中国の外来語事情

2020-12-18 14:30:53

劉徳有=文

筆者が新華社の特派員として日本に駐在していた1960~70年代に、街角で日本の若者たちが別れ際に「じゃ、バイバイ」と言っているのをよく耳にしたものだ。聞いていて、なんとも耳障りで、「日本語にはちゃんと『さようなら』『じゃ、またネ』というような言い方があるのに、何もわざわざ英語の『バイバイ』を使わなくても……」などと思ったものである。

ところが、1978年に帰国して、ふと気がつくと、いつの間にか中国でも「拜拜」が当たり前のように使われているではないか。初めはひどく抵抗があったが、次第に慣れてきて、なんとも思わなくなったのだから不思議なものだ。

いまでは、北京人がお国なまり丸出しで「拜拜了、您呐!」(「您」は二人称の敬語で、「呐」は相手に念を押すときなどに使う語気を表す言葉)と言うのを耳にすると、「拜拜」はすでに中国語になりきったなぁ、とさえ感じてしまう。現代の中国人にとって、「拜拜」は英語の「bye bye」より、むしろ中国語に聞こえるのかもしれない。

そういえば、「ショー(show)」の音訳である外来語の「秀」という言葉も、いま中国で頻繁に使われている。

「某大統領が被災地へ見舞いに行ったのは自分をアピールするためのショーみたいなものだ」と言うような場合は、「作秀」と言い、「ファッションショー」は「時装秀」と言う。いずれも当て字として秀逸である。

もっと傑作なのが「トークショー」の音訳「脱口秀」だ。発音が原語に近い上、口でしゃべる「トーク」に漢字の「脱口」を当てることで見事に感じを出している。この音訳を思いついた人間にすれば、まさに会心の作であったろう。

 

今年9月、福建省で開催された「2020年海峡客家中秋文芸の夕べ」で行われた「漢服ショー」の様子。近年、漢服人気を受け、各地で漢服のファッションショーが行われている(cnsphoto)

コンピューターの普及によって、中国語のコンピューター用語も随分増えた。主な用語を挙げてみよう。

ホームページ=主頁、Eメール=電子郵件、インターネット=互聯網、ネットワーク=網絡、ソフトウエア=軟件、ハードウエア=硬件、マウス=鼠標などなど。

当初、インターネットは音訳の「因特奈特」が用いられたが市民権が得られず、「計算機互聯網」「国際互聯網」「網聯網」など十数種の訳語を経て、結局、「互聯網」に落ち着いた。

 中国では外来語を吸収するに当たって、できるだけ意訳するという方法が重んじられた。なぜなら、漢民族には長い間培われた、字面だけを見て当て推量の解釈をする習慣があったからである。例えば、コンテナ=集装箱、アパート=公寓、ジュース=果汁、システム=体系、リモートコントロール=遥控、メカニズム=機制、ソナタ=奏鳴曲などは全て意訳である。また、比較的新しい外来語の意訳には、プライバシー=隠私、テレビドラマ=電視劇、アイデンティティー=認同、シンクタンク=智庫、ラップ(食品用)=保鮮膜、ファストフード=快餐などがある。だが、こうした「外来語の意訳」という方法には一つ難点があった。日進月歩の科学技術に伴い、猛烈な勢いで増殖する術語を逐一意訳していては間に合わないという問題が出てきたのだ。しかも、意訳した中国語の術語は万国共通のテクニカルタームではないため、国際交流、学術交流に支障をきたすという事態が起こり始めた。

このような欠点を補うために、取り入れられたのが音訳と意訳を兼備した翻訳であった。いくつかその例を挙げてみよう。

トラクター=拖拉機。拖拉は音訳であると同時に「引っ張る」という意味も兼ねている。

ボーリング=保齢球。保齢は音訳。球は意訳。健康保持の意味も兼ねている点が面白い。

ジープ=吉普車。吉普は音訳。車は意訳。略して吉普とも言う。

このほか、ゴルフ=高爾夫球、サウナ=桑拿浴、ネオン=霓虹灯などがある。

しかし、外来語の中には意訳に適さない語句もある。仮に無理をして意訳しても、意味が曖昧で正しく概念の伝わらないものは、ストレートに音訳するしかない。

面白いのは「ビタミン」で、長い間使われていたのは音訳の「維他命」であった。見れば分かるように「人の命を維持する」という意味を含む、良くできた名音訳であったが、次第に「維生素」に変わっていった。この訳は、発音+意味の形式を取っていると言えなくもないが、やはり一種の意訳であろう。

ところが、この意訳は、ビタミンA、B、C、Dをどう表記するかで新たな問題が生じることになった。維生素A、B、C、Dとしてしまえば簡単だが、せっかく「維生素」と意訳した以上、漢字で統一すべきだとの見解から、当初、維生素甲、乙、丙、丁と訳されたのである。

しかし、いかんせん、十干には甲、乙、丙、丁、戊、己、庚、辛、壬、癸の10単位しかない。したがって、「ビタミンK」「ビタミンP」「ビタミンR」にぶつかると、らちが明かなくなり、結局、アルファベットを使わざるを得なくなったという経緯がある。

 

あるビタミン剤の成分表。さまざまな「維生素」が含まれている(写真・籠川可奈子/人民中国)

そうした現代中国語の大きな変化の一つに、文章中に英語やアルファベットが頻出するようになったことが挙げられるだろう。

『人民日報』などは、以前は絶対に漢字以外は使わないというのが原則だったが、今では紙面にIT、GDPなどアルファベットがいくらでも見られるようになった。国際化の時代、IT時代の到来でこれからの中国語は、一層、言葉の変化に弾みがついていくのかもしれない。

この他、中国の新聞記事には英語の略語も数多く載るようになった。例えば、電話のIPカード=IP卡、消費者物価指数を示すCPIや最高経営責任者=CEOなど枚挙にいとまがない。膨大な外来語を翻訳する余裕がなくなって、アルファベットに頼らざるを得なくなっている現実は新聞紙面にも如実に表れているのである。

もちろん、それによる弊害も出てくるわけで、先日も古希を過ぎた家内がこんな愚痴をこぼしていた。  

「新聞が読みづらくなったわネェ、英語が多くなって。意味も取りにくくなって困るわ。テレビを見ていても、何を言っているのか分からないこともしょっちゅうよ。以前、こんなことってなかったのに……」 

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