天荒坪グルメ・ディープレビュー』を発行し、ポッドキャスト「天荒坪1号」で農村生活を発信する。さらに、安吉白茶と先端技術を融合させ、高級スキンケアブランドを生み出した者もいて、緑の茶葉を「黄金の葉」へと変化させた。
安吉という小さな町は、まるで1冊の童話のようだ。華美な言葉で飾り立てることはないが、じっくりと「読み進める」ほどに、包容力あるユートピアが姿を現し、都会で忙しく生きる人々の心に、尽きることのないエネルギーを注ぎ続けてくれるのだ。
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